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第三章
その六
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次に目が覚めたのは、高いベルの音が聞こえた時だった。今朝、礼子がみんなを食堂に呼び出すのに鳴らしたあのベルの音だ。
目を開けた美沙は、とっさに自分が五体満足であるかどうかを確かめた。そして、どこにも怪我がないし足も手も指に至るまで全部ちゃんとそろっていることに安堵する。
朱里の全裸死体を見つけたのも、自分の部屋のドアを金色の瞳の誰かが揺らしたこともぜんぶ夢だったのだろうか。相変わらず頭のなかは霞がかっていて、夢と現実の区別がつかない。
お腹が空いている。だけど、食事の時間を告げるベルの音につられて出て行っても大丈夫だろうか。廊下に出た途端、金色の目の化け物に襲われたりしないだろうか。
不安に駆られて布団の上で蹲っていると、控えめなノックが聞こえた。
「美沙ちゃん、寝てるのか?夕メシの時間だって礼子さんが言ってるけど、食べられそうか?」
ドアの向こうから時夜の声が聞こえてきた。のんびりした声にホッとして、美沙は布団を這い出す。
「起きてるよ、時夜くん。お腹すいちゃった。今出て行くから、ちょっと待ってて欲しいな」
「おう、いいぜー。ゆっくり準備してくれよ」
時夜が明るい声でそう言ってくれたので、美沙は髪をツインテールに結い直して、寝ているうちに崩れてしまったメイクを直してから廊下に出た。
「ごめん、お待たせしちゃった」
部屋の前に居た時夜と晋、圭吾に謝る。
「いいよ、ぜんぜん待ってねーし。さあ、メシだメシ。腹減っちまったなー」
「俺もだよ、椿木。夕飯、なんだろうな。礼子さんの作る料理はおいしいから、楽しみだな。無人島生活みたいにカレー作るのも楽しそうだったけど、美味い飯を食えた方はやっぱりテンションあがるよな」
「うん、そうだね」
能天気な時夜と圭吾のおかげで、さっきまでの恐怖がふっと消えた。晋は相変わらず小難しそうな顔をしているが、いつものことだ。
ミステリアスなクールガイなのは晋の大きな魅力だ。
ダイニングにやってくると、豪華な手巻き寿司が準備されていた。マグロやサーモンやブリやタイやホタテ刺身がたっぷりと大皿に盛りつけられ、大量の酢飯が寿司桶に作られている。
イクラもあったし、魚介だけじゃなくて牛肉の薄切りを炒めたものや玉子まで具材として用意されていた。
手巻き寿司だけじゃない、木の実が入った南瓜のサラダやズッキーニのチーズ焼き、生ハムやキノコのカナッペなんかも用意されている。まるでちょっとしたパーティだ。
「たくさん人がいるから、みんなで手巻きパーティーをしようと思って、はりきってしまったの。みなさん、たくさんお食べになってね」
満面の笑みで礼子がみんなに料理をすすめる。他人で不法侵入者の自分たちをこんなにもてなしてくれるなんて、礼子はまるで聖母マリアだ。
こんな人が自分の母親だったら、アタシは家から逃げるように遠く離れた大学に進学したりしなかったのに。
美味しい手巻き寿司やオードブルを頬張りながら、美沙はそう思った。
普段から笑顔が多い時夜や圭吾はもちろん、料理に口うるさそうな和樹もこの島に来てからずっと怯えっぱなしの八重子まで笑みを浮かべて料理を食べている。
礼子の料理にはみんなを幸せにする魔力があるに違いない。
そんななか、やっぱり晋だけは浮かない顔のままだ。出された料理をちゃんと食べているが、あまり食が進まない様子だ。他の男子たちに比べて食べるペースが遅い。
晋の気難しそうな顔はかっこいいけど、食事時に見ていると料理がまずくなってしまいそうだ。目の保養にはなるけど、美沙は晋から顔を逸らした。
いつもは大好きな顔でずっと見ていたいとさえ思うけど、今は見ていたくない。彼の顔を見ていると、自分たちが危険の中にいるふうに思えてしまう。
化け物はいない。昼間、森で見たのはただの幻覚だ。
朱里の姿は相変わらず見えないけど、朱里はなにかサプライズの準備で姿を消しているだけ。明日になったらきっと無事に姿を現すはず。
ふと、夢で見た朱里を思い出す。
真っ青になった肌、裸で逆さに吊るされた無残な姿。そして彼女が冷たい無感動な声で告げた言葉。
「みんな食べられる、牛の化け物に食べられるのよ。美沙、あなたもよ」
嘘だ、食べられるなんて、嘘。あんなの恐怖が見せた夢に過ぎない。人間を捕食する動物なんていない。人間は誰にも食べられたりしない。
食欲が失せそうになったが、美沙はそれを振り払ってモリモリ食べた。そうでもしていないと、恐怖が忍び寄ってきて心を押し潰してしまいそうだった。
結局、夕食時にも朱里は現れなかった。
