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ロイが突然、私達に何も言わずジェラルドの屋敷からいなくなって1年。
このパーティは。
「ニコラ、大丈夫?」
結構な成功を納めていた。
「おお、ミア。大丈夫だ、俺もまだまだ若ぇ奴らにゃ負けらんねえな!」
「ご、ごめんニコラ! ごめん! 私、私またやっちゃった!」
「うふふ、魔法は完璧だったのにね、スイ。転ばないよう、足元には気をつけて?」
踏破済みの中堅ダンジョンをいくつもまわって、そこそこのお金を稼ぐ。たまに高難易度ダンジョンに入ってみても、ちゃんとクリアして帰ってこられるようになった。
ロイが居なくても、ちゃんとチームワークができるようになった。
「.......」
私がロイに好きだと言ったから、いなくなってしまったのだろうか。ジェラルドはそうじゃないと言うが、きっとそうだ。いつまでも成長しない私が邪魔で、鬱陶しくなったのだ。
女としての価値がない私がワガママを言って、嫌われたのだ。
「そうじゃないと言ってるだろう? ミアは顔に思っていることが出るから、すぐ分かるよ」
「ジェラルド」
ジェラルドの屋敷が、私達パーティの拠点になった。なぜか知らないが、ジェラルドは頑なに私達を屋敷に置いておきたがる。どんなにニコラに壁を壊されても、スイに高い花瓶や絵を破かれても、アイナに盗みをされても。絶対に、追い出さなかった。
「そう言えば、あの隣の小国のコクオウヘイカは、近々元コクオウヘイカになるよ」
「?」
「我が国の操り人形も終わりということさ。我が王は、あの土地を正式に私の領地にするとお決めになった」
「ジェラルド、お金持ち。この国1番の貴族」
「お金は回し方が大事なんだ。色々欲しいのならね」
ロイが腹黒いと言った笑顔で、ジェラルドが笑う。目の前でニコラが壁に突進してスイが転んでアイナが誰かの財布の中身を見ていたが、腹黒い笑みは変わらなかった。ジェラルドもすごい人だ。
「.......私は、昔腕の良いヒーラーを探していてね」
「知ってる。このパーティ作る時」
「君の噂を聞いて、面白半分で呼んだんだ。ロイが騒ぐかなと思ってね」
ジェラルドはロイが大好きだ。多分、国民全員と天秤にかけてもロイに傾くと思う。ロイが大好きで、子供のように憧れているのだ。
「治療魔法を使わない、凄腕ヒーラー。くく、何が凄腕なんだと思っていたよ」
「む」
魔法に自信はある。大抵の怪我は治せるし、体力回復だってできる。
「1度、君がロイに魔法を使ったのを見た。ロイが包丁を握りこんだ時だったよ」
「.......ん」
道端で、浮気にキレた奥さんが包丁を持って暴れていた時だ。ロイは、あんな素人の女の人なんて指先1つであしらえるのに、なぜかゆっくり話を聞いて、途中興奮して夫を刺そうとした包丁を握りこんで止めた。奥さんは、はっとしたように包丁から手を離した。奥さんはとても反省していたし、夫の方も反省していた。ロイはこんなの消毒液かけとけ、と言っていたが、私がやりたくて魔法をかけた。
やっぱり、ロイは凄かった。今は、もう会えないけれど。
「ひと目見て、これは違うと思ったんだ」
「?」
「ミアの魔法は、人間の自己回復力を高めて傷の再生を促すと言う、我々の間で認知されている治療魔法ではない。もっと上位の、濃い薬の原液のようなものだと思ったよ」
「.......治療魔法、初めて見たの?」
「数回しか無かった。私はむしろ、違う方を沢山見ていたんだ」
「違う方?」
今日はやけにジェラルドがよく話す。ジェラルドは、ロイ以外とはあまり気軽に話さないのだ。
「私はダンジョンの、特にファーストドロップ収集家でね。その中には、貴重な薬の素材もある。いわゆる、ポーションの素材だよ」
