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第二景
4、パンツ山マルミエ子です
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折りたたみ自転車でのウォーキングをこなし、シャオちゃんだけチョコバーで体力を回復した後。ショーは始まった。
一番手の踊り子さんは若く、美人さんだった。
顔の彫りが深く背もスラリと高く、切り込み隊長としてはいい。
が、踊りとステージにスピード感がなく、物足りなさを感じてしまう。
「(訳)悪くはないんですが」
「(訳)うん」
「(訳)…なんでしょうね」
「(訳)もっさりしてる?」
「(訳)あー、そうかもです」
詩帆達が二人にしかわからない言語で、感想を小声で言い合う。
続くベッドショーも型にはまったようなもので、ふうーん、へえー、そうなんだぁー、と引っ掛かりがないものだった。
なんだかな、でも一番手としてはこんなもんかなと思っているうちに撮影ショーが終わり、特にお待ちかねでもないオープンショーになる。
動画サイトなどで昔流行っていたノリの良い曲に合わせ、踊り子さんが全裸にスカートだけという格好で再登場する。
そしてスカートをぴらりんとさせて股間を見せてくれるが、
「…ぱんつ履いてル」
シャオちゃんがぽかんとした声で言う。
踊り子さんはスカートの下にパンツを履いていた。オレンジ色でおそらく化繊の、いかにも安っぽい。
え、なんで、という顔で詩帆を見ると、詩帆も、えっ、なんでだろ、という顔で見返してくる。
こんなことは初めてだった。
いやもしかしたら告知無しのパンツプレゼントか!?とシャオちゃんが社長椅子から腰を浮かし気味にする。
パンツを取ろうとする高校球児客達に遅れを取ってはならんと。
しかし踊り子さんは曲に合わせて笑顔でスカートをぴらぴらさせ、ステージに座してのM字開脚でリズミカルに膝を叩き、下着を履いたままの股間を客に晒し、客に向かって下着を履いたままのお尻をふりふりさせてみせる。
そこから履いている下着を、脱がずにステージは終わった。
え?なんで?パンツはくれないの?とシャオちゃんが思ってるうちに次の踊り子さんのショーが始まった。
次の踊り子さんは一番手に比べれば踊れる踊り子さんだった。
が、踊れる思たら足元バレエシューズやん、しかも衣装変えてもずっとやんという踊り子さんだった。
衣装や世界観、曲が変わっても足運びがずっとバレエステップなので、のっぺりとした地続き感と違和感があった。
それでも本舞台では良かったのに、後半、中央舞台でのダンスになると足元が妙にバタバタしてきた。
手数は多く楽しませようという気は見えたが、とにかくバレエ経験に頼り過ぎていた。
ふううーん、一番手二番手とこう来たか、と詩帆達が椅子の背もたれに背を預けたままショーは終わった。
要は前のめりになってしまうものが無いショーだった。
が、撮影ショーを挟み、オープンショーになると、
「アレ?」
シャオちゃんが目ざとく見つける。
またしてもだ。またしても踊り子さんは股間を下着で隠していた。
パンツを穿いていた。
「何で穿いてルっ?」
大音量の曲にかき消される手前の声で、シャオちゃんが怒ったように詩帆に訊くと
「ああっ、規制あんだってさっ」
前の席に座るおいちゃんが代わりに答えてくれた。
「キセイっ?」
「んーっ。ケーサツがなっ、うるせえんだとよっ。こんな田舎でもなっ」
おいちゃんの説明に、なんとなく、うっすらとだが二人は理解した。
要はモザイク的なものではないかと。今までそんな対策見たことがなかったからまさかと思ったのだ。
だってその前のベッドショーなどでは普通に性器を晒していたのに、今更下着を履いて見せてませんよなんて何の意味があるのかと。
それと同時に、なぜそれが見れないだけでこんなにお怒りモードになるのかもわからなかった。
是が非でも見たいわけでもはないのに、見れないとなると物足りなかった。
三番手の踊り子さんは二人のお目当ての踊り子さんだった。
イントロに合わせて、見えないレコードをスクラッチする。着ているのはダボダボ気味のヒップホップ系衣装。
二人揃っておおーっと低く唸る。
流れてきたのは二人の知ってるラップアイドルソングだった。
