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第四回公演

2、潜入成功でござるニンニン

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 しばらくして。

「いよっし、これでいいかっ。じゃあー、お風呂でも入るかっ」

 と言うと、ぱちんと胡座をかいた自分の膝を叩き、詩帆がパソコン前から立ち上がるが、

「沸かしてないけど」

 録画しておいた美少女アニメを1、5倍速で見ていた遥心が当然のように言う。

「はあー?沸かしとけよ!!」
「じゃあ先言っとけよ!」
「んじゃあもうシャワーでいいやっ」

 言って遥心宅に置いてある自分の下着やパジャマを取って浴室へ向かった。
 何がよっしで何をしたのかわからないが、とりあえず遥心は詩帆がシャワーを浴び終わるのを待った。


 更にしばらくのち。
 詩帆が髪を拭きながらスリープモードにしておいたパソコンを立ち上げ、

「あ、レス来てる」
「なに?」

 焦れた様子の遥心がパソコンを覗き込む。そろそろ何をしてたのか教えてくれと。
 詩帆が見ていたのは現存する日本のストリップ劇場について情報交換出来るネット掲示板だった。
 各地方、あるいは劇場ごとにスレッドが立っていた。
 そこにあるシアター両國のスレッドに何かを書き込んだらしい。

「見せて」

 書き込まれた内容を遥心がチェックするが、

『HN 練乳ピュルピプー』

「なんだよこのハンドルネーム!」

 まずハンドルネームにツッこむ。

「いちごさん食べたいのだ」

 少し照れた感じで詩帆が言う。欲求を名前にしたらしい。

「ああ、そうかい」

 まあいいやと遥心が書き込み内容を読んでいく。


『流れ豚義理すみません。自分は大学の研究で潰れたスト劇場のその後を調査をしているものです。
差し当たってここの劇場の近くにあった亀寿劇場について調べたいのです。
内装や雰囲気、やっていた季節興業。支配人はどんな人だったか。
所属していた踊り子さん、劇場の方向性(ダンスよりタッチなどが多いか等)潰れた理由など、とにかく何でもいいです。
当時亀寿劇場に通っていた方などいらっしゃらないでしょうか。
近々そちらの劇場に客として観劇しに行こうと思いますので、お話を聴けたらと思います。
また、このサイトで情報交換できたら幸いです。
可能であればスレッドを立てますので色々とお話お聞かせ願えませんでしょうか』


 空気を読まずいきなりの書き込みな上、かなりの長文だ。
 若者らしく敬語もきちんとしていない。
 詩帆としてはレスは期待してなかったのだが、

『珍しい研究してるね』
『面白い』

 何人かの住民が食いついた。興味を持ってくれたようだ。

『ハンドルネームなんだよw』

 名前に突っ込んでくれる人もいた。

『いちごが好きなので』

 とりあえず名前ツッこみをしてくれた人に詩帆がレスを返し、

『古きよき日本の娯楽や文化について研究しようとしたのですが、何分調査の仕方がわからず困ってます』

 研究の趣旨をそれっぽく伝える。

『劇場があった場所の近所の人に訊いてみるとか。当時どんな様子でしたかとか』

 すると早速アドバイスをくれる人がいた。

『変な客がうろうろしてて迷惑だったみたいな話しかしなさそう』
『漏れらか…』

 それに残念なレスが付く。

『常連じいさんたちなら知ってるんじゃね?撮影ショーの時にでも聞けば懐かしがって話してくれそう。会話にも飢えてるだろうし』
『もっと近ければ常連かぶってそうだが、そんなに客流れるかね』
『昔、俺の地元の唯一の劇場が潰れた時は一番近い隣の県まで行ってそこがホームだったが。結局そこも潰れたけど』

