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第11話 忘れがたき

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「.......ん.......?」

 重い瞼を開ければ。

「お兄ちゃん、起きた」

「あ、あ! 良かった、良かったぁ.......! ロイ、ロイ死んじゃうか、死んじゃうかと思って、死んじゃ嫌だああ、ロイ、ロイ死なないでえ!」

「落ち着け落ち着け」

 重い体を無理やり起こせば、全身に感じるのは規則的な振動。ぱから、ぱから、と穏やかなスピードで足音が聞こえた。上着を敷かれ寝かされていた場所を見下ろせば、横幅のある座席。
 この、少し狭い空間は。

「は? 馬車? 何故?」

「お兄ちゃん、5日も起きなかった」

「うわああああ!! ロイ、ロイー!!」

「どうどう」

 スイを宥めながらミアに聞いた話によれば、マイナーダンジョンから出た瞬間ばったり倒れた俺は、それから5日間眠りっぱなしだったらしい。そして、なぜか今朝になって腹黒貴族ジェラルドの使いの馬車が来て、無理やり俺を詰め込んで出発したと言うのだ。

 とりあえず、聞きたいことが多すぎる。

「.......ミア、スイ。2人はダンジョンから出たあと、何か問題なかったか? 怪我は?」

「ない。お兄ちゃんに消毒液かけるのに忙しかった」

「うわあああん! 1回ボヤ騒ぎ起こしたぐらいぃー!ロイ、ロイが生きてて良かったぁあ!」

 大丈夫じゃない。一体どこでボヤを出したんだ、他所様の所なら今すぐ謝りに行かねば。

「ロイ兄、また新聞載った」

「はあ!?」

 ミアがドヤ顔で差し出した新聞には、顎に手をやりウインクを決める危ない剣聖の写真と、地面に倒れ伏し、右手の指で地面に『踏破』とダイイングメッセージ(未遂)を遺している俺の後頭部の写真がデカデカと載っていた。
 見出しは、『村外れに眠る高難易度ダンジョン、踏破! 今代剣聖もライバルと認める、黒髪の冒険者とは!?』の見出しが。

「ぐう.......」

 ぐしゃりと新聞ごと頭を抱えて、強く歯を食いしばった。生きるって大変かよ。

「ロイ!? ロイ、ロイ大丈夫!? ど、どうしよう、どうしよう! 今すぐお医者様に!」

「スイ、私、ヒーラー」

「ミア、ミアロイを助けて!」

「ん」

「いだだだだだ!」

 ばしゃん、と消毒液をぶっかけられのたうち回る。

「はっ! そうだミア! なんだあの治療魔法! あんなの王都の専門家だってできるか分からないぞ!」

「ん。私、ヒーラー」

「誤魔化すなよ!」

「.......ロイ兄、私、言いたくない」

 きゅ、と俺の服を握ったミア。その小さな銀色の頭を、ぐりぐりと撫でた。

「そうか。ならいい、治療ありがとな」

「ん!」

 ぴょんと膝に乗ってきたミア。だから痛い、怪我に響いてるぞ凄腕ヒーラー。

「で、こんな馬車をよこしたジェラルドはなんだって? 目的地はどこだ?」

「知らない」

「は?」

「ご、ごめんロイ! 聞くの忘れて、あぁ、どうしようごめんなさいロイ! また私やっちゃった!」

「気にするな気にするな、スイは落ち着けば大丈夫なんだから、落ち着け。深呼吸しろ」

「すぅーーーーーーーーはぁーーーーーーー」

「肺活量とんでもないなおい」

「.......あ、うんすごい落ち着いた。ちょっとクラクラするけど」

「別人か!? つうか酸欠になるほど深呼吸すんな! 大丈夫かよ!」

「あは、は.......」

 ばたん、と酸欠で倒れたスイを先程俺が寝ていた場所に寝かせる。
 そうだよ、俺のパーティメンバー全員危険人物なんだった。そして俺はその危険人物達の報酬を補填しなければならないんだった。ああ、心が軋む。

「.......はあ、あんなダンジョン潜っといて稼ぎゼロか。運がよけりゃ今回のダンジョンで、ギリギリ4人分の給料の補填ができる計算だったんだけどな.......やっぱりもう一個潜るか、未踏破ダンジョン」

「ロイ兄、私お金要らない」

「そうだな、どーしても返せなかったら頼らせてくれな」

「.......ん」

 また金の問題でどんよりと気分が沈んだところで、馬車の外を見た。
 そして、ぎょっとする。

「.......あんの、腹黒貴族!」

「お兄ちゃん?」

 馬車の窓から見えるのは、一面の何も無い原っぱ。何の変哲もない、どこにでもあるようなド田舎の光景だ。きっと、王都に住むご貴族様たちは癒しを感じるのであろう、穏やかな風景。
 だが、俺は、この景色だけは、心底嫌いだった。

「ミア、馬車降りるぞ! 俺はさっさとダンジョンに行かなきゃならないんだ!」

「でも、この間のファーストドロップの剣、ジェラルドにあげたらいっぱいお金もらえる」

「.......」

 そう、そうなのだ。あの腹黒未踏破ダンジョンオタクは、ファーストドロップに限り普通に売った時の値段の倍以上の値で買い取ってくれる、冒険者に優しい腹黒貴族なのだ。
 金に困っている今、手元に商品がありながらわざわざ街で半値で売り捌くことなど。

「俺には、できない.......! くそ、くそっ! 俺は一体いつから、金なんかに縛られて生きなくちゃならなくなったんだ!」

「彼女にフラれて、勝手に1人でダンジョン踏破してからさ」

 いきなり止まった馬車のドアが開き、輝くような金髪の、身綺麗な男が乗り込んできた。
 胡散臭い笑顔の、ジェラルドだ。

「やあ、ロイ。随分無茶をしてるな、そのおかげで最近じゃ新聞を必ず3部買うようになったよ」

「ジェラルド、この野郎! 手紙の返事は寄越さねえくせに、いきなりこんなとこに呼びつけるとはいい度胸じゃねえか!」

「そんなに怒鳴るなよ、傷にさわるぞ」

 差し出されたドライフルーツを口に詰め込み、ドスッと座席に座り直した。干し肉の方が好きだった、その辺で買ってこいよ。店なんてひとつも無いけどな。

「ジェラルド、ロイ兄はなんで怒ってる?」

「ミアも、ダンジョン踏破おめでとう。ロイを助けてくれて助かるよ」

「おべっかはいいから、答えて」

 言うなよ、とジェラルドを睨めば、にっこりと胡散臭い笑みが返ってきた。いや、でもコイツは変なところで律儀だし、さすがに常識的に考えて話すことは無いだろう。

「ここは、ロイの故郷なんだ。いい加減お父上と和解してもらおうと思って、連れてきた」

 コイツに常識を求めた俺が馬鹿だった。
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