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13、みんな舞台の神様に愛されていた

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 流れてきたその曲に、遥心の耳が反応する。
 流れてきたのは、アニメを舞台化した2.5次元ミュージカル 緞帳ホリゾント オンステージ のレビュー曲 『幕を開けよ』だった。
 暗闇で感じ取った大がかりな衣装は、タカラヅカのレビュー風の羽根だった。舞台に立っているのは二十代前半くらいの、細いけれどしっかりとしたダンス用インナーマッスルが付いた踊り子さんだ。
 舞い、ターンするたびに羽根が舞台回りに座る客の鼻先を掠める。股間の切れ込みが鋭く入ったコスチュームで脚を高く上げ、一人ロケットダンスを決める。
 舞台が視線と同じ高さにあるため、舞台周りに座る客はほとんど見上げるようにしてショーを見なければならないことに遥心は気付いた。
 そうして見る、見上げるロケットダンスはなかなか迫力があった。
 元は歌劇団の看板女優が歌い踊り、ショーのオープニングに使われるような曲だが。
 眼前に広がるのはどこまでも安っぽい、場末のショーパブなノリ。
 客の手拍子もどこかおざなりだ。場内後方では華を添えようと、リズミカルにタンバリンが打ち鳴らされている。楽しいけれど、どこか寂しい。

 空虚な陽気さを場内に振り撒き、踊り子さんが一度舞台袖へと戻る。
 次に流れてきたのは、同じく緞帳ホリゾントの『毒蛇』だった。多重録音のコーラスが印象的な、クレオパトラを題材にした劇中劇で歌われた曲だ。
 金色を多く使ったアラビアンナイト風衣装で踊り子さんが再度登場する。
 指には大きな石の指輪。端と端とが頭になっている大蛇を身体に巻きつけ、一端の大蛇の頭を舌で舐めたり、もう一端の頭を俗に言う下の口で出し入れするようなパフォーマンスをする。
 視覚的な性的サービスに、観客が固唾を飲んで見守る。
 大蛇に下の口を翻弄され、身体を痙攣させたあと、踊り子さんが女王の風格で一度舞台を去る。自慰行為の後の罪悪感が残る場内に、客が取り残された。
 そのまま繋ぎの曲もないまま、暗闇の中で客は放置され続ける。
 じりじりと、時間だけが過ぎていく。
 何でもいい、曲が無いと間がもたない。こうしている間にも自分も周りの客もどんどん現実に引き戻されていくことに、遥心は焦った。
 長く、だがおそらく30秒にも満たない時間の後。ようやく次の曲が流れてきた。

 流れてきたのは新人アイドル声優ミュージカル 女優魂大作戦 第七次作戦テーマ曲『戦乙女生誕』だった。
 女優魂大作戦は、かつてあったゲームや漫画を原作としたミュージカルを新人女性声優達にやらせるという趣旨の舞台だ。
 どんホリが二曲来たのでもしやと思ったが、あまりに選曲がマニアック過ぎる。
 ソフトは全てVHSのみで、遥心ですら動画サイトでしか見たことがない。
 あれに出た声優陣のほとんどが消えたいわくつきの舞台だが、皮肉にも名曲が多い。 
 前開きタイプのベビードール一枚で踊り子さんが登場する。
 シースルー素材で元から透けて見えている乳房にライトが当たる。薄茶色の先端が慎ましやかにその存在を主張していた。
 扇情的な衣装に、踊り子さんが登場しただけで客席から拍手が沸き起こった。
 逆にあまりにも男性の視線を意識した衣装で、遥心はあまりピンと来ない。
 お決まりの紐ショーツシュシュを披露すると、客席に背を向けて踊り子さんが立つ。
 せっかく着てきたベビードールをさらりと脱いで中央舞台に落とし、ライトの光を受けた綺麗な背中を晒す。そして女戦士が争いで受けた爪痕を表現するように、 真っ白な肩に自ら爪を立てた。

