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40、Thank you all Listener!
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響季の呼吸が一瞬止まり、零児がゆっくり目を閉じた。二人の神経が、一つずつ耳に嵌めたイヤホンに集中する。
呉式「このコーナーはですね、私とリスナーさんとが家族になりたいという願いから、えー、番組当初からあったコーナーで。長いですねぇー(笑)番組当初からあったんで、このコーナーも20年続いた訳です。すごいっ(笑)継続は力なりっ」
呉式が湿っぽい空気を打ち払うように、どうでもいい古臭い格言で笑いを取る。それが聞き取れないほど響季の鼓動が耳に反響する。
呉式「このメールが番組最後のメールになるのかな。えーと、ラジオネーム」
そのラジオネームを聞いた瞬間。
響季があっ、と声をあげた。深夜、公園であげるにしては大きすぎる声だ。
そして響季が零児の顔を見ると、零児は目をいつもと変わらない大きさで開き、放送を聴いていた。
それは、今読まれているメールは。
番組スタッフが選び、呉式穂乃佳が読んでいるメールは。
一週間前、響季が書いたメールだった。
零児が読んだメールだった。
20年続いた声優ラジオの最終回宛てに、零児が送信したメールだった。
呉式「『僕はラジオにメールを送るのが好きでした。そんな僕はある女の子に恋をしました。彼女は物静かで聡明な女の子。僕はといえば、聡明ではありませんが物静かな方。そんな二人ですから僕と彼女が話すことはありませんでした。しかし僕と彼女の間にはある共通点がありました。それはラジオです。彼女は勉強をする時にラジオを聴くのが習慣で、』
響季が書いたメールが今まさにラジオ番組で読まれている。
電波を通じて声優に読まれ、自分の耳に還ってくる。
それは何度味わっても不思議な体験だった。
自分の頭の中で考えた文章が綺麗な声、綺麗な発音、綺麗な発声で読まれる。
それが、電波の届く限りの範囲で放たれる。
こちらからの一方通行だと思っていた糸電話が、地球と宇宙ほどかけ離れた糸電話が、本当に繋がっていたようなあの感覚。
途方も無い距離を感じていたのに、それが一気にゼロになったようなあの感覚。
受け取るばかりではない、こちらからも発信し、番組に参加しているというあの感覚。
自分ではないもう一人の自分が、電波の海を暗躍している。
誰かに伝えたくてしょうがない、自慢したくて仕方ない。でも誰にも知られたくない。
それを、忘れていたあの嬉しさを、響季は深夜の公園で久しぶりに味わった。
呉式「『僕がラジオ番組で貰ったバッジをカバンにつけていたのを見て、たまたまその番組を知っていた彼女が話しかけてくれました。それから少しずつ話すようになりました』おおー、何の番組だったんでしょーかねー」
この文をどうするか迷い、響季は思い切って書いた。別の番組できっかけを作ったとなればパーソナリティはあまりいい顔をしないと思ったからだ。だが、
呉式「『二人でこの番組の公開録音にも行きました』えー?来てくれたんだー。ありがとー。いつの公録だっただろう」
そのすぐ後に巻き返し、擦り寄る。
当然響季は公録なんて行っちゃいない。
ネットで調べたら、定期的にこの番組が公開録音をしていたから書いただけだ。
呉式「『何度か一緒に遊ぶようになり、僕から告白し、付き合うことになりました』おおー、すごい。『僕は出来れば、彼女とずっと一緒にいたいと思います。彼女が最初で最後の人でいいです。出来るだけ彼女に嫌われないよう、捨てられないように努力します』そんなことないよー。伝わってると思うよー。『ずっと一緒にいたい証しとして、ペンダントを彼女に送りたいです』」
最後の一文は余計だったかと、響季は自分が書いたメールを聴きながら思った。改めて聴くとグッズ欲しさに書いたように聴こえた。
