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第三回公演

4、無事に辿り着くまでが観劇です

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「どちらまで」
「ライドオンタイムっていうストリップ劇場まで」

 病院専用のタクシー乗り場から車に乗り込んだ嵐士は、先ほど看護師に伝えたように運転手に行き先を告げるが、

「ちょっとわかんないすね」

 プロ意識に欠ける発言をかましてくれる。

「じゃあ、通りのところで下ろしてもらえれば」

 ナビ使えやと思いつつ、手前の大通りで下ろしてもらうことにし、ケータイで時間をチェックする。
 今からなら何回目公演だろうと。


 そして、嵐士は昨日見たブログを思い出す。
 その劇場は公式サイトにブログが設置されていた。
 従業員が書いてあるであろうその劇場のブログは、妙にハキハキしていた。
 季節の挨拶から始まり、ビックリマーク多様、顔文字多めの、おめめピカピカな好青年が書いてそうなブログ。
 大変ありがたいことに出し物、いわゆる踊り子さんがやる演目も記されていた。
 今日見るのは四回公演のうち、踊り子さん全員が1回目と2回目は同じ演目。
 それとは違うものを3回目と4回目にやるなど、事細かに書かれていた。
 演目はタイトルだけで、内容は想像するしかないがそれはそれで暗号めいていて面白い。

 なにより、これなら外出とやらがしやすい。
 遥心が言っていたが、前もってやる演目が分かれば次のはさっき見たやつだからいいかと気兼ねなく外出が出来るらしい。
 外出システムとやらも聞かされていた。受付で申し出れば30分程度なら劇場外に出ていいシステムだとか。
 前もって演目の流れが分かれば少し外をぶらついたり買い物もしやすい。
 SNSなどでやる演目を告知している踊り子さんもいると詩帆が言っていたが、劇場がまとめて教えてくれるならありがたい。
 来てからのお楽しみを楽しめるほど、客も暇ではないだろう。


 昼と夕方の間の繁華街は不思議な色合いを見せていた。
 くすんだ店の外壁や、高いのか安いのかわからない料金表が書かれた派手な看板、ただのマッサージだけでは終わらないような看板。狭くて暗くて汚い裏道。妙な異臭。出前の丼。やけに細くて急なビルの階段。歩道の謎のシミ。役所からの警告文。窓ガラスにスモークの貼られた車。
 当店はトイレの貸し出しをいたしておりませんというコンビニの張り紙。店の陰から陰へと移動する野良猫。

「あっ、ネコだ。かわいー…、ゴッ!!」
 
 あとは堂々と人間様の靴先を横切るゴキブリ。

「はあーっ。びっくりし…、ネズっ!でかっ!!」

 それからまるまる太って歩道をのたのた走るネズミ。
 それらが早く夜になるのを待ち望んでいるようだった。
 そんな街を嵐士がケータイを片手に進む。

「えーっとー」

 ケータイ画面と、背丈がバラバラなビル群を交互に見ながら歩くが、

「お兄さんどうですか?」
「お決まりでなければ」
「どうでしょう、お兄さん」
「お兄さん」
「お兄さん、なにかお探しでしたら」
「いい子そろってますよお兄さん」

 やたらと客引きに声を掛けられる。
 時折店のドアから嬌声やノリのいい音楽も聞こえてくるが、

「どうですか、お決まりでなければ」
「若い子そろってますよ」

 ついそちらに目を向けると客引きが声をかけてきて気が散る。

「どこぉ?」

 そのせいかなかなか目当ての劇場が見つけられない。
 途方に暮れて嵐士がビル群の間で立ち尽くす。
 迷うほど難しい場所にはなさそうだったはずだが。

「お兄さん」
「…ぅるせえぇええ」

 まだ距離があるのにロックオンしてくる客引きに、嵐士はイーッとなりそうになるが、すぐにそうだとバッグを漁る。
 必殺の、携帯音楽プレイヤーだ。
 これで聞こえないふりをすればいいのだ。
 だがイヤホンを耳にしようとすると、まだ再生ボタンを押してないのに曲が流れてきた。
 それは嵐士の好きな特撮ソングだった。
 聞こえてくるのはイヤホンからではない。すぐ近くの店の入口ドアからだ。
 それに近づき、漏れ聞こえてくる音楽に耳を傾けていると、

「どうでしょうお兄さん」

 すぐ近くにいたワイシャツ姿にオールバックの、にこやかおじさんに声をかけられる。
 まんまとその店の客引きに捕まってしまった。

「あの、」
「はい」
「お店を、探してるんですけど」

 仕方なく、嵐士がここではなくてというニュアンスとともにそう言うと、

「あー、はい。なんというお店で」

 自分の店の客ではないにも関わらず、それでもおじさんは親切に対応してくれた。

「ライドオンタイムっていうストリップ劇場なんですが」

 今日だけで何回目だと思いつつそう言い、ケータイ画面に表示させた地図を見せると、

「あのビルの三階ですね」

 客引きさんが指差した先には、確かにその名前の看板が小さく突き出ていた。
 劇場と言いつつ三階にあるというのは嵐士にとって予想外だった。
 よく見ればサイトにもそう書いてあったのだが。
 遥心にもストリップ劇場は劇場と言いつつも外見は予想の斜め上を行くと言われていたのだが。

「ありがとうございます」
「いえ、良かったらうちにも寄ってください」

 営業を忘れず客引きさんがにこやかに手を振り、嵐士を送り出す。
 いかにも繁華街なんて初めてそうに見えたから優しくしてくれたか、それともカモになりそうな人種には優しいのか、はたまた元から優しいのか。
 なんだか面白いなと嵐士は思いつつ、教えてもらったビルへ向かい、二、三人入ればいっぱいのようなおんぼろエレベーターに乗り込んだ。


 エレベーターを降りてすぐのところにそれはあった。ストリップ劇場 ライドオンタイムだ。
 何の準備もなく嵐士がドアを開けると、

「いらっしゃいませ!」
「わ」

 やけにハキハキとした声が出迎えてくれた。
 入ってすぐの真横に、下が少しだけ空いたガラス窓がはめられ、小皿が置かれた受付があった。
 受付の奥にはメガネを掛けた、青年というぐらいの年齢の従業員がいた。

「あの、これ使えますか?」
「はいっ、割引券ですねっ。もちろんっ」

 嵐士がプリントアウトした割引券をガラス窓の下からメガネ従業員に渡すと、彼はガラス越しに元気な声で答えてくれた。
 良かった使えたと嵐士がホッとすると、

「サイト、見て来てくださったんですかっ?」

 チケットをもぎりながら従業員が訊いてきた。

「ああ、はい」

 答えながらも嵐士はそのハキハキした口調に、この人がブログ担当かとなんとなくで予想した。びっくりマークや顔文字は見えないがそう感じた。

「そうですか。ありがとうございますっ」

 従業員がガラス越しにニコッと好青年然とした笑顔と声で言う。
 こんなところでそんな笑顔をしなくてもと思うが、こういった笑顔が潰える昭和文化には必要なのかもしれないと嵐士は考える。
 そしてロビーを抜け、場内入り口と書かれたドアへ向かう。
 入った時から微かに音楽は聞こえていた。
 少し前によく流れていたJ-POPだ。それが、一歩近づくたびに大きくなる。
 嵐士がドアを開けると開放されるのを待ち望んでいたように、大音量で、けれどひび割れたようながさつな音楽が聞こえてきた。

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