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その声がいつも魂の叫びでありますように

29、四万十川料理学校の先生降臨

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 公録の後、響季達は本日最後のイベント、二軒目の献結ルームへ向かったが、

 「わっ」
 「アハハハッ!」

  先に立ってルームのドアを開けた響季が驚く。
  ドタバタ追いかけっこしていたらしき子供がこっちに向かって突進してきたからだ。

 「うおぅ、あ」
 「っと」
 「アハハハッ、わっ」

  響季は避けたので突進を免れたが、代わりに後ろにいた零児が男の子とぶつかってしまった。

 「あ、ごめんなさ」

  はしゃいで迷惑をかけてしまったことに、幼稚園に行くか行かないかくらいの歳の男の子が怯えた顔で見上げてくる。
  対してぶつかられた零児はいつものアーモンドアイで冷ややかに見下ろしていたが、

 「こーしょこしょこしょ!」
 「あ、アヒャヒャヒャ!」

  瞬時に腰をかがめると男の子の脇腹などをくすぐり倒す。
  不意打ちを食らい、男の子は笑い転げるが、

 「おしり、さわさわさわさわっ!」
 「アヒャヒャヒャ!あーっあーっ」

  零児が今度はおしりを撫で回すと、くすぐったさと楽しさで悲鳴を上げる。
  それは子供ながらに目の前のお姉さんが怖くない人、遊んでくれる人と認識し、安心しきった笑い声だった。

 「ターン、ぐるぐるぐるぐるぐるっ!手足、バタバタバタバタバタ!」

  更に零児は男の子を片手で抱え上げると、その場でグルグルと回り、反対の手と足でバタバタしだす。
  お休みの日のお父さんが如く、零児自身が楽しいアトラクションになっていたが、

 「アヒャヒャヒャ!ひああーっ!はあーああーっ!」
 「ちょっ、笑いゲロ出ちゃうよ!笑いゲロ出ちゃうって!」

  あまりのアトラクションぶりに響季がツっこむ。
  全身を使って遊んでくれる零児に、男の子は楽し過ぎて笑い過ぎてぐでんぐでんになっていた。
  それでも笑いは止まらない。プチゲロが出てもおかしくないくらいに。
  そんなコミュニケーションを図っていると、ふと零児は男の子と追いかけっこしていたお友達らしき子がこちらを見ているのに気づき、

 「貴様のおけつも撫でてやろうか!」
 「わあーっ!」

  男の子を小脇に抱えたまま、閣下のような恐ろし面白いことを言いながら追いかける。
  お友達も楽しそうにキャッキャと逃げ出すが、

 「ちょっと涯亜(ガイア)!何してるの!騒いじゃダメでしょ!」

  若い母親風の女の人に注意された。

 「ほらっ、独唱門(ソロモン)君も行くよ!」

  そして抱えられていた男の子の腕も無理やり取る。
  目だけで零児に降ろせと言い、零児もそれに従うと、多少めんどくさそうにソロモンくんと、そしてガイアくんと一緒に行ってしまった。
  ガイアくんとやらは息子らしいが、ソロモンくんは違うらしい。

 「近所の迷惑ママさんに無理やり子供の面倒見させられてイライラしてる、とか」

  L字にした親指と人差指でフレームを作り、零児が三人の関係性を推測してみる。
  お母さんのプリプリとしたおしりから発せられる怒りは尋常ではない。

 「まあ、色々ありますよね」

  親御さんに手痛い対応をされたおけつ閣下をフォローするように響季が言うが、

 「おしりほっぺより割れ目に近い部分をさすさすする方がホフホフする」
 「そうですか…」

  本人はあまり気にしていないようだった。
  自分のおしりをプリーンと突きだし、レクチャーしてくれるが、響季はそおっすかとしか言えなかった。

 「で、えーとなんだっけ」

  そんな洗礼を受けた後、響季は改めて献血兼献結ルーム内を見回す。
  ケツさわられ君とそのお友達以外にも、待合スペースや休憩スペースには、明らかに献血年齢にも献結年齢にも達していない小学生ぐらいかそれ以下の子供がいた。

 「近所の憩いの場、的な?」
 「そう、なのかな」

  零児の観察眼に響季が同意する。
  そして改めてルームを見回し、

 「おおっ、おおお!」

  更に響季が驚く。
  よく見ればルーム内は全体を硬質なシルバーと白で構成された、宇宙戦艦のブリッジを模したような作りだった。
  円形に展開されたルームは周囲がガラス張りになっている。
  今は夕方だが、夜になるとガラス窓の外が暗闇でちょうど宇宙空間のようになる仕様だ。
  中央には円柱の透明オブジェがあり、何やらサイバーチックなアニメキャラの映像が映し出されている。
  司令官が座るようながっちりとした大掛かりな玉座のような作りの椅子が一つだけあり、そこにはお子様達が群がっていた。
  が、少し離れたところにはそこに座りたそうな大きいお友達が空かないかなと視線を送っていた。
  他の椅子も宇宙戦艦の乗組員が座るようなクールなデザインだ。
  硬質な魅力を放つオシャレ椅子だが、素材やクッションが固そうであまり長居には適さない。

 「キッズルームあるんだ。だからか」

  ルーム内にはカラフルな革張りソファで仕切られたスペースがあり、そこで子供達が絵本を読んだりぬいぐるみで遊んだりしていた。
  職員さんなのか、宇宙戦艦の乗組員みたいな服を着たお姉さんが子供達の面倒を見ていた。
  こういった設備があるゆえ子供が多いのだろう。
  よくよく考えれば、子供が多いと暇にかまけて先程ダッシュしてきたような子が献血ないし献結を終えたばかりの人とぶつかったりする危険性もある。
  だがこの囲い込みぶりを見ると、そんな被害を想定しても尚顧客を獲得しておきたいのかもしれない。

 「いや、それよりもだ」

  お金のかかってそうなインテリアや設備よりも、先程の失敗を考慮して響季が目ざとくルームを見回す。
  理由はただ一つ、喰らえそうなタダ飯がきちんとあるかだ。
  一つ前のルームで食事代わりのお菓子を摘み、試飲会でチーズやつまみなども食べたが、

 「……無い」

  サイトの写真で見た場所には保温器がなかった。
  正確にはその中で暖かなオレンジ光に照らされ、紙にくるまれたハンバーガーが。

 「どうゆうことだ…」

  苦悶の表情で響季が額を抑える。
  信じられない、まさかここもかと。
  ひどいぞ、それじゃあ詐欺じゃないかと心の中で嘆いていると、

 「スポンサーが降りたかな。ここも」

  零児が冷静にぽつりと言う。
  予想し得る事態に、響季は額どころか頭を押さえる。
  自分は何のためにここへ来たのだと。
  いや、それだけではないが、タダ飯は重要な項目の一つだ。

 「訊いてみた方が早いかな」

  言って零児が受付を見やる。そこにも宇宙戦艦の、こちらはレトロな昭和ロボットアニメ風乗組員みたいな制服を着た職員さんがいた。

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