 面白がってくれているのかレスがどんどん付く。

『踊り子さんに聞けば?』
『劇場にはいつ頃来演に来るの?』
『来演てww板乗らねえだろw』
『そか失礼wいつ頃観劇予定なの?』

 詩帆と遥心が顔を見合せる。
 予定としては今週の週末だ。
 ここで決めてしまおうかという思いがお互いに見えた。

『今週末、土曜に』

 そう詩帆が書き込むと、

『纏じいさんは?あの人亀寿よく行ってたはず』

 そんなレスが付いた。名前が出てくるあたり有名な方のようだが。

『まといさん最近来てるっけ?という俺も両國はご無沙汰』
『マトイじいさんなら今はケーリン場のが出現率高い』
「えっ…」

 レスを見ていた二人が固まる。
 突然、ちょっとダメそうな人が行く場所が出てきた。
 それ単体なら別にいいかもしれないが、ストリップの合わせ技となると、という。

『そうなん?羽振りいいの?』
『逆。チケ代払えんくて、でも行けるとこないから。競輪だと開催してなくても無料で入れて一日いれるし、給茶機コーヒーとかも飲み放題』
『お詳しいな』
『あ…』
『察してさしあげろ』

 爺さんの近況について勝手に会話が交わされるが、同時に急に香ばしい匂いもしてきた。
 客層からすると今のストリップ劇場は行き場のない老人の受け皿的な意味合いも感じていたが、そこすら行けない層も出てきているらしい。

「高齢化社会待ったなし」

 遥心が小さくため息をつき、そんなことを言ってみると、

『あれ?学生くんまだいるー?』

 スレ住民に呼びかけられた。呆気にとられて書き込みが止まっていた。

『はい、いまーす』

 慌ててまだいると詩帆が書き込むが、

『競輪場行ってチケ代払うから一緒に来て話し聞かせてくれませんか?って言えば』
『いや、わざわざ劇場連れてこんでも競輪場で話聴けばよくね?』
『酒の一杯でもおごれって言われそうw』

「んん??」

 書き込みを見ながら二人で眉をひそめる。
 爺さんが慕われてるのか嫌われてるのかわからない。

『そのマトイおじいさん?ってどんな方なんでしょうか。結構荒っぽい方、とか?』

 遥心がちょっと探りを入れてみる。

『いや、悪い人じゃないよ』
『まあ悪い人ではないな』

「うわあ…」

 言葉を濁すのが逆に怖い。

『酒と煮込みでもおごればインタビューさせてくれんじゃない?』

「煮込み?」

『煮込み?』

 詩帆が疑問をそのまま書き込むと、

『煮込みは煮込みだよ』
『競輪といったら煮込みですがな』
『お詳しいな』
『あ…』

「煮込み…」

 どうも競輪場の定番フードらしいが、二人共行ったことがないのでわからない。
 競輪場のお酒と煮込み。果たしていかほどなのか。
 無駄にぼったくり値段な気もするが。

『あとアメリカンドッグな』

 更に追加メニューが提示される。代金はプロフェッサーに回せばいいが、それよりも、

『行けば絶対逢えますかね』

 それが重要だった。詩帆が書き込むと、

『なんだったら俺行って話しつけてこようか?』

「えっ!?」

 突然勇者が現れた。

『そんな、いいんですか?大丈夫なら是非っ!助かりますっ!』

 このチャンスを逃すまいと遥心がキーボードを叩き、喰いつく。
 感謝しつつご好意に甘える気満々で。

『学生が大学の研究で潰れた劇場について話を聞きたがっているらしい。主にどんなことが聞きたいか。(↑上に書き込んだのをじいさんに伝える)とりあえず酒と食い物をエサに誘ってみる。と、こんなとこでいいかな』

 名乗り出た勇者が一旦話をまとめてくれて、

『100パー確定じゃないけど一応話つけてみるわ。じいさん捕まるかもわからないし。あとは追って連絡するとしてこのスレで報告するってことでいいかな?時間は今ぐらいの時間帯で』

 更に主導でとりまとめてくれた。話がどんどん進んでいく。

『そうしてくださるとありがたいです』
『いいんじゃない?まったり進行だし』

 このスレッドを連絡用として使ってもいいと住民も賛同してくれた。しかし、

『じいさん死んでるとかねえの?』

「あ…」

 その可能性は失念していた。
 客層からするとそれもありうるが、それだと振り出しに戻る。
 だがここは賭けてみるしか無い。
 そもそも話をつけてくれるという人ももしかしたら冷やかしかもしれないのだ。
 そんな旨く、情に厚い話があるのか。

 だが信じるしか無かった。昭和の廃れ行く文化に染まる者達を。

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