関西弁混じりの歌詞で恋に悩む女の子の姿が綴られているが、曲がいいのかプロアイドルのリズム感と歌唱力で歌いきってるからか、結局何が言いたいかわからないようなダジャレJラップなんかよりよほど聴けた。
それに合わせて飛び跳ねるように踊り子さんが本舞台で踊る。
ダボダボ衣装でもわかる動きのキレの良さ。曲中に流れるうるさいぐらいの合いの手がそれを後押しする。
癖のあるアイドルソングに、一聴すると選曲センスよと思うが、それを凌駕するほどのパフォーマンス力があった。
曲が変わるとダボダボ衣装の前を開き、黒のシンプルなブラを露わにすると、頭を振ってエアギターを披露する。
古臭いガールズロック風の曲。
すべてがザクザクして強めのギターとベースとドラム。
がむしゃらながなり声のメインボーカルと、途中で入るキャピッとした女の子声がアクセントになっていい。
歌詞は好きな男に振られ雨に打たれ、死にたくなってる女の心情。
思わずこの曲良くね?と隣の人に言いたくなってしまう曲だったが、詩帆の知らない曲だった。
対してシャオちゃんはリズムに乗り、知ってそうな雰囲気を出していた。
「(訳)知ってる?」
「(訳)挿入歌」
どうも何かのアニメの挿入歌らしい。シャオちゃんより少しお姉さんな詩帆には、今や知らないアニソンが多過ぎた。
あとで詳しく訊こうと、今はステージに集中した。
目の前で踊る踊り子さんは、女性アイドルオタにして腐女子ではないアニメオタとSNSで公言していた。
挙げている好きなアイドルもアニメも申し分なかった。そのため是非見たいと二人はわざわざやって来たのだ。
そして、やはり当たりだったなと詩帆はすました顔で思う。
知識の方は踊り子さんの方が上手だったが、自分の知らない曲が知れて嬉しい誤算だった。
曲が変わり、踊り子んさが短い時間で早替えを済ませる。
流れてきたのは老舗アイドルグループの曲。
ううむと詩帆が深く頷く。いいね、と。
メンバー個々の声がよく聞こえるアコースティックバージョンの方が評価が高いが、こちらの方が詩帆は好きだった。
ただ過ぎ去る凡庸な日常を何とか生き抜く女の子の歌詞。
それを爽やかなメロディと歌声が紡ぎ、纏い、泳ぐように踊り子さんが動きをつける。見ていて心地いいステージだった。
一気に音と歌声が展開されるようなサビでアクロバティックなポーズを取り、ライトが強く当たると、漣のような拍手が包み込む。
束ねられた清涼感ある女の子達の歌声が、まるでそんな姿を祝福してるように聴こえた。
しかし、だ。
どんな素敵な裸体と柔軟性とショーを見せても。
しっかりオープンショーでは下着を履いて出てきた。
そこだけはなぜか頑なに見せなかった。
その後も四番手の踊り子さんが出るが、一貫してオープンショーでは下着は穿いていた。
そして五番手の踊り子さんの撮影ショーをやっていると、
「なんだありゃ。どっから入ったんだあ」
「邪魔だなあ」
おじさん達が騒ぎ出した。
見ると中央舞台に虫がいた。ハエくらいの大きさの虫がブンブン飛び回っている。
「おーおー、誰か捕まえろよ」
茶化すようにおじさん客が言う。退屈な撮影ショーの暇潰しにはなるだろうと。
舞台廻りにいた客が手にしたキャップや丸めた新聞などで追い払おうとするが、虫は舞台の真ん中をブンブン飛び回っているので届かない。
当然、舞台は聖域なので客はあがれない。すると、
「どしたー?」
客が何かしてるのに踊り子さんが気付く。
「なんか虫がいんだよっ」
「悪い虫ー?」
「そーそ。誰が連れてきたんだか」
周囲にいた客が笑うが、追い払う客は段々苛ついてきていた。
それをあざ笑うかのように虫は飛び回る。このままオープンショーが始まると厄介だ。そして、埒が明かないと思ったのか、
「ワタシ捕まえてイイ?」
シャオちゃんが立ち上げり、挙手しながらそう言った。
同時に反対の手で舞台を指差す。上がってもイイ?と、踊り子さんと投光室にいる従業員に確認をとると、
「いいよ。靴脱いで」
「靴脱いでーっ」
踊り子さんと客が同時に言う。そこは絶対らしい。
許可されたので中央舞台に立ち、おっほ、とシャオちゃんが楽しそうに周囲を見回すと、
「お、なんだ。お嬢ちゃんが踊るんか」
客がいじり、周りの客もガハハと笑う。
その笑い声の中で、シャオちゃんがファイティングポーズで軽く前後にステップを踏む。
詩帆がそれを腕組みして見る。
パンチの要領で手で掴むか、ハイキックで叩き落とすか、と思ったが、いや違うな、もっと派手に仕留めるだろうと予想し、
