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第五章
再来①
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森の中を抜け見知ったいつもの道に出た。
玲と並んで帰路を歩く途中で、綾奈はふと嫌なことに気付いた。
休日の昼間だというのに、人の気配が異常なほど希薄だ。
もともと人が溢れるほどいる町ではないが、今日は極端に人が少ない。
道をすれ違う人はごく僅かで、点在する店は所々シャッターが閉まっている。
『とり憑かれた者は、昼間は部屋に閉じ篭り、光を避けているんだ』
さっきの琴乃の言葉が脳裏に蘇る。
もしかすると、すでにたくさんの人がミコトサマに憑依されているのかもしれない。
嫌な汗が背中を流れ落ちた。
綾奈は不安げに玲を見遣る。
玲も同じことを感じていたのか、難しい顔をしている。
まだ昼下がりでよかった。
もしもこれが夜だったら、身の安全の保障はなかったかもしれない。
店だけじゃない。普通の家も何箇所か雨戸が閉まっていた。
二人の足音を聞きつけたのか、斜め前の家の雨戸の隙間が僅かに開いた。
暗闇から、外を眺める双眸がぎらりと光る。
ぎょろぎょろと周囲を見渡すように忙しなく動く瞳が綾奈達の姿を捕える。
青白い眼球から真っ赤な血液が流れていた。
明らかに普通の目じゃない。化け物の目だ。
恨めしそうにこちらを眺める視線に、綾奈も玲も背筋を震わせ、足早に立ち去った。
家に着くと早々に、玲はレポートを書くからと部屋に篭ってしまった。
綾奈は美也に電話で琴乃に聞いた話を手短に伝え、ミコトサマが封じられるまでは電気を点けたままにするようにと伝えた。
電話の向こうの美也は半信半疑の様子だったけど、綾奈の話を信じると言ってくれた。
電話を終えた綾奈はホッと胸を撫で下ろした。
解決の糸口は掴んだ。あとは水曜日になって霊能者が霊を封じてくれるのを待つだけだ。
それまで耐えれば、また元の生活が戻る。
ミコトサマ達は光を嫌うから昼間は平気だし、夜は電気さえ点けていれば安全だ。
ミコトサマ達は心に闇を抱えている者に憑りつく。
正の感情を強く持っていれば、憑りつかれることもない。
悪い部分を増幅させて、町民が殺し合うことを望む数多のミコトサマ達。
沙希はきっと、早い段階でミコトサマに憑りつかれてしまっていたのだ。
トリガーは多分、海への鬱屈だろう。
私も気を付けなくちゃ。
綾奈は強く拳を握った。
母に対する不満もきっと、憑りつかれる隙を作る弱みになる。
兄贔屓だとか、料理が下手だとか嫌な部分は沢山あるけど、
母に対する感謝の念をちゃんともって、不満を感じないようにしようと心に決める。
大丈夫。水曜日まで乗り切れる。
さて、今から何をしようか。
はっきりいって趣味に耽る心の余裕はない。
こういう時はやらなくてはいけないことに没頭してしまうのが一番なのだが、旅行中だった母は夕飯時までに帰ってくるから夕飯を作る必要がないし、宿題も出ていない。
こんな時に限ってやることがないのを、綾奈は恨めしく思う。
はっきりいって手持無沙汰だ。
どうしたものかと考えていると、ケイが部屋に入ってきた。
ちょうどいい。普段忙しくてほったらかしていることが多いから、こんな時こそ思いっきりケイと遊んであげよう。綾奈は猫じゃらしを手にとった。
空が美しい茜色に染まり、ひんやりとした空気が周囲を包んだ。
すっかり遊び疲れてベッドで眠ってしまったケイの隣りに寝転び、綾奈はぼんやりとカーテンを眺めた。
眠気に襲われてうとうととしていると、玄関の扉が揺れる耳障りな音が聞こえた。