呉式「はい。で、このメール、実は続きがあるんですねぇ(笑)なんとここからは彼女さんからのメールです。『と、ここまで書いたのは私の彼氏で、私はその彼女であるところの、ラジオネーム、』」
さっきよりも大きな声が響季の喉から出た。しかし実際には空気の塊が喉から出ただけだった。
響季は知っていた。
そのラジオネームを。
聴いたことがあった。
そのネタ職人のネタを。
自分が聴いていたラジオ番組に、いつもいた。
斬新で、文学的で、言葉遊びの雰囲気も出し、しかし長すぎず、耳と胸にスッと入るようなセンスの良さを感じるあのラジオネーム。
新番組が始まるとふらりと現れ、去っていく。
自分のように卑怯な手などどこにも使わず、ネタコーナーにふらりと立ち寄っては笑いをかっさらい、去っていく。
知っていた、笑わせてもらっていた、尊敬すらしていた、悔しいとさえ思った。
どんな人物だと想像していた。きっとろくでもない奴だと勝手にやっかんでいた。
暇な大学生か。教室ではクラスメイトとまったく喋らない中学生男子か。
あるいは過去のしがらみを忘れられず、ラジオという文化にしがみつくいい歳した中年か。
誰にも気付かれない、深夜のテロ行為。寂しい自己表現。
しかしネタコーナーが始まると、彼の登場を待ち望んでいた。
退屈なネタコーナーに一気に火種を放りこむような彼を。
的確で、破天荒で、哲学的で、存在感があり、スマートで、時には激情型で、卑屈で、ネタの中からいつもの気配をそっと消し、最後にパーソナリティが読んだラジオネームで彼だったと知ることもある。
どんな奴だと思っていた。
その人が今、自分の隣にいた。
こんなに近くにいた。
「はっ」
空気の塊は笑い声となった。
「あっはっはっ。あああーっ。うわあー」
感情が上手く処理できない。
響季が後ろの柵に背中をぶつけ、ずるずると崩れ堕ちる。
笑いが止まらない。涙が出てくる。
背中をぶつけた拍子に響季の耳からイヤホンが外れた。
勢いで零児の耳のイヤホンも外れかかる。
が、零児ももういらないとばかりにイヤホンを外した。
呉式はまだ何か言っていた。
おそらくこれからしんみりとしたオルゴール音楽でもかかり、涙声で最後の言葉をリスナーに伝えるのだろう。
だがそんなこともうどうでもよかった。今までの20年分など知る由もない。
自分達が生まれる前の歴史など、重みなど二人には必要ない。
零児は喜怒哀楽の、喜と楽が一緒に訪れた少女を見る。
響季は深夜の公園の中心で寝転びながら、少女を見上げる。
ずっと知っていた。聴いていた。
目の前にいたこの子が。
意外な真犯人。
こんな可愛いらしい子があんなネタを。
シュール、自虐、替え歌、DTネタ、妄想ネタ、標語、格言、下ネタ、大喜利、ミニコント台本、新コーナー案、地味にキツい罰ゲーム、ゲストへのおもしろ質問メール、正式名称としては不採用だが面白い、番組から生まれた声優ユニットのユニット名、この食材に何を混ぜてパーソナリティに飲ませたら面白いか。
なんでも書けたあのネタ職人がこんな子だった。
女の子だった。
そのことだけが、真実だった。
「あー」
ひとしきり笑ったあと、響季がお腹をおさえながら起き上がる。
「あなたでしたか」
「知ってた?」
「知ってたさ、そりゃあ」
「メール、読まれてたね」
「うん。ああーっ、ペンダント届くの楽しみー」
「番組終わるどさくさで送られて来なかったりして。終わるし別にいいやって」
「あり得る」
そう言って二人は笑いあう。
そして零児がぽつりと、
「もうあの名前使えないなあ」
と、言った。
響季が気付く。名前とは、ラジオネームだ。
零児のもう一つの名前。現実の煩わしさから解放される名前。
べつにそのまま使えばいい。
しかし使えない、使わないとはその名前との決別を意味する。
長年使ってきたラジオネームとの。
「新しい名前、考えるの?」
「それか、もう辞めるか」
ふう、とため息をつき、零児が星の出ていない夜空を見上げる。