「おおおっ!」
客から歓声が上がる。
虫がこちらに旋回するタイミングを狙い、シャオちゃんはかかと落としを放った。
膝を使っての距離の出るかかと落としではなく、股関節を使った早さのあるかかと落としだ。
シュパっとキレのあるかかと落としが虫を捕らえる。
舞台に叩き落とされた虫を指でつまみ、どやっ、と客に見せると、観客から拍手が起こった。
「ありがとうございます」
従業員もマイクを通して労う。
退屈な撮影ショーを余興で埋めてくれた女の子客に拍手が送られる。
シャオちゃんも上手、下手、正面の客に手のひらと拳を合わせてお辞儀をした。
「えっ?なにどうしたの?」
客を捌くのに夢中で見てなかった踊り子さんだけが素っ頓狂な声を上げていた。
そんなドタバタがあったからかわからないが、
「アレっ?」
すぐにシャオちゃんが気づく。
撮影ショーを終えた踊り子さんがビジュアル系バンドの曲とともに、さっきまで着ていたチアガール衣装で再登場するが、ロケットダンス風の踊りをしてみせると下着を穿いていなかった。
股間が丸見えだった。
すると何かに気づいたように自分でスカートをめくってみせ、踊り子さんは口に手のひらを当てびっくりしたように、あらやだっ、という顔を客席に向け、スカートで股関を隠す。
更にもう一度確認のために恐る恐るめくり、すぐに、あらやだどうしましょっ、という顔を客にしてみせる。
それに客がどわっはっはっはと笑う。あらやだどうしましょじゃねえよと。
茶番もいいとこだった。
それを見て二人はヒュー!やってくれたぜ!と嬉しくなった。
なぜだか胸がスカッとした。こっそりお上に逆らってやった踊り子さんに。
是が非でも見たいわけではないのに、そうでなくっちゃという思いだった。
そんな見慣れたいつも通りのオープンショーが、良きところで曲が絞られると、
「ありがとうございました」
従業員がそう締めくくるが、
「ちょっとちゃんとパンツ履いてくださいよぉー。困りますよぉー」
「あれれー?パンツ履くの忘れちったー」
真っ暗闇となった場内で、マイクを通しての声とステージの生声とでそんな会話を交わした。
従業員は苦笑交じりで、踊り子さんはすっとぼけた声で。
客がまたあっはっはと笑った。
当然二人も。
密室での客と踊り子と従業員の共犯意識が楽しかった。
一番手の踊り子さんは若く、美人さんだった。
顔の彫りが深く背もスラリと高く、切り込み隊長としてはいい。
が、踊りとステージにスピード感がなく、物足りなさを感じてしまう。
「(訳)悪くはないんですが」
「(訳)うん」
「(訳)…なんでしょうね」
「(訳)もっさりしてる?」
「(訳)あー、そうかもです」
詩帆達が二人にしかわからない言語で、感想を小声で言い合う。
続くベッドショーも型にはまったようなもので、ふうーん、へえー、そうなんだぁー、と引っ掛かりがないものだった。
なんだかな、でも一番手としてはこんなもんかなと思っているうちに撮影ショーが終わり、特にお待ちかねでもないオープンショーになる。
動画サイトなどで昔流行っていたノリの良い曲に合わせ、踊り子さんが全裸にスカートだけという格好で再登場する。
そしてスカートをぴらりんとさせて股間を見せてくれるが、
「…ぱんつ履いてル」
シャオちゃんがぽかんとした声で言う。
踊り子さんはスカートの下にパンツを履いていた。オレンジ色でおそらく化繊の、いかにも安っぽい。
え、なんで、という顔で詩帆を見ると、詩帆も、えっ、なんでだろ、という顔で見返してくる。
こんなことは初めてだった。
いやもしかしたら告知無しのパンツプレゼントか!?とシャオちゃんが社長椅子から腰を浮かし気味にする。
パンツを取ろうとする高校球児客達に遅れを取ってはならんと。
しかし踊り子さんは曲に合わせて笑顔でスカートをぴらぴらさせ、ステージに座してのM字開脚でリズミカルに膝を叩き、下着を履いたままの股間を客に晒し、客に向かって下着を履いたままのお尻をふりふりさせてみせる。
そこから履いている下着を、脱がずにステージは終わった。
え?なんで?パンツはくれないの?とシャオちゃんが思ってるうちに次の踊り子さんのショーが始まった。
次の踊り子さんは一番手に比べれば踊れる踊り子さんだった。
が、踊れる思たら足元バレエシューズやん、しかも衣装変えてもずっとやんという踊り子さんだった。
