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もう公爵家から逃げたい

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 公爵家に婿入りしたら仕事が死ぬほど多かった。
 元々王国の男爵家の三男坊で王宮で官僚をしていただけなのに、急に公爵家へ引き抜かれ、いつの間にか婿になったのだ。

 正直なところを言えば私は妻のことを好きだった。主に外見が。
 さすが公爵家というだけあって金髪美人だし、スタイルも凄まじくいいし。そんな女性とうだつの上がらなかった自分が肉体関係になるというだけでもう幸せの絶頂だった。
 ただ、妻の方は愛情的な意味で私には興味がなかった。妻の中にあったのは100%政略の事だった。妻は政略を愛していた。
 妻の性質がよく表れているのが初夜の彼女の言動だろう。

「愛人はもう準備しているから、そっちとも一人は子供を作ってね」

 政略しか興味のない女公爵様に私は正直泣いた。

 ここからわかるように、私が外で女を作り子供を作ったのは妻の命令である。
 隠れて愛人を作るなんて入り婿の私にできるはずがない。妻の配下だけでなく家臣にだって見張られているわけだし、私の行動範囲は公爵領の首都周辺なのだから隠れて女を作るなんてできるはずもなかった。
 そもそも妻が私を愛していなくても私は妻のことを愛していたし、あまり異性に興味がある方ではなかったので愛人など考えつきもしなかったが、妻がそう命じるのならばしょうがない。

 愛人に選ばれた彼女は、元娼婦で、妻のお気に入りだった。頭がよく控えめなあたりが妻の好みらしい。
 妻としては私に子を作らせて、公爵家の正統の血を引かない公爵家の分家を作りたかったらしい。何かと便利に使えるだろうと。その報酬として、分家を立てるための元となる領地として、実家の男爵家より大きい領地をもらえるのだから、余計断る選択肢がなかった。

 そうして私は妻と愛人を作り、公爵家の仕事を必死にこなし、なんだかんだで他人に羨まれる程度には幸せな生活をしていた。



 それが狂ったのは妻が亡くなって少し経った時だ。娘を産んだ後、体調を崩した妻は娘が3歳の時に亡くなった。
 亡き妻の遺言により私は公爵代行になり、後妻に愛人を迎えた。どうやら妻は自分が亡くなった時の公爵夫人代行に適切ということで私の愛人を選んでいたらしい。
 本当に政略を愛していたのだろう。少しずつ弱りながらも遺言を残したり生前に手回しすることで、次期公爵が3歳にもかかわらず何のトラブルもなく公爵家の引継ぎは完了した。
 妻が亡くなったのは悲しい出来事であったが、彼女の準備により亡くなってすぐは何らトラブルがなかった。

 トラブルが起き始めたのは、妻の生んだ娘が物心つき、ああだこうだとやり始めたころだった。
 まず、木っ端の家臣たちの言うことを信じた娘が、私が妻を裏切り暗殺し、愛人を後妻に迎えたとそのまま信じ始めたことだ。愛人が妻の意向で選ばれたことも、愛人を後妻に迎えることも妻の命令であり、ある程度以上の地位の家臣はそれを重々承知している。
 御屋形様に振り回されて大変でしたね、と労ってくれる者も少なくない。
 だが、客観的に見れば入り婿なのに結婚直後に愛人を作り、妻が産後体調を崩したら愛人のところに入り浸り子供まで作り、(これも愛人と子供ができるまで帰ってくるなと妻に追い出されただけである。悲しい)妻が亡くなれば即愛人を後妻に迎えたということである。
 客観的にクソ野郎では? と思う。私でもそう思う。正直泣いた。

 でも妻の政略に対する情熱と知識を私は信用していたし、何より妻が残してくれたものと思うととても違う選択は取れなかった。後妻になってくれた彼女も私が妻を思い続けるのは許してくれたし、外から何を言われようと譲るつもりはなかった。
 だがそれで妻の産んだ方の娘がぐれたのだからたまったものではない。不潔といわれて私に一切近寄らなくなった。本当に泣いた。まあそういう気持ちになるのはやむを得ないし私は距離を置いたのだが、彼女はなぜか彼女のシンパなはずの博役の者たちとも距離を取り、よくわからない顔だけの連中を側近として寵愛を始めた。これはまずいと博役の者も私も妻と諫言するのだが、娘は一切聞く耳を持たなかった。

 妻が生んだ娘の不満は婚約者にもあったようだ。王家との結婚も妻が生前決めたもので、そのため幼いながらも彼女には王太子という婚約者がいた。
 見た目は極上だが中身は平凡な彼は、身分が彼女より高いせいか彼女にすさまじく嫌われていた。中身が平凡でセンスがいささか悪いが、娘が取り巻きにしている連中よりは余程見た目も性格も能力も高いと思うのだが、娘にとっては許せないようであった。