 おそらく、この踊り子さんはミュージカルや舞台が大好きなのだろうと遥心は考える。
 特にマンガやゲームを原作としたものが。
 普通のお堅いミュージカルや舞台とは違い、それらはキラキラして夢があって、二次元のものを表すべく、いくらでも自由に表現出来て、そしてどこまでもキャラクターイメージという制約がつきまとう。
 その制約をどうにか自分のものにし、二次元と三次元の狭間にある、2・5次元にぴたりと嵌れば、キャラクターという型の中で役者はどこまでも自由に動き回れる。
 キャラクターと生身の役者が一体となった時。紙やモニターの中でしか存在しなかったキャラクターが現実のステージに降臨した時。どれほどの観客が魅了されるだろう。
 どれほどの夢を子供達に、大きなお友達に与えられるだろう。
 それはマンガやゲームが文化として根付いている日本では尚更だ。
 彼女もいつかは自分もと、ステージで踊る少女達や役者陣に憧れ、夢見たのかもしれない。でも願い叶わず、ストリップしか上がれるステージがなかったのかもしれない。
 明日が輝いたら昨日はいつかいい日になると、その歌は歌われている。
 彼女の明日は輝き続けているのか。ストリップそのものに未来はないのに。

 全裸になった踊り子さんが、客席に向かって優雅に視線を送る。
 こんな田舎町のストリップ劇場で。
 決して広くない舞台でライトを浴び、身体をくねらせ、しなを作り、その姿を客が熱のこもった視線で見る。
 長く伸びた髪が汗で背中に張り付いていた。
 遥心はすぐ傍にある裸体には目もくれず、踊り子さんの表情を盗み見た。
 そこにはあるかと思った悲しみは無く、汗にまみれても尚きちんとした、パフォーマーとしての表情が作られていた。
 目の前で繰り広げられるよく分からない性風俗。
 だが遥心には芸事の世界はもっとよくわからない。
 こんな小さな劇場の、こんなステージにも舞台の神様はいるのだろうか。見ていてくれているのだろうか。それとも、いやいやこれは性風俗ですから、そっちはやってないんですよねと、神様はスルーしてしまうのか。
 遥心が踊り子さんの悲しみを勝手に背負ってしまったような気分になったところで曲が終わった。

 最後に流れてきたのは、新人アイドル声優ミュージカル 女優魂大作戦 第五次作戦テーマ曲『月よ、軌跡を照らせ(改訂版)』だった。
 遠くの相手に繰り返しアクセスするようなイントロ。
 しっとりしたステージから一転。柔らかいけれど真っすぐ差しこむ月明かりみたいな、一瞬の煌きにも似た少女性を表した歌だ。
 おまけにまっすぐで歌詞に甘さがない改訂版を持ってきていた。
 が、サビの、誇り高き少女たちよ、私の軌跡を辿れという歌詞が、この場で聴くのがただただ悲しい。
 踊り子さんがお尻だけで舞台に座り、長い両手両足を浮かせてゆっくり羽ばたく。
 涼しい顔で優雅にやってみせるが、見ている側は腹筋と背筋が吊りそうになる。
 更に起き上がると、少し脚を開いて両膝を舞台に付き、そのまま腹筋と背筋を使って後方へと倒れる。
 両腕は天へと伸ばし、自らを捧げものとしているようだった。
 舞台周りに座ると、目線よりも高い所に生殖器があった。
 普段見ることのない、しかし遥心のセクシャルからすれば普通の女性に比べれば見る機会が多い他人の女性器。
 遥心には風俗というより、リアルな見本を使った性教育だった。

 ポーズの合間に踊り子さんが客席に手を差し伸べると、伸ばしてきた客の手を取り、踊り子さんが指先に口づける。
 あちらから触れられる分にはいいらしい。
 こういったサービスで、また客を虜にしていくのだろうか。もっとお金を払えばもっとサービスしてもらえるのに。
 やはり遥心にはストリップはよくわからなかった。



 
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