衣装や世界観、曲が変わっても足運びがずっとバレエステップなので、のっぺりとした地続き感と違和感があった。
それでも本舞台では良かったのに、後半、中央舞台でのダンスになると足元が妙にバタバタしてきた。
手数は多く楽しませようという気は見えたが、とにかくバレエ経験に頼り過ぎていた。
ふううーん、一番手二番手とこう来たか、と詩帆達が椅子の背もたれに背を預けたままショーは終わった。
要は前のめりになってしまうものが無いショーだった。
が、撮影ショーを挟み、オープンショーになると、
「アレ?」
シャオちゃんが目ざとく見つける。
またしてもだ。またしても踊り子さんは股間を下着で隠していた。
パンツを穿いていた。
「何で穿いてルっ?」
大音量の曲にかき消される手前の声で、シャオちゃんが怒ったように詩帆に訊くと
「ああっ、規制あんだってさっ」
前の席に座るおいちゃんが代わりに答えてくれた。
「キセイっ?」
「んーっ。ケーサツがなっ、うるせえんだとよっ。こんな田舎でもなっ」
おいちゃんの説明に、なんとなく、うっすらとだが二人は理解した。
要はモザイク的なものではないかと。今までそんな対策見たことがなかったからまさかと思ったのだ。
だってその前のベッドショーなどでは普通に性器を晒していたのに、今更下着を履いて見せてませんよなんて何の意味があるのかと。
それと同時に、なぜそれが見れないだけでこんなにお怒りモードになるのかもわからなかった。
是が非でも見たいわけでもはないのに、見れないとなると物足りなかった。
三番手の踊り子さんは二人のお目当ての踊り子さんだった。
イントロに合わせて、見えないレコードをスクラッチする。着ているのはダボダボ気味のヒップホップ系衣装。
二人揃っておおーっと低く唸る。
流れてきたのは二人の知ってるラップアイドルソングだった。
関西弁混じりの歌詞で恋に悩む女の子の姿が綴られているが、曲がいいのかプロアイドルのリズム感と歌唱力で歌いきってるからか、結局何が言いたいかわからないようなダジャレJラップなんかよりよほど聴けた。
それに合わせて飛び跳ねるように踊り子さんが本舞台で踊る。
ダボダボ衣装でもわかる動きのキレの良さ。曲中に流れるうるさいぐらいの合いの手がそれを後押しする。
癖のあるアイドルソングに、一聴すると選曲センスよと思うが、それを凌駕するほどのパフォーマンス力があった。
曲が変わるとダボダボ衣装の前を開き、黒のシンプルなブラを露わにすると、頭を振ってエアギターを披露する。
古臭いガールズロック風の曲。
すべてがザクザクして強めのギターとベースとドラム。
がむしゃらながなり声のメインボーカルと、途中で入るキャピッとした女の子声がアクセントになっていい。
歌詞は好きな男に振られ雨に打たれ、死にたくなってる女の心情。
思わずこの曲良くね?と隣の人に言いたくなってしまう曲だったが、詩帆の知らない曲だった。
対してシャオちゃんはリズムに乗り、知ってそうな雰囲気を出していた。
「(訳)知ってる?」
「(訳)挿入歌」
どうも何かのアニメの挿入歌らしい。シャオちゃんより少しお姉さんな詩帆には、今や知らないアニソンが多過ぎた。
あとで詳しく訊こうと、今はステージに集中した。
目の前で踊る踊り子さんは、女性アイドルオタにして腐女子ではないアニメオタとSNSで公言していた。
挙げている好きなアイドルもアニメも申し分なかった。そのため是非見たいと二人はわざわざやって来たのだ。
そして、やはり当たりだったなと詩帆はすました顔で思う。
知識の方は踊り子さんの方が上手だったが、自分の知らない曲が知れて嬉しい誤算だった。
曲が変わり、踊り子んさが短い時間で早替えを済ませる。
流れてきたのは老舗アイドルグループの曲。
ううむと詩帆が深く頷く。いいね、と。
メンバー個々の声がよく聞こえるアコースティックバージョンの方が評価が高いが、こちらの方が詩帆は好きだった。
ただ過ぎ去る凡庸な日常を何とか生き抜く女の子の歌詞。
それを爽やかなメロディと歌声が紡ぎ、纏い、泳ぐように踊り子さんが動きをつける。見ていて心地いいステージだった。
一気に音と歌声が展開されるようなサビでアクロバティックなポーズを取り、ライトが強く当たると、漣のような拍手が包み込む。
束ねられた清涼感ある女の子達の歌声が、まるでそんな姿を祝福してるように聴こえた。
しかし、だ。