母が帰ってきたのだろうか。
鍵を開けてあげなければと思ったが、なんとなく下に降りるのが怖くて、綾奈は部屋から出なかった。
隣の部屋の玲も音が聞こえているはずだが、下に降りて鍵を開けに行く気配はない。
きっと、レポートに熱中し過ぎて音に気付いていなのだろう。
玄関の扉がまたガチャガチャと音を立てた。
母は鍵を持って出ているはずだ。わざわざ開けに行かなくても自分で開けられるから大丈夫だろう。
音を無視していると、更に激しくドアが揺れた。
何だか様子が可笑しい。
怪しんでいると、急に静かになった。
自分の鍵を使って家に入ったのだろうと思ったが、それにしては扉が開く音がしなかった。
綾奈は不審げに眉根を寄せる。
窓から外を見てみようと、窓の方を向いた。
「あっ……」
窓の方を見た瞬間、綾奈は固まってしまった。
カーテンに、窓に張り付く格好の影が映っていたからだ。
「開けて、綾奈!開けてちょうだい」
母の声だった。
窓を叩く音がして、ありえないと思いながらも綾奈は恐る恐るカーテンを開けた。
分厚いカーテンの下の薄いレース編みのカーテンの隙間から、屋根に立つ母親の姿が見えた。
「綾奈、早く開けてちょうだい!」
窓越しに早く開けてくれとせがむ母に、綾奈はぞっとした。
おかしい。
仮に母が玄関の鍵を忘れてでかけていたとしても、玄関が開かないからと屋根に登って、二階から中に入ろうとするだろか。
常識から考えて、そんなことはあり得ない。
開けてはいけない。頭の中で警鐘が鳴り響いている。
「早く開けて、滑って落ちてしまうわ!綾奈、早く開けてちょうだいっ!」
「お母さん、待って、今開けるから」
切羽詰まった声に、綾奈は思わず窓を開けてしまった。
「綾奈っ、中に入れてはいけないっ!」
異変に気付いた玲が綾奈の部屋に飛び込んできた。
玲が窓を開けるのを阻止しようとしたけれど、もう手遅れだった。
玲と並んで帰路を歩く途中で、綾奈はふと嫌なことに気付いた。
休日の昼間だというのに、人の気配が異常なほど希薄だ。
もともと人が溢れるほどいる町ではないが、今日は極端に人が少ない。
道をすれ違う人はごく僅かで、点在する店は所々シャッターが閉まっている。
『とり憑かれた者は、昼間は部屋に閉じ篭り、光を避けているんだ』
さっきの琴乃の言葉が脳裏に蘇る。
もしかすると、すでにたくさんの人がミコトサマに憑依されているのかもしれない。
嫌な汗が背中を流れ落ちた。
綾奈は不安げに玲を見遣る。
玲も同じことを感じていたのか、難しい顔をしている。
まだ昼下がりでよかった。
もしもこれが夜だったら、身の安全の保障はなかったかもしれない。
店だけじゃない。普通の家も何箇所か雨戸が閉まっていた。
二人の足音を聞きつけたのか、斜め前の家の雨戸の隙間が僅かに開いた。
暗闇から、外を眺める双眸がぎらりと光る。
ぎょろぎょろと周囲を見渡すように忙しなく動く瞳が綾奈達の姿を捕える。
青白い眼球から真っ赤な血液が流れていた。
明らかに普通の目じゃない。化け物の目だ。
恨めしそうにこちらを眺める視線に、綾奈も玲も背筋を震わせ、足早に立ち去った。
家に着くと早々に、玲はレポートを書くからと部屋に篭ってしまった。
綾奈は美也に電話で琴乃に聞いた話を手短に伝え、ミコトサマが封じられるまでは電気を点けたままにするようにと伝えた。
電話の向こうの美也は半信半疑の様子だったけど、綾奈の話を信じると言ってくれた。
電話を終えた綾奈はホッと胸を撫で下ろした。
解決の糸口は掴んだ。あとは水曜日になって霊能者が霊を封じてくれるのを待つだけだ。
それまで耐えれば、また元の生活が戻る。