 また公爵家の仕事もろくにしなかった。次期公爵、というか幼いながらすでに名目上公爵の娘がする仕事はそこそこあった。書類仕事などなら代行である私が全てすればいいが、顔見世や挨拶はどこの馬の骨とも知れない私より名目上の公爵である娘の方が向いているのだ。だがそういったことは一切せず、とはいえ遊び惚けているわけでもなく、時々印璽を使って訳の分からないお触れをばらまくのだから迷惑極まりなかった。怠惰な無能ならやりようがあるが、勤勉な無能は本当に扱いに困った。
 そうして仕事を無茶苦茶にかき回し、婚約者ともうまくいかず、学業の成績だけいいためプライドが高いという無駄にヤバい娘が完成した。
 親としていろいろ手を尽くしてきたがもう無理だと思った。あとは廃嫡して私が娘の面倒を見つつ、実務は後妻との子供である娘に引き継ぐことまで考えていた。

 だが、家臣団が廃嫡を拒否した。公爵代行とはいえ何でも公爵と同じようにできるわけではなく廃嫡のような重要な決定は当たり前だが重臣たちの合議で決まる。彼女に無視され迷惑を一番かけられてきたのは重臣たちであるためてっきり廃嫡の決定をするかと思いきや、もうしばらく待ってみようという結論しか出なかった。
 これはどうせ彼女は王家に嫁ぐというのがあっただろう。ずっと主君ならやめてほしいが、成人すれば王家に嫁ぐのだ。そして自分たちは王家の直属の臣になり、代官家として私たちがやる予定であった。しばらく待てば彼女もいなくなるし、という考えである。この王家との契約も私の妻である前公爵が取り決めたものであったからという理由も会っただろう。亡き今でも前公爵への信頼が厚いのだ。

 こうしてごまかしなだめすかしてさてそろそろ結婚も見えてくるかというときに、王太子がやらかした。婚約破棄をしたのだ。
 あの時私は思った。あー、我慢しきれなかったか。と。彼は周りを、娘を、王をすべて見下していた。
 うちの娘にも王にも虐げられていたのだから、爆発して自己保身を考えないトラブルを起こす可能性は確かにあったが、そのような事態は王家側が止めてくれると考えていたのだ。だが、彼の王を見る目を見る限り、そういうこともなかったようだ。

「だから言ったでしょ、父さん」

 後妻の娘がそういうのを聞いて、彼女からのアドバイスを聞き流した自分を恥じた。



 婚約破棄された娘も予想外の行動に出た。何と公爵領に戻らず隣国の王太子に婚約者として行ってしまったのだ。当然私にも重臣たちにも何ら相談もなくである。
 今まで娘のことを見ていたからまあそんなもんだろうなと思ったが、当然今までの仕打ちも相まって重臣たちは見捨てられたと解釈した。こうなってしまえば公爵家が娘を認めることは永久にないだろう。仮に継承戦争で隣国が勝っても娘が公爵家に戻ってこれる可能性は著しく低い。戻ってこれるとしたら公爵家の家臣たちをほぼ皆殺しにしないといけないだろうが、それをやって公爵領を治められるはずもない。
 そうすると新しく公爵を選び出さないといけないわけだが、それもめんどくさい。分家である家臣の家から連れてくるのが手っ取り早いが優秀なのは各家が手放したがらないし、無能が来られても困るし、候補者が碌にいなかった。
 いちど、私が離縁し、再度分家の姫をもらって公爵を子に引き継ぐという提案もあったがそれは断った。
 今の妻も前公爵である前の妻が選んでくれた相手だし、長年付き添って情もある。それを捨てて新しい姫をもらってもうまくやれる自信もないし、そもそも年齢差もある。

 そんなこんなで悩んでいると、後妻の娘がとんでもない爆弾を連れてきた。廃嫡された元王太子である。

「顔と性格が気に入ったから拾ってきた」

 とまるで捨て猫でも拾ってきたかのように廃太子のことを紹介する娘。一応娘にも分家から婿をもらって公爵家を新しく建てるプランがあり、娘が気に入った相手がいればその方向で調整することも考えていたのだが、そのプランもついえた瞬間であった。なんせ娘は女の顔でその廃太子を見ていたのだから。これは絶対引き離すことはできないだろう。私はいろいろな意味で泣いた。

 結局隣国が責めてきそうというのもあり、筆頭家臣であった分家の当主がそのまま公爵に横滑りをすることになったが、なぜか私は公爵代行のままである。筆頭家臣は自分の家の事しかやってくれない。
 すでに公爵家周辺でも王家周辺でもトラブルが頻発しており、特に廃太子が大きな爆弾になっている。
 だが娘が結婚すると譲らず、なんだかんだで愛想を振りまき続けてきたせいで明らかにトラブルと分かっているにもかかわらず他の家臣からも娘を支持する声が大きいため、否定することも難しい。

 娘たちももう自分の道を歩み始めたし、もう全部捨てて逃げたくなってきたが、前の妻と今の妻へのことを考えるとそれも難しく、渋々公爵代行の仕事を続けるしかできないのであった。
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みんなの感想(1件)

橄欖石
2024.07.19 橄欖石

うん、もう、逃げて良いよって肩ポンして、ブランデーやウィスキーのいいヤツ、グラスに注いでやりたいと思いました。
まあ、取り敢えず、飲め。
それ以外にかける言葉が見当たらないです。
そのうち初孫出来て、人生薔薇色になるとイイね!

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