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第3話 ダンジョンへ

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 西のダンジョンへ向かう道中。

「ミア、今からでも遅くない。街に戻れ」

「もう買った」

「ダンジョンに行くって知らなかったんだろ」

「別にいい。私、ヒーラー。お兄ちゃん、怪我人」

「金払ってまでダンジョン踏破やるか? 普通貰ってもやるか迷うことだろ」

「やる」

 いつも消毒液しかくれないミアだが、なにやらヒーラー魂に火がついたのか、ふん、と両の拳を握りしめ、普段は眠そうな目を輝かせていた。

 一年前に会った時はお兄ちゃんが抱っこしてくれなきゃ動かないなどとのたまう危険人物だったが、今は大分しっかりしてきたようだ。1年間、口を酸っぱくして自分で歩け、人の話はきちんと聞け、俺はミアの兄ではない、と言ってきた甲斐があった。

「ロイ兄、ダンジョン好きなの?」

「別に。ジェラルドの金払いがいいからやってるだけで、俺は元々ダンジョン以外の仕事を専門にしてた冒険者だった。まあ、この1年で知識だけ頭に詰めた感じだ」

「ふうん。でも、昨日高レベルダンジョン踏破した」

「.......運が良かったんだ」

 高レベルダンジョンは、踏破してみれば全6階層という極端に小さなダンジョンだった。
 今まで1万人以上の死者を出している理由は、1階層のモンスターの強さを考えて、後に備え大人数で慎重に進んでいると、より強力なモンスターに囲まれて殺されるからだ。
 俺のように考えなしに突っ切って行くのが、ある程度モンスターを捌くことができれば最善の作戦だったのだ。まあそんな事をするのは自殺願望者だけなので、今まで未踏破なのも頷ける。あの時の俺は自殺願望者だったのだ。借金を抱え戻ってきてしまったぜ。

「ロイ兄は、ただの剣士じゃないの?」

 ミアが俺の腰の愛刀を指さしながら言った。
 あいにく俺はただの剣士だ。魔法も使えないし、シーフのようにトラップ解除も出来ない。タンクのように耐久性も高くなく、そして当然のように治療魔法も使えない。

 ミア達とはこの1年間、コミュニケーションをとることとお互い協力することと人の話を聞くことだけを練習してきたので、俺は実際に刀を使って見せたことは無かった。
 俺以外のパーティメンバーはみんな軽い感じで武器を抜いたり魔法を使ったりするので、嫌でも実力は知っていた。みんなめちゃくちゃ強かった。俺いらないな、と300回は思った。

「ロイ兄が強かったら、抱っこして欲しい」

「腰にくるからダメだ」

「.......じじくさ」

「もう25なんだよ! 大体ミアだって27だろ!?」

「.......10歳ずつ折り返してる。今7歳」

「不思議生物か! 途中ゼロ歳じゃねえか!」

 そんなこんなで、途中何度か消毒液をぶっかけられながら歩くこと丸2日。
 目の前に見えた街の入り口には、『未踏破』の垂れ幕が。よし、やはりここの街には未踏破ダンジョンがある。

 この時、俺の精神状態は異常だった。
 目の前に問題を解決するための唯一の方法が転がっていると、信じて疑わなかった。

「やっふー! 金の山だぁ!」

「お兄ちゃん、それ安いちんぴら」

「行くぞミア! ダンジョン踏破だ!」

「.......大丈夫?」

「金だ金ぇ!!」


 自分が割と満身創痍だとか、ダンジョン踏破の大変さだとかは、全部頭からすっぽ抜けていた。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「ぜぇ.......ぜぇー、はぁー.......」

 未踏破ダンジョン、第2階層終盤。スピード重視でモンスターを躱しつつ愛刀を抜くことなく駆け抜けてきたのは良いものの、早くも体力が限界に達していた。傷は開き、視界がチカチカと点滅する。そうだよ、俺弱ってんだよ。精神的にも肉体的にも。

「.......戻ろ?」

「.......そうだな、急ぎすぎた。ここは少なくとも7階層まであるらしいし、数日でなるべくコンディション整えて、あとは装備で補うか」

「ん」

 とりあえず金になりそうなものは拾えるだけ拾って帰ろうと、辺りを見回した瞬間。

「きゃああああっ!」

「う、うわああああ!!」

 ダンジョン名物、冒険者の断末魔が聞こえた。
 ミアが、ちょん、と俺の服を引っ張る。

「お兄ちゃん、近い」

「ああ」

 愛刀に手をやり、そっと唇を舐めた。いけるか、俺。

「冒険者の装備拾いに行こ」

「ぶっふー!!」

 思わずずっこけた。そっちかよ。

「ロイ兄装備少なすぎ。死人に口なしだから、貰ってこ」

「.......まだ口はあるはずだ!」

 ミアをひょい、と脇に抱えて、刀に手をやりつつダンジョンを走った。
 迷わず3階層への竪穴に飛び込み、刀にやった手に力を込める。

「いやああああ!!たす、助けてえええ!!」

 先程の悲鳴の主たち、3人の冒険者パーティを目の端に捉えた。
 腰を抜かしたパーティが向かい合うのは、巨大なヘビに似たモンスター。ヘビと異なるのは、人を丸呑みしそうな大きさと、目が3つあるところ。普通のダンジョン攻略ならなかなか遭遇することは無い、強いモンスターだ。
 そして、確か。

「―――ふっ」

 真ん中の目玉が、高く売れる。

 鞘に収まった愛刀から手を離しながら、首を落とされてなおビクビクと動くモンスターの頭を漁る。脇に抱えたミアは、むふふ、と笑っていた。やっぱり危険人物だ。

「ミア、袋寄越せ」

「ん!」

 ぐっちょりとした妙な弾力を感じながらほじくり出した、子供の頭ほどはあるモンスターの目玉を袋に入れた。

「.......あ、あ、あの!」

 断末魔(未遂)を上げていた女冒険者が話しかけてきた。大丈夫、俺はダンジョン内マナーは守るほうだ。

「怪我人はなさそうだし、申し訳ないけど俺達も大した装備じゃねえから分けられるもんはない。コレの残りの素材は譲る。じゃあ俺らはもう上がるからな」

「え、あ、あの」

「災難だったな、お互いダンジョンには気をつけようぜ」

 軽く手を振ってから、ミアを脇に抱えて全力疾走でダンジョンを出た。
 ダンジョンの外で、ミアをおろして上がった息を整える。俺たぶん死ぬわ。助けろよヒーラー。

「んふふ、お兄ちゃん、思ってたよりお兄ちゃんだね」

「ぜぇ.......なに、いって、るんだ.......はぁ.......」

 近くの買取場へ行って目玉を売れば、たったの宿代2日ぽっちにしかならなかった。
 ちくしょう。
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