「苦いから、ロイはポーション飲まない」
「ロイはそこもかっこいいだろ? おっと、話が逸れるね。まあ、簡単に言うとミアの治療魔法は、ポーションと同じような物、つまりダンジョンのドロップアイテムによるものだと思ったんだ」
自分の手を見下ろす。確かに、私の治療魔法はほかの人とは違う。傷の治りは早いし、跡も残さない。使った後の倦怠感もないし、むしろ体力が戻る。
たしかに、飲むと体力回復になるポーションの効果と似ている。
しかし、私はポーションなんて使っていないし、ましてやそんな便利なドロップアイテムなんて.......あ。
「この私をしてあそこまでの効果を発揮するポーションは見たことがなかった。だから、すぐに答えが見つかったよ。.......ミアは、英雄譚の中に出てくる、万能の薬であり不死の毒にも変わる、赤い石を手に入れたんだと」
ダンジョンオタク、怖い。なんで少し私の魔法を見ただけでそこまで分かるんだ。
大体、英雄譚なんて子供向けのお伽噺の中の物を、現実にあると決めつけるなんて。
「私は英雄譚を歴史書として見ているからね」
「心、読めるの?」
にっこり、腹黒い笑顔が返ってきた。この事実をロイに教えてあげたい。
「それで、君の姿から推測して.......君は不老不死の毒に冒されていると結論づけた」
「ジェラルドは頭の作りが変。推理小説よりずるい」
「基礎知識がしっかりしていれば、多少の空白は飛び越えられるのさ。それで、血眼になって探したんだ、その石を。ロイに飲ませようと思ってね」
「っ! ダメ!」
「全盛期のロイを永遠に残しておきたかったんだ。でも、ロイはいつまで経っても全盛期にならない。常に前を超えて行くんだ! もう27にもなるのに!」
ロイが歳を取らなくなる心配なさそうだった。ジェラルドは本物の危険人物だ。
「失礼、話を戻すよ。そして、やっとその出どころがわかったのが去年、隣国のコクオウヘイカと話した時だ」
「.......ん」
「私はどのダンジョンでどんなドロップアイテムが出るか、大体分かるんだが」
そんなことあるのか。冒険者達は、毎回毎回思いもよらないドロップアイテムに心踊らされているというのに。
「また、あの赤い石がドロップする可能性が高いダンジョンを見つけた」
「.......ジェラルド、まさか」
「不老不死の毒を消せるのは、万能の薬だけだからね。ロイは、走って国を出たよ」
そんな、こと。
嫌、嘘だなんて思わない。ロイはそういう人だ。誰より速く、他人の為に走ってくれる人だ。ちゃんと正面から向き合って、正面から手を差し伸べてくれる人だ。
「.......それで、今朝。隣国の、先週の新聞が、届いたんだ。最近少し関係が不安定で、届くのが遅れた」
ジェラルドの声が、一気に温度を失う。低い声がさらに低くなって、冷たくなる。
今までこちらを気にせず騒いでいた3人も、すっと視線をこちらに向けた。
「『高レベルダンジョン、ソロ踏破! 黒髪の踏破者、重傷ののち死亡』.......だと」
「.......嘘」
「確認中だ」
黒髪の冒険者なんて、ロイしかいない。高レベルダンジョンをソロでクリアできるのなんて、ロイしかいない。
私には、ロイしかいない、のに。
「.......君たちパーティを、この屋敷に縛り付けたのは私だ。悪かったね、不自由させて」
「ジェラルド、どう、しよう。や、やだ、や」
「これからは、好きなダンジョンに潜るといい。たまに、顔は見せに来てくれたまえ」
いつの間にか静まり返っていた部屋で、ジェラルドが出ていっても、私達パーティメンバーの誰も、声をあげなかった。
「.......ロイ、ロイどうしよう。ロイが死んじゃったら、どうしよう」