それは15歳の少女であり、引き際を決めた天才の横顔だった。
自分の我儘に付き合わせたせいで、天才的なネタ職人の引退を早めたとしたら。
響季の胸がちくりと痛む。
「で、読まれたから」
天才ネタ職人が、ただのネタ職人の方を見やる。賭けの結果は、響季の勝ちだ。
「う、うん」
響季が手を差し出し、
「まずは、握手から」
「よろしくね」
「うん、よろしく」
ぎこちなく差し出された手を、零児が小さな手で握り返してくる。
小さいこの手から紡がれたネタに、いつも笑わせてもらっていた。
そのブレインに、源流に繋がった。
響季の身体がびりびりとした感動に包まれるが、繋がれた手を、零児がぐいと引っ張った。
「わっ」
バランスを崩した響季が、目の前の小さな身体の中に収まる。
そして頬に自分の柔らかな頬を愛おしそうに擦り付け、キスを落とした。そのまま甘えるように首筋に顔を埋める。
「えっと、零ちゃん」
ゴロゴロと猫のように甘える友達に響季が言う。
さっき知ったばかりのラジオネームが口から出そうになるが、どうにか飲み込む。
「友達、ですよね。んっ」
「うん」
首筋に、甘い濡れた感触。控えめにだが口付けられた。
「友達だよ」
「友達にしちゃあベタベタが過ぎません、かね。あうわっ」
「そうかな。普通だよ、これぐらい」
零児が真っ赤な響季の耳に口付ける。
どんな雑音放送も、新曲も、ネタも、ラジオネームも、放送作家が小声で出す指示も、放送中にも関わらず鳴った声優のお腹の音も聞き逃さない、高性能な耳。
しかし響季は自分のここがひどく弱いことをいま知った。
「そう、かな」
「そうだよ」
それにしてはなんだろうか、この胸の高鳴りは。友達に対してこんなに鼓動が早くなるのは変じゃないだろうか。
戸惑う響季の耳に、零児が小さな声で、だいすきだよ、と囁く。
「えっ!?」
「友達として」
「ああ、そっか」
そうだよね、友達としてだよねと言いながら、ヘラヘラ笑いながら、響季が小さな天才の背中に手を回す。
お返しになのか、小さな手で頭を撫でられた。その感触が嬉しくて、心地よかった。
好きだと、思った。
(了)
呉式「このコーナーはですね、私とリスナーさんとが家族になりたいという願いから、えー、番組当初からあったコーナーで。長いですねぇー(笑)番組当初からあったんで、このコーナーも20年続いた訳です。すごいっ(笑)継続は力なりっ」
呉式が湿っぽい空気を打ち払うように、どうでもいい古臭い格言で笑いを取る。それが聞き取れないほど響季の鼓動が耳に反響する。
呉式「このメールが番組最後のメールになるのかな。えーと、ラジオネーム」
そのラジオネームを聞いた瞬間。
響季があっ、と声をあげた。深夜、公園であげるにしては大きすぎる声だ。
そして響季が零児の顔を見ると、零児は目をいつもと変わらない大きさで開き、放送を聴いていた。
それは、今読まれているメールは。
番組スタッフが選び、呉式穂乃佳が読んでいるメールは。
一週間前、響季が書いたメールだった。
零児が読んだメールだった。
20年続いた声優ラジオの最終回宛てに、零児が送信したメールだった。
呉式「『僕はラジオにメールを送るのが好きでした。そんな僕はある女の子に恋をしました。彼女は物静かで聡明な女の子。僕はといえば、聡明ではありませんが物静かな方。そんな二人ですから僕と彼女が話すことはありませんでした。しかし僕と彼女の間にはある共通点がありました。それはラジオです。彼女は勉強をする時にラジオを聴くのが習慣で、』
響季が書いたメールが今まさにラジオ番組で読まれている。
電波を通じて声優に読まれ、自分の耳に還ってくる。
それは何度味わっても不思議な体験だった。
自分の頭の中で考えた文章が綺麗な声、綺麗な発音、綺麗な発声で読まれる。
それが、電波の届く限りの範囲で放たれる。
こちらからの一方通行だと思っていた糸電話が、地球と宇宙ほどかけ離れた糸電話が、本当に繋がっていたようなあの感覚。
