ミコトサマ

都貴

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終幕

終わり

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 冷たい土の感触。緑や風の自然の香り。
長い睫毛が震え、瞼がゆっくりと持ち上げられた。

「ん、ここは?」

 ゆっくりと起き上ると、綾奈は周囲を見回した。

目の前には広がる森、後ろには聳える屋敷が見えた。
すぐ近くに、同じように玲達も倒れている。自分に続いて、玲も目を覚まして起き上がった。

「ここは、外か?綾奈、無事か?」
「うん。大丈夫だよ、お兄ちゃん」

 玲は起き上がると倒れている辰真を抱き起こした。
頬を軽く叩いてやると、辰真もゆっくりと目を開ける。

「大丈夫か?吉良君」
「玲さん。ここ、外か?」
「ああ」

 どうなったのか状況を掴めないらしく、辰真は辺りを見回した。
綾奈に起こされた美也も、狐につままれたような顔をしてキョロキョロとしている。

玲は爽やかに微笑むと、混乱した様子の辰真達に告げた。

「結界が結ばれた、この町は助かったんだ」

 玲の言葉に、美也も綾奈も満面の笑みを浮かべた。

「やったね、綾奈!」
「美也っ!」

 美也の首に飛びつき、ぎゅっと綾奈は彼女の身体を抱き締めた。
腕に伝わる温もり、そして鼓動。生きている。

掘り炬燵の底に落ちたけど、怪我もたいしてしていないようで、親友は元気そのものだった。
綾奈は親友の無事を心の底から喜んだ。

「やだ、綾奈ったら大袈裟だよ」
「だって、私、美也のことすごく心配したんだよ」
「ごめん、ごめん。ありがとう、綾奈」

 初めて直面した死の恐怖から醒め、綾奈と美也は互いの生がまだあることを喜びあった。

美也の肩越しに、すぐ背後にある屋敷を綾奈は見詰めた。
薄いボンヤリとした光がその全貌を包み込んでいる。
暖かな光、あれがきっと結界なのだろう。

 やがて光は徐々に薄れ、消えてしまった。
残った屋敷は相変わらず陰惨な雰囲気を漂わせていたが、邪悪な気流はもう感じなかった。

「終わったな。さあ、家に帰ろうか。家の人が無事だといいんだが」

「そっか、町の奴らが暴れてたんだから、怪我人が出ているかもしれないよな。綾奈のところのお袋さんが無事だといいんだけど。大槻や山岸も心配だな」

「うん。みんなたぶん、無事だとは思うけど。でも、もしもってこともあるかもしれないよね」

 綾奈は俯いて呟いた。みんなが無事という保障などない。

怪我だけで済めばいいが、凶器を手に暴れていた者もいたのだから、死者が出ている可能性も否めなかった。

そう思うと封印できたからと言って喜んでばかりはいられなかった。

だが、町にどんな結果が残っていようがもうどうしようもないことだ。
昔犯した町民達の罪が罰として与えられたと受け入れるしかなかった。

今はただ、家に帰って近親者の無事を確かめて休養をとる事だけを考えたかった。

「行こっ、綾奈」
「うん」

 美也に手を引かれて、綾奈は屋敷に背を向けた。

夜明けが近付いている。
深い藍の空を薄い黄金色の光が下から照らしだした。
瑠璃色と橙色のコントラストが美しく闇夜の空を彩る。


暁光が射し染めるなか、邪悪な悪夢から醒めた町に向かって四人は歩き始めた。


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