スイがぽつりと言って、泣き崩れた。ニコラとアイナは、ふらふらとどこかへ消えた。
次の日、私達はパーティで森の奥にあった寂れた未踏破ダンジョンに行って、2週間かけて踏破した。寂れているだけあって、モンスターは微妙な強さだったのにドロップアイテムはみんな大したこと無かった。ファーストドロップのナイフは、綺麗だったのでジェラルドにあげた。
次の日、パーティを解散するか話し合った。全員ぼうっとしていて、答えは出なかった。
その次の日も次の日も、みんなでぼうっとして。
その次の日に、解散すると決めて最後にジェラルドの家に行った。
大きな門の前で、スイのすすり泣きが聞こえたところで。
「あ、ちょ、てめえ何しやがる! さわんな、ついてくんな!」
「そんな身体でよく言うよ、黒髪のルイ! 僕が行かなければ、君はダンジョンの1階層で死んでたんだよ!? そう! この、第13代 剣聖! ルーカス・グレートソードがいなければね!」
「這ってでも外に出たわ! あとちょっとだったんだよ!」
遠くの角を曲がってきた、黒髪と白髪。
黒髪の方は顔の半分を布で覆って片目を隠し、上等なスーツを着ている。刀の差し位置が前とは逆になっていて、彼の利き手では無かったはずの左手には花束があった。
歩き方も、なんだか変わっていたけれど。
「げっ! なんで外にいんだ、お前ら! タイミング悪っ!」
「「「「ロイ!」」」」
ロイが、帰ってきた。
私達に抱きつかれ、すてーん、とロイが後ろに倒れた。全員、驚きすぎて動けなくなる。
「君たち! 今の黒髪のルイはそこらのお嬢様よりか弱いのだから、花を扱うように優しくしてあげてくれ! そう! この! 第13代 剣聖! ルーカス・グレートソードのようにね!」
「だれがか弱いだ! 踏ん張りきかねえだけだ!」
起き上がったロイが怒鳴る。白髪をかきあげた剣聖は、やれやれ、と首を振った。
「片目を潰して右手を使い物にならなくして、腰まで痛めておいて何を言うんだい? ああ、そう言えば内臓もやってたね! 血尿は治まったかい?」
「笑い事にしてくれてありがとよ!!!」
ロイが噛み付くように叫んだ。以前のように、少し機嫌が悪そうに口をとがらせて、がりがりと頭をかく。片方の目をこちらに向けて呆然とする私達を見て。
「まあ、こんなとこで、いきなりなんなんだが」
よろっと立ち上がった。そのまま、私の前に来て。
いきなり、以前のようにしっかりとした動きで、跪いた。
「夫か恋人か親友。どれか好きなの選べ、ちなみにどれも一生付きまとう」
「.......」
「まあ、これを飲んだらこんな傷ものはやめて別のやつの所に行くのもオススメだ。そしたら口の悪い黒髪の親友にするんだな」
赤い花束を、がさりと向けられる。それと同時に、ダメにしたと言っていた右手が開かれ、真っ赤な石を差し出された。
スイとアイナが黄色い悲鳴をあげ、ニコラがニヤニヤしていた。剣聖はドヤ顔をしていたので、多分この花束は剣聖の案だ。ロイは、こういうことをする人じゃない。
それでも、かけられた言葉は全部、ロイのものだった。
「.......だ、」
「ん? どうした」
「.......だ、ん、ジョン、に、行くなら、っ、ヒーラー、はっ、連れて、行かなきゃだっ、ダメ、でしょ」
花束を後ろの剣聖に向かって放り捨てたロイが、その大きく硬い手で私の涙を拭う。
「そうだな、失敗したぜ。驚いて目ん玉落っことしてきた」
「.......ん!」
「それにもう、そこの剣聖より足遅いし」
「ん」
「刀も微妙な感じなんだけど」
「ん!」
「愛してる、って言ったら、迷惑か?」
ロイの手から、赤い石を奪った。躊躇いなく口に入れて、跪いたロイの首に腕を回す。よろけたものの、しっかり抱きとめてくれたロイの顔を見上げて。
