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第二景

8、いけ好かない職業ナンバーワン

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「しフォさん」
「はいよー」

 自宅で二人分の洗濯物を畳んでいたら、シャオちゃんがタブレットを見せてきた。 
 もう何の用だか分かる。以前から間を置かずの観劇のおねだりだが、スタンプラリーなのだから早めに回ってしまいたい。
 今度はどこ?と画面を覗き込む。案の定ストリップ劇場のサイトだ。
 だが行けそうな週の香盤にはkー3Pという文字が付随していた。

「ケー…、サンピー?」
「なんデショね」

 何かの略語なのか。二人で考えてみるがわからない。いや、心当たりはある。

「サンピー?」
「いや、えー?そう?」

 シャオちゃんが3Pはそのままの意味ではないかと言うが、詩帆がそれはどうかと否定する。

「オ客サン板に上げて三人で」
「うーん…」

 そういったショーをやりますぞのサインなのか。
 お上の目を免れるためなのか、例えばパンプレショーやるよならPPという文字でお客にサインを送ったりする。
 パイパンショーでもPPなので紛らわしいが。
 仮にお客さん交えてお三人でのショーなら、今の時代あまりおおっぴらにやれないはずだが、ともかく、

「見たいデスネ」
「まあね」

 シャオちゃんの言葉に詩帆も同意する。一体何のことなのだと興味が湧いた。


 ほとんど中旅行クラスの距離を移動し、昼間とはいえ活気のない繁華街を抜けると、二人は怪しげなショーをするらしきストリップ劇場 薫劇場にやってきた。
 狭いロビーで かぉる というスタンプを押し、場内に入るとちょうどショーが始まるところだった。
 香盤によると二人の踊り子さんによるチームショーらしい。
 二人はほうほうと、いきなりのチームショーに少しワクワクしながら見てみる。
 場内に懐かしの朝の情報番組のテーマ曲が流れてきた。
 詩帆が高校生くらいの頃に使われていた曲だ。これがテレビから流れてきたらそろそろ家を出なくてはならず、当時のハラハラ感を思い出す。
 そんな曲が流れる中。爽やかな色のブラウスにゆるふわ髪の踊り子さんが登場し、

『お早うございます。時刻は8時になりました』

 客席に向かってペコッと90度のお辞儀をすると、場内に流れる音声に合わせて動く。
 実際の放送から引っ張ってきたのかと思ったが、どうやら自分達で録音したオリジナル音声らしい。
 演じているのは女子アナウンサーか。天気や昨日のサッカーの日本戦の結果など、他愛ないオープニングトークを展開するが、突然、

『えっ?なんですか?』

 フロアにいるであろうスタッフと何やらやり取りをする小芝居をし、舞台上手に目を向けると、

『ああっ!』

 女子アナウンサーが悲鳴を上げる。
 黒いニット帽にサングラスとマスク、そして手にはナイフという完全なる不審者が現れた。

「ぉー」

 シャオちゃんが低い声で唸る。なんだねこの展開はと。
 すわ、まさか本物かと詩帆が一瞬思ったが、身体のラインからして女性、チームを組んだ踊り子さんだろう。

『えっ、CM、はい、CMっ。と、とりあえず落ち着いて、ね。キャっ!』

 アナウンサーがスタッフとやり取りしながら不審者を落ち着かせようと話しかける。
 が、不審者に手首を捕まれ、背後に回られると首元にナイフを当てられた。
 絞られ気味だったサワヤカオープニング曲が、低音の響く、緊迫感を煽る音楽に変わる。
 照明もなんだか怖い、恐ろしげなものに変わった。
 不審者が大人しくしろっと動きとナイフだけで女子アナウンサーを脅し、アナウンサーも顔をひきつらせてそれに従う。
 そして、力任せに服をずらされ、胸元を露わにさせられる。
 客席からゴクリという生唾を飲み込む音が聞こえた、ような気がした。
 更にスカートといくが片手ではこちらは手こずり、不審者がナイフを向けたままおそらく自分で脱げとアナウンサーに指示する。
 アナウンサーは涙を滲ませながらもそれに従う。
 ほうほうなるほど、とシャオちゃんが前のめりで見る。
 朝の情報番組なのだし、フロアスタッフもたくさんいるだろうし、相手は一人だし、隙をついて総掛かりで取り押さえればどうにかなるんじゃないかなーと詩帆は思った。
 だがみんな期待していた。この舞台にはいないフロアスタッフも含め。
 世間でのいけ好かない職業ナンバーワンの女が、全国区で辱められるところを。
 着ているものを粗方脱がせると、不審者は一度離れ、ナイフを向けたままその姿を上から下までサングラス越しにじっくり眺める。
 芝居とはいえ、ううっ、と詩帆が顔をしかめる。
 ねっとりした視線にアナウンサーが胸を手で隠すと、それを不審者が隠すんじゃねえと手首を掴んで阻止する。
 ちゃちゃっとやっちゃえばいいのにナー、そうか、興奮のあまりどうしたらいいかわからないってヤツカー、とシャオちゃんは理解する。
 そうこうしてるうちに、ナイフを持ったまま不審者が床に寝ろ、寝ろっ、と指示する。
 アナウンサーがそれに従い中央舞台に横たわると、不審者は足元の方に立った。
 スタッフさん、今犯人背中がら空きよー、と詩帆は言いたくなる。
 が、不審者はベルトをガチャつかせてズボンを脱ぎだしてしまった。
 まずズボンを、そして真っ白なブリーフが現れる。芸細かいなあと二人が感心する。
 それも脱ぐと下着を脱がせたアナウンサーの股間に自分の股間をあてがい、激しく腰を振り出した。
 動物的ながむしゃら感といやらしい腰付き、毒々しいピンクっぽい照明と先程よりビートの早い音楽に、特に小道具なしでもそれっぽく見える。
 最初はふおっふおっというマスク越しのくぐもった声が聞こえ、鬱陶しそうにマスクを毟り取ると、ああっ、あああっ、ふっふっ、はあっはあっ、と不審者の荒々しい声が聞こえてきた。
 中の人が女性であるのに、それを感じさせない迫真の演技だった。
 お、おおお、お、と客席からも聞こえない声が聞こえ、皆固唾を飲んで見守る。