おなかいっぱい手巻き寿司を食べると、美沙はすぐに部屋に引っ込んだ。和樹があいかわらずしつこく誘ってきたが、無視を決め込んだ。
広い屋敷は全体的に薄暗くて怖い。どの部屋も窓が小さいし、極端に窓が少ないから朝でさえも少し暗い。
夜にもなると、一昔前の時代にタイムスリップしたような静けさと暗さだ。
布団に入ると、何も考えずに美沙はすぐに眠りについた。
目を開けた美沙は、とっさに自分が五体満足であるかどうかを確かめた。そして、どこにも怪我がないし足も手も指に至るまで全部ちゃんとそろっていることに安堵する。
朱里の全裸死体を見つけたのも、自分の部屋のドアを金色の瞳の誰かが揺らしたこともぜんぶ夢だったのだろうか。相変わらず頭のなかは霞がかっていて、夢と現実の区別がつかない。
お腹が空いている。だけど、食事の時間を告げるベルの音につられて出て行っても大丈夫だろうか。廊下に出た途端、金色の目の化け物に襲われたりしないだろうか。
不安に駆られて布団の上で蹲っていると、控えめなノックが聞こえた。
「美沙ちゃん、寝てるのか?夕メシの時間だって礼子さんが言ってるけど、食べられそうか?」
ドアの向こうから時夜の声が聞こえてきた。のんびりした声にホッとして、美沙は布団を這い出す。
「起きてるよ、時夜くん。お腹すいちゃった。今出て行くから、ちょっと待ってて欲しいな」
「おう、いいぜー。ゆっくり準備してくれよ」
時夜が明るい声でそう言ってくれたので、美沙は髪をツインテールに結い直して、寝ているうちに崩れてしまったメイクを直してから廊下に出た。
「ごめん、お待たせしちゃった」
部屋の前に居た時夜と晋、圭吾に謝る。
「いいよ、ぜんぜん待ってねーし。さあ、メシだメシ。腹減っちまったなー」
「俺もだよ、椿木。夕飯、なんだろうな。礼子さんの作る料理はおいしいから、楽しみだな。無人島生活みたいにカレー作るのも楽しそうだったけど、美味い飯を食えた方はやっぱりテンションあがるよな」
「うん、そうだね」
能天気な時夜と圭吾のおかげで、さっきまでの恐怖がふっと消えた。晋は相変わらず小難しそうな顔をしているが、いつものことだ。
ミステリアスなクールガイなのは晋の大きな魅力だ。
ダイニングにやってくると、豪華な手巻き寿司が準備されていた。マグロやサーモンやブリやタイやホタテ刺身がたっぷりと大皿に盛りつけられ、大量の酢飯が寿司桶に作られている。
イクラもあったし、魚介だけじゃなくて牛肉の薄切りを炒めたものや玉子まで具材として用意されていた。
手巻き寿司だけじゃない、木の実が入った南瓜のサラダやズッキーニのチーズ焼き、生ハムやキノコのカナッペなんかも用意されている。まるでちょっとしたパーティだ。
「たくさん人がいるから、みんなで手巻きパーティーをしようと思って、はりきってしまったの。みなさん、たくさんお食べになってね」
満面の笑みで礼子がみんなに料理をすすめる。他人で不法侵入者の自分たちをこんなにもてなしてくれるなんて、礼子はまるで聖母マリアだ。
こんな人が自分の母親だったら、アタシは家から逃げるように遠く離れた大学に進学したりしなかったのに。
美味しい手巻き寿司やオードブルを頬張りながら、美沙はそう思った。
普段から笑顔が多い時夜や圭吾はもちろん、料理に口うるさそうな和樹もこの島に来てからずっと怯えっぱなしの八重子まで笑みを浮かべて料理を食べている。
礼子の料理にはみんなを幸せにする魔力があるに違いない。
そんななか、やっぱり晋だけは浮かない顔のままだ。出された料理をちゃんと食べているが、あまり食が進まない様子だ。他の男子たちに比べて食べるペースが遅い。
晋の気難しそうな顔はかっこいいけど、食事時に見ていると料理がまずくなってしまいそうだ。目の保養にはなるけど、美沙は晋から顔を逸らした。
いつもは大好きな顔でずっと見ていたいとさえ思うけど、今は見ていたくない。彼の顔を見ていると、自分たちが危険の中にいるふうに思えてしまう。
化け物はいない。昼間、森で見たのはただの幻覚だ。
朱里の姿は相変わらず見えないけど、朱里はなにかサプライズの準備で姿を消しているだけ。明日になったらきっと無事に姿を現すはず。
ふと、夢で見た朱里を思い出す。
真っ青になった肌、裸で逆さに吊るされた無残な姿。そして彼女が冷たい無感動な声で告げた言葉。
「みんな食べられる、牛の化け物に食べられるのよ。美沙、あなたもよ」
嘘だ、食べられるなんて、嘘。あんなの恐怖が見せた夢に過ぎない。人間を捕食する動物なんていない。人間は誰にも食べられたりしない。
食欲が失せそうになったが、美沙はそれを振り払ってモリモリ食べた。そうでもしていないと、恐怖が忍び寄ってきて心を押し潰してしまいそうだった。
結局、夕食時にも朱里は現れなかった。