「ありがと、ロイ!!」
飛びつくように、キスをした。
このパーティは。
「ニコラ、大丈夫?」
結構な成功を納めていた。
「おお、ミア。大丈夫だ、俺もまだまだ若ぇ奴らにゃ負けらんねえな!」
「ご、ごめんニコラ! ごめん! 私、私またやっちゃった!」
「うふふ、魔法は完璧だったのにね、スイ。転ばないよう、足元には気をつけて?」
踏破済みの中堅ダンジョンをいくつもまわって、そこそこのお金を稼ぐ。たまに高難易度ダンジョンに入ってみても、ちゃんとクリアして帰ってこられるようになった。
ロイが居なくても、ちゃんとチームワークができるようになった。
「.......」
私がロイに好きだと言ったから、いなくなってしまったのだろうか。ジェラルドはそうじゃないと言うが、きっとそうだ。いつまでも成長しない私が邪魔で、鬱陶しくなったのだ。
女としての価値がない私がワガママを言って、嫌われたのだ。
「そうじゃないと言ってるだろう? ミアは顔に思っていることが出るから、すぐ分かるよ」
「ジェラルド」
ジェラルドの屋敷が、私達パーティの拠点になった。なぜか知らないが、ジェラルドは頑なに私達を屋敷に置いておきたがる。どんなにニコラに壁を壊されても、スイに高い花瓶や絵を破かれても、アイナに盗みをされても。絶対に、追い出さなかった。
「そう言えば、あの隣の小国のコクオウヘイカは、近々元コクオウヘイカになるよ」
「?」
「我が国の操り人形も終わりということさ。我が王は、あの土地を正式に私の領地にするとお決めになった」
「ジェラルド、お金持ち。この国1番の貴族」
「お金は回し方が大事なんだ。色々欲しいのならね」
ロイが腹黒いと言った笑顔で、ジェラルドが笑う。目の前でニコラが壁に突進してスイが転んでアイナが誰かの財布の中身を見ていたが、腹黒い笑みは変わらなかった。ジェラルドもすごい人だ。
「.......私は、昔腕の良いヒーラーを探していてね」
「知ってる。このパーティ作る時」
「君の噂を聞いて、面白半分で呼んだんだ。ロイが騒ぐかなと思ってね」
ジェラルドはロイが大好きだ。多分、国民全員と天秤にかけてもロイに傾くと思う。ロイが大好きで、子供のように憧れているのだ。
「治療魔法を使わない、凄腕ヒーラー。くく、何が凄腕なんだと思っていたよ」
「む」
魔法に自信はある。大抵の怪我は治せるし、体力回復だってできる。
「1度、君がロイに魔法を使ったのを見た。ロイが包丁を握りこんだ時だったよ」
「.......ん」
道端で、浮気にキレた奥さんが包丁を持って暴れていた時だ。ロイは、あんな素人の女の人なんて指先1つであしらえるのに、なぜかゆっくり話を聞いて、途中興奮して夫を刺そうとした包丁を握りこんで止めた。奥さんは、はっとしたように包丁から手を離した。奥さんはとても反省していたし、夫の方も反省していた。ロイはこんなの消毒液かけとけ、と言っていたが、私がやりたくて魔法をかけた。
やっぱり、ロイは凄かった。今は、もう会えないけれど。
「ひと目見て、これは違うと思ったんだ」
「?」
「ミアの魔法は、人間の自己回復力を高めて傷の再生を促すと言う、我々の間で認知されている治療魔法ではない。もっと上位の、濃い薬の原液のようなものだと思ったよ」
「.......治療魔法、初めて見たの?」
「数回しか無かった。私はむしろ、違う方を沢山見ていたんだ」
「違う方?」
今日はやけにジェラルドがよく話す。ジェラルドは、ロイ以外とはあまり気軽に話さないのだ。
「私はダンジョンの、特にファーストドロップ収集家でね。その中には、貴重な薬の素材もある。いわゆる、ポーションの素材だよ」
「苦いから、ロイはポーション飲まない」