途方も無い距離を感じていたのに、それが一気にゼロになったようなあの感覚。
受け取るばかりではない、こちらからも発信し、番組に参加しているというあの感覚。
自分ではないもう一人の自分が、電波の海を暗躍している。
誰かに伝えたくてしょうがない、自慢したくて仕方ない。でも誰にも知られたくない。
それを、忘れていたあの嬉しさを、響季は深夜の公園で久しぶりに味わった。
呉式「『僕がラジオ番組で貰ったバッジをカバンにつけていたのを見て、たまたまその番組を知っていた彼女が話しかけてくれました。それから少しずつ話すようになりました』おおー、何の番組だったんでしょーかねー」
この文をどうするか迷い、響季は思い切って書いた。別の番組できっかけを作ったとなればパーソナリティはあまりいい顔をしないと思ったからだ。だが、
呉式「『二人でこの番組の公開録音にも行きました』えー?来てくれたんだー。ありがとー。いつの公録だっただろう」
そのすぐ後に巻き返し、擦り寄る。
当然響季は公録なんて行っちゃいない。
ネットで調べたら、定期的にこの番組が公開録音をしていたから書いただけだ。
呉式「『何度か一緒に遊ぶようになり、僕から告白し、付き合うことになりました』おおー、すごい。『僕は出来れば、彼女とずっと一緒にいたいと思います。彼女が最初で最後の人でいいです。出来るだけ彼女に嫌われないよう、捨てられないように努力します』そんなことないよー。伝わってると思うよー。『ずっと一緒にいたい証しとして、ペンダントを彼女に送りたいです』」
最後の一文は余計だったかと、響季は自分が書いたメールを聴きながら思った。改めて聴くとグッズ欲しさに書いたように聴こえた。
呉式「はい。で、このメール、実は続きがあるんですねぇ(笑)なんとここからは彼女さんからのメールです。『と、ここまで書いたのは私の彼氏で、私はその彼女であるところの、ラジオネーム、』」
さっきよりも大きな声が響季の喉から出た。しかし実際には空気の塊が喉から出ただけだった。
響季は知っていた。
そのラジオネームを。
聴いたことがあった。
そのネタ職人のネタを。
自分が聴いていたラジオ番組に、いつもいた。
斬新で、文学的で、言葉遊びの雰囲気も出し、しかし長すぎず、耳と胸にスッと入るようなセンスの良さを感じるあのラジオネーム。
新番組が始まるとふらりと現れ、去っていく。
自分のように卑怯な手などどこにも使わず、ネタコーナーにふらりと立ち寄っては笑いをかっさらい、去っていく。
知っていた、笑わせてもらっていた、尊敬すらしていた、悔しいとさえ思った。
どんな人物だと想像していた。きっとろくでもない奴だと勝手にやっかんでいた。
暇な大学生か。教室ではクラスメイトとまったく喋らない中学生男子か。
あるいは過去のしがらみを忘れられず、ラジオという文化にしがみつくいい歳した中年か。
誰にも気付かれない、深夜のテロ行為。寂しい自己表現。
しかしネタコーナーが始まると、彼の登場を待ち望んでいた。
退屈なネタコーナーに一気に火種を放りこむような彼を。
的確で、破天荒で、哲学的で、存在感があり、スマートで、時には激情型で、卑屈で、ネタの中からいつもの気配をそっと消し、最後にパーソナリティが読んだラジオネームで彼だったと知ることもある。
どんな奴だと思っていた。
その人が今、自分の隣にいた。
こんなに近くにいた。
「はっ」
空気の塊は笑い声となった。
「あっはっはっ。あああーっ。うわあー」
感情が上手く処理できない。
響季が後ろの柵に背中をぶつけ、ずるずると崩れ堕ちる。
笑いが止まらない。涙が出てくる。
背中をぶつけた拍子に響季の耳からイヤホンが外れた。
勢いで零児の耳のイヤホンも外れかかる。
が、零児ももういらないとばかりにイヤホンを外した。
呉式はまだ何か言っていた。
おそらくこれからしんみりとしたオルゴール音楽でもかかり、涙声で最後の言葉をリスナーに伝えるのだろう。