ミコトサマ達は光を嫌うから昼間は平気だし、夜は電気さえ点けていれば安全だ。
ミコトサマ達は心に闇を抱えている者に憑りつく。
正の感情を強く持っていれば、憑りつかれることもない。
悪い部分を増幅させて、町民が殺し合うことを望む数多のミコトサマ達。
沙希はきっと、早い段階でミコトサマに憑りつかれてしまっていたのだ。
トリガーは多分、海への鬱屈だろう。
私も気を付けなくちゃ。
綾奈は強く拳を握った。
母に対する不満もきっと、憑りつかれる隙を作る弱みになる。
兄贔屓だとか、料理が下手だとか嫌な部分は沢山あるけど、
母に対する感謝の念をちゃんともって、不満を感じないようにしようと心に決める。
大丈夫。水曜日まで乗り切れる。
さて、今から何をしようか。
はっきりいって趣味に耽る心の余裕はない。
こういう時はやらなくてはいけないことに没頭してしまうのが一番なのだが、旅行中だった母は夕飯時までに帰ってくるから夕飯を作る必要がないし、宿題も出ていない。
こんな時に限ってやることがないのを、綾奈は恨めしく思う。
はっきりいって手持無沙汰だ。
どうしたものかと考えていると、ケイが部屋に入ってきた。
ちょうどいい。普段忙しくてほったらかしていることが多いから、こんな時こそ思いっきりケイと遊んであげよう。綾奈は猫じゃらしを手にとった。
空が美しい茜色に染まり、ひんやりとした空気が周囲を包んだ。
すっかり遊び疲れてベッドで眠ってしまったケイの隣りに寝転び、綾奈はぼんやりとカーテンを眺めた。
眠気に襲われてうとうととしていると、玄関の扉が揺れる耳障りな音が聞こえた。
母が帰ってきたのだろうか。
鍵を開けてあげなければと思ったが、なんとなく下に降りるのが怖くて、綾奈は部屋から出なかった。
隣の部屋の玲も音が聞こえているはずだが、下に降りて鍵を開けに行く気配はない。
きっと、レポートに熱中し過ぎて音に気付いていなのだろう。
玄関の扉がまたガチャガチャと音を立てた。
母は鍵を持って出ているはずだ。わざわざ開けに行かなくても自分で開けられるから大丈夫だろう。
音を無視していると、更に激しくドアが揺れた。
何だか様子が可笑しい。
怪しんでいると、急に静かになった。
自分の鍵を使って家に入ったのだろうと思ったが、それにしては扉が開く音がしなかった。
綾奈は不審げに眉根を寄せる。
窓から外を見てみようと、窓の方を向いた。
「あっ……」
窓の方を見た瞬間、綾奈は固まってしまった。
カーテンに、窓に張り付く格好の影が映っていたからだ。
「開けて、綾奈!開けてちょうだい」
母の声だった。
窓を叩く音がして、ありえないと思いながらも綾奈は恐る恐るカーテンを開けた。
分厚いカーテンの下の薄いレース編みのカーテンの隙間から、屋根に立つ母親の姿が見えた。
「綾奈、早く開けてちょうだい!」
窓越しに早く開けてくれとせがむ母に、綾奈はぞっとした。
おかしい。
仮に母が玄関の鍵を忘れてでかけていたとしても、玄関が開かないからと屋根に登って、二階から中に入ろうとするだろか。
常識から考えて、そんなことはあり得ない。
開けてはいけない。頭の中で警鐘が鳴り響いている。
「早く開けて、滑って落ちてしまうわ!綾奈、早く開けてちょうだいっ!」
「お母さん、待って、今開けるから」
切羽詰まった声に、綾奈は思わず窓を開けてしまった。
「綾奈っ、中に入れてはいけないっ!」
異変に気付いた玲が綾奈の部屋に飛び込んできた。
玲が窓を開けるのを阻止しようとしたけれど、もう手遅れだった。
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