「ロイはそこもかっこいいだろ? おっと、話が逸れるね。まあ、簡単に言うとミアの治療魔法は、ポーションと同じような物、つまりダンジョンのドロップアイテムによるものだと思ったんだ」
自分の手を見下ろす。確かに、私の治療魔法はほかの人とは違う。傷の治りは早いし、跡も残さない。使った後の倦怠感もないし、むしろ体力が戻る。
たしかに、飲むと体力回復になるポーションの効果と似ている。
しかし、私はポーションなんて使っていないし、ましてやそんな便利なドロップアイテムなんて.......あ。
「この私をしてあそこまでの効果を発揮するポーションは見たことがなかった。だから、すぐに答えが見つかったよ。.......ミアは、英雄譚の中に出てくる、万能の薬であり不死の毒にも変わる、赤い石を手に入れたんだと」
ダンジョンオタク、怖い。なんで少し私の魔法を見ただけでそこまで分かるんだ。
大体、英雄譚なんて子供向けのお伽噺の中の物を、現実にあると決めつけるなんて。
「私は英雄譚を歴史書として見ているからね」
「心、読めるの?」
にっこり、腹黒い笑顔が返ってきた。この事実をロイに教えてあげたい。
「それで、君の姿から推測して.......君は不老不死の毒に冒されていると結論づけた」
「ジェラルドは頭の作りが変。推理小説よりずるい」
「基礎知識がしっかりしていれば、多少の空白は飛び越えられるのさ。それで、血眼になって探したんだ、その石を。ロイに飲ませようと思ってね」
「っ! ダメ!」
「全盛期のロイを永遠に残しておきたかったんだ。でも、ロイはいつまで経っても全盛期にならない。常に前を超えて行くんだ! もう27にもなるのに!」
ロイが歳を取らなくなる心配なさそうだった。ジェラルドは本物の危険人物だ。
「失礼、話を戻すよ。そして、やっとその出どころがわかったのが去年、隣国のコクオウヘイカと話した時だ」
「.......ん」
「私はどのダンジョンでどんなドロップアイテムが出るか、大体分かるんだが」
そんなことあるのか。冒険者達は、毎回毎回思いもよらないドロップアイテムに心踊らされているというのに。
「また、あの赤い石がドロップする可能性が高いダンジョンを見つけた」
「.......ジェラルド、まさか」
「不老不死の毒を消せるのは、万能の薬だけだからね。ロイは、走って国を出たよ」
そんな、こと。
嫌、嘘だなんて思わない。ロイはそういう人だ。誰より速く、他人の為に走ってくれる人だ。ちゃんと正面から向き合って、正面から手を差し伸べてくれる人だ。
「.......それで、今朝。隣国の、先週の新聞が、届いたんだ。最近少し関係が不安定で、届くのが遅れた」
ジェラルドの声が、一気に温度を失う。低い声がさらに低くなって、冷たくなる。
今までこちらを気にせず騒いでいた3人も、すっと視線をこちらに向けた。
「『高レベルダンジョン、ソロ踏破! 黒髪の踏破者、重傷ののち死亡』.......だと」
「.......嘘」
「確認中だ」
黒髪の冒険者なんて、ロイしかいない。高レベルダンジョンをソロでクリアできるのなんて、ロイしかいない。
私には、ロイしかいない、のに。
「.......君たちパーティを、この屋敷に縛り付けたのは私だ。悪かったね、不自由させて」
「ジェラルド、どう、しよう。や、やだ、や」
「これからは、好きなダンジョンに潜るといい。たまに、顔は見せに来てくれたまえ」
いつの間にか静まり返っていた部屋で、ジェラルドが出ていっても、私達パーティメンバーの誰も、声をあげなかった。
「.......ロイ、ロイどうしよう。ロイが死んじゃったら、どうしよう」
スイがぽつりと言って、泣き崩れた。ニコラとアイナは、ふらふらとどこかへ消えた。