だがそんなこともうどうでもよかった。今までの20年分など知る由もない。
自分達が生まれる前の歴史など、重みなど二人には必要ない。
零児は喜怒哀楽の、喜と楽が一緒に訪れた少女を見る。
響季は深夜の公園の中心で寝転びながら、少女を見上げる。
ずっと知っていた。聴いていた。
目の前にいたこの子が。
意外な真犯人。
こんな可愛いらしい子があんなネタを。
シュール、自虐、替え歌、DTネタ、妄想ネタ、標語、格言、下ネタ、大喜利、ミニコント台本、新コーナー案、地味にキツい罰ゲーム、ゲストへのおもしろ質問メール、正式名称としては不採用だが面白い、番組から生まれた声優ユニットのユニット名、この食材に何を混ぜてパーソナリティに飲ませたら面白いか。
なんでも書けたあのネタ職人がこんな子だった。
女の子だった。
そのことだけが、真実だった。
「あー」
ひとしきり笑ったあと、響季がお腹をおさえながら起き上がる。
「あなたでしたか」
「知ってた?」
「知ってたさ、そりゃあ」
「メール、読まれてたね」
「うん。ああーっ、ペンダント届くの楽しみー」
「番組終わるどさくさで送られて来なかったりして。終わるし別にいいやって」
「あり得る」
そう言って二人は笑いあう。
そして零児がぽつりと、
「もうあの名前使えないなあ」
と、言った。
響季が気付く。名前とは、ラジオネームだ。
零児のもう一つの名前。現実の煩わしさから解放される名前。
べつにそのまま使えばいい。
しかし使えない、使わないとはその名前との決別を意味する。
長年使ってきたラジオネームとの。
「新しい名前、考えるの?」
「それか、もう辞めるか」
ふう、とため息をつき、零児が星の出ていない夜空を見上げる。
それは15歳の少女であり、引き際を決めた天才の横顔だった。
自分の我儘に付き合わせたせいで、天才的なネタ職人の引退を早めたとしたら。
響季の胸がちくりと痛む。
「で、読まれたから」
天才ネタ職人が、ただのネタ職人の方を見やる。賭けの結果は、響季の勝ちだ。
「う、うん」
響季が手を差し出し、
「まずは、握手から」
「よろしくね」
「うん、よろしく」
ぎこちなく差し出された手を、零児が小さな手で握り返してくる。
小さいこの手から紡がれたネタに、いつも笑わせてもらっていた。
そのブレインに、源流に繋がった。
響季の身体がびりびりとした感動に包まれるが、繋がれた手を、零児がぐいと引っ張った。
「わっ」
バランスを崩した響季が、目の前の小さな身体の中に収まる。
そして頬に自分の柔らかな頬を愛おしそうに擦り付け、キスを落とした。そのまま甘えるように首筋に顔を埋める。
「えっと、零ちゃん」
ゴロゴロと猫のように甘える友達に響季が言う。
さっき知ったばかりのラジオネームが口から出そうになるが、どうにか飲み込む。
「友達、ですよね。んっ」
「うん」
首筋に、甘い濡れた感触。控えめにだが口付けられた。
「友達だよ」
「友達にしちゃあベタベタが過ぎません、かね。あうわっ」
「そうかな。普通だよ、これぐらい」
零児が真っ赤な響季の耳に口付ける。
どんな雑音放送も、新曲も、ネタも、ラジオネームも、放送作家が小声で出す指示も、放送中にも関わらず鳴った声優のお腹の音も聞き逃さない、高性能な耳。
しかし響季は自分のここがひどく弱いことをいま知った。
「そう、かな」
「そうだよ」
それにしてはなんだろうか、この胸の高鳴りは。友達に対してこんなに鼓動が早くなるのは変じゃないだろうか。
戸惑う響季の耳に、零児が小さな声で、だいすきだよ、と囁く。
「えっ!?」
「友達として」
「ああ、そっか」
そうだよね、友達としてだよねと言いながら、ヘラヘラ笑いながら、響季が小さな天才の背中に手を回す。
お返しになのか、小さな手で頭を撫でられた。その感触が嬉しくて、心地よかった。
好きだと、思った。
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