『撮らないでっ!撮らないでっ!』

 そんな中でアナウンサーが悲痛な叫び声をあげる。
 舐め回すように撮るカメラマンが見えないのに見えた。
 あまりの恥辱にアナウンサーが両手で顔を覆うが、不審者は両手首を押さえつけ、それを許さない。
 涙をこらえた顔が全国区で晒される。
 シャオちゃんはほうほうなるほどと興味津々だった。反して詩帆は無理矢理なやり方に嫌悪感を抱く。
 そうこうしてるうちに不審者は、ぐ、ぐおおおおおっ、と吠えるような声を出し、更に激しく腰を打ち付け、ラストスパートをかける。

『いやあっ!中に、中に出さないでっ!おねがいっ!』

 アナウンサーが叫ぶが当然のように聞く耳持たず、抱きつくような体勢で腰だけをカクカク動かし、

ドピュッ、ドピュッドピュッ!

『あああっ!』
 
 ドピュドピュという大き過ぎるSEに、おお、びっくりした、何の音?ああ射精音か、と詩帆が思わず天井を見上げる。
 舞台では注ぎ込まれた精にアナウンサーが今日イチの悲痛な声を上げていた。両手で顔を覆い、肩を細かく震わせる。
 演技とはわかっているが、嫌あな気持ちが詩帆の胸の中に渦巻く。もしこれで興奮する人がいたらちょっと距離を置きたい。
 腰をぶるぶるっとさせて最後の一滴まで注ぎ込み、見えない性器をぬぽおんと抜くと、不審者はブリーフとズボンをまとめて履いた。
 満足そうにベルトを締め直すと、その流れの中でごく自然にナイフを振りかざし、

「ぃーっ」

 シャオちゃんが小さく声を上げた。
 まだ横たわったままのアナウンサーの心臓辺りにナイフを突き刺した。
 ドシュっというSEとともに、照明が場内を真っ赤に染める。
 その中でアナウンサーの身体が一度大きく仰け反り、目を見開いたままその身を硬直させる。
 さらにもうひと刺し、もうひと刺し。
 機械的な動きでアナウンサーの身体に何度も刃を突き立てる。そのたびにびくん、びくんと刺された身体が跳ねる。
 そして、完全に動かなくなったアナウンサーを不審者が満足そうに見下ろした後。客席を向くと、

「ぇぇぇぇっ」

 詩帆が声にならない声を上げた。
 不審者は刃を自分の首にあてがい、一気に掻き切った。
 ブッシャアみたいなSEとともに場内がまた真っ赤に染まる。
 両膝から落ちると、手からもナイフがカランと落ち、アナウンサーと反対側の床に倒れた。
 そこから若い二人も知ってるしんみりした演歌が場内に流れてきた。
 いやいや、なにこの終わり方、と詩帆が固まる。
 これで終わり?と周囲をこっそり見回すと、呆気にとられたような客が何人かいた。
 そんな中、命尽きたはずの二人がむっくり起き上がる。
 軽く身体についたホコリを払うような素振りをすると、舞台中央で手をつなぎ、ぺこーっと客席に向かって深々と頭を垂れた。
 パチ、パチパチパチパチと戸惑い気味に拍手が送られる。
 少しだけ演歌のボリュームが大きくなったような気がした後、二人の踊り子を労うような言葉が場内アナウンスから聞こえ、ショーは終わった。
 なんだかわからないが詩帆は非常に疲れていた。
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