次の日、私達はパーティで森の奥にあった寂れた未踏破ダンジョンに行って、2週間かけて踏破した。寂れているだけあって、モンスターは微妙な強さだったのにドロップアイテムはみんな大したこと無かった。ファーストドロップのナイフは、綺麗だったのでジェラルドにあげた。
次の日、パーティを解散するか話し合った。全員ぼうっとしていて、答えは出なかった。
その次の日も次の日も、みんなでぼうっとして。
その次の日に、解散すると決めて最後にジェラルドの家に行った。
大きな門の前で、スイのすすり泣きが聞こえたところで。
「あ、ちょ、てめえ何しやがる! さわんな、ついてくんな!」
「そんな身体でよく言うよ、黒髪のルイ! 僕が行かなければ、君はダンジョンの1階層で死んでたんだよ!? そう! この、第13代 剣聖! ルーカス・グレートソードがいなければね!」
「這ってでも外に出たわ! あとちょっとだったんだよ!」
遠くの角を曲がってきた、黒髪と白髪。
黒髪の方は顔の半分を布で覆って片目を隠し、上等なスーツを着ている。刀の差し位置が前とは逆になっていて、彼の利き手では無かったはずの左手には花束があった。
歩き方も、なんだか変わっていたけれど。
「げっ! なんで外にいんだ、お前ら! タイミング悪っ!」
「「「「ロイ!」」」」
ロイが、帰ってきた。
私達に抱きつかれ、すてーん、とロイが後ろに倒れた。全員、驚きすぎて動けなくなる。
「君たち! 今の黒髪のルイはそこらのお嬢様よりか弱いのだから、花を扱うように優しくしてあげてくれ! そう! この! 第13代 剣聖! ルーカス・グレートソードのようにね!」
「だれがか弱いだ! 踏ん張りきかねえだけだ!」
起き上がったロイが怒鳴る。白髪をかきあげた剣聖は、やれやれ、と首を振った。
「片目を潰して右手を使い物にならなくして、腰まで痛めておいて何を言うんだい? ああ、そう言えば内臓もやってたね! 血尿は治まったかい?」
「笑い事にしてくれてありがとよ!!!」
ロイが噛み付くように叫んだ。以前のように、少し機嫌が悪そうに口をとがらせて、がりがりと頭をかく。片方の目をこちらに向けて呆然とする私達を見て。
「まあ、こんなとこで、いきなりなんなんだが」
よろっと立ち上がった。そのまま、私の前に来て。
いきなり、以前のようにしっかりとした動きで、跪いた。
「夫か恋人か親友。どれか好きなの選べ、ちなみにどれも一生付きまとう」
「.......」
「まあ、これを飲んだらこんな傷ものはやめて別のやつの所に行くのもオススメだ。そしたら口の悪い黒髪の親友にするんだな」
赤い花束を、がさりと向けられる。それと同時に、ダメにしたと言っていた右手が開かれ、真っ赤な石を差し出された。
スイとアイナが黄色い悲鳴をあげ、ニコラがニヤニヤしていた。剣聖はドヤ顔をしていたので、多分この花束は剣聖の案だ。ロイは、こういうことをする人じゃない。
それでも、かけられた言葉は全部、ロイのものだった。
「.......だ、」
「ん? どうした」
「.......だ、ん、ジョン、に、行くなら、っ、ヒーラー、はっ、連れて、行かなきゃだっ、ダメ、でしょ」
花束を後ろの剣聖に向かって放り捨てたロイが、その大きく硬い手で私の涙を拭う。
「そうだな、失敗したぜ。驚いて目ん玉落っことしてきた」
「.......ん!」
「それにもう、そこの剣聖より足遅いし」
「ん」
「刀も微妙な感じなんだけど」
「ん!」
「愛してる、って言ったら、迷惑か?」
ロイの手から、赤い石を奪った。躊躇いなく口に入れて、跪いたロイの首に腕を回す。よろけたものの、しっかり抱きとめてくれたロイの顔を見上げて。
「ありがと、ロイ!!」
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