どんな素敵な裸体と柔軟性とショーを見せても。
しっかりオープンショーでは下着を履いて出てきた。
そこだけはなぜか頑なに見せなかった。
その後も四番手の踊り子さんが出るが、一貫してオープンショーでは下着は穿いていた。
そして五番手の踊り子さんの撮影ショーをやっていると、
「なんだありゃ。どっから入ったんだあ」
「邪魔だなあ」
おじさん達が騒ぎ出した。
見ると中央舞台に虫がいた。ハエくらいの大きさの虫がブンブン飛び回っている。
「おーおー、誰か捕まえろよ」
茶化すようにおじさん客が言う。退屈な撮影ショーの暇潰しにはなるだろうと。
舞台廻りにいた客が手にしたキャップや丸めた新聞などで追い払おうとするが、虫は舞台の真ん中をブンブン飛び回っているので届かない。
当然、舞台は聖域なので客はあがれない。すると、
「どしたー?」
客が何かしてるのに踊り子さんが気付く。
「なんか虫がいんだよっ」
「悪い虫ー?」
「そーそ。誰が連れてきたんだか」
周囲にいた客が笑うが、追い払う客は段々苛ついてきていた。
それをあざ笑うかのように虫は飛び回る。このままオープンショーが始まると厄介だ。そして、埒が明かないと思ったのか、
「ワタシ捕まえてイイ?」
シャオちゃんが立ち上げり、挙手しながらそう言った。
同時に反対の手で舞台を指差す。上がってもイイ?と、踊り子さんと投光室にいる従業員に確認をとると、
「いいよ。靴脱いで」
「靴脱いでーっ」
踊り子さんと客が同時に言う。そこは絶対らしい。
許可されたので中央舞台に立ち、おっほ、とシャオちゃんが楽しそうに周囲を見回すと、
「お、なんだ。お嬢ちゃんが踊るんか」
客がいじり、周りの客もガハハと笑う。
その笑い声の中で、シャオちゃんがファイティングポーズで軽く前後にステップを踏む。
詩帆がそれを腕組みして見る。
パンチの要領で手で掴むか、ハイキックで叩き落とすか、と思ったが、いや違うな、もっと派手に仕留めるだろうと予想し、
「おおおっ!」
客から歓声が上がる。
虫がこちらに旋回するタイミングを狙い、シャオちゃんはかかと落としを放った。
膝を使っての距離の出るかかと落としではなく、股関節を使った早さのあるかかと落としだ。
シュパっとキレのあるかかと落としが虫を捕らえる。
舞台に叩き落とされた虫を指でつまみ、どやっ、と客に見せると、観客から拍手が起こった。
「ありがとうございます」
従業員もマイクを通して労う。
退屈な撮影ショーを余興で埋めてくれた女の子客に拍手が送られる。
シャオちゃんも上手、下手、正面の客に手のひらと拳を合わせてお辞儀をした。
「えっ?なにどうしたの?」
客を捌くのに夢中で見てなかった踊り子さんだけが素っ頓狂な声を上げていた。
そんなドタバタがあったからかわからないが、
「アレっ?」
すぐにシャオちゃんが気づく。
撮影ショーを終えた踊り子さんがビジュアル系バンドの曲とともに、さっきまで着ていたチアガール衣装で再登場するが、ロケットダンス風の踊りをしてみせると下着を穿いていなかった。
股間が丸見えだった。
すると何かに気づいたように自分でスカートをめくってみせ、踊り子さんは口に手のひらを当てびっくりしたように、あらやだっ、という顔を客席に向け、スカートで股関を隠す。
更にもう一度確認のために恐る恐るめくり、すぐに、あらやだどうしましょっ、という顔を客にしてみせる。
それに客がどわっはっはっはと笑う。あらやだどうしましょじゃねえよと。
茶番もいいとこだった。
それを見て二人はヒュー!やってくれたぜ!と嬉しくなった。
なぜだか胸がスカッとした。こっそりお上に逆らってやった踊り子さんに。
是が非でも見たいわけではないのに、そうでなくっちゃという思いだった。
そんな見慣れたいつも通りのオープンショーが、良きところで曲が絞られると、
「ありがとうございました」
従業員がそう締めくくるが、
「ちょっとちゃんとパンツ履いてくださいよぉー。困りますよぉー」
「あれれー?パンツ履くの忘れちったー」
真っ暗闇となった場内で、マイクを通しての声とステージの生声とでそんな会話を交わした。
従業員は苦笑交じりで、踊り子さんはすっとぼけた声で。
客がまたあっはっはと笑った。
当然二人も。
密室での客と踊り子と従業員の共犯意識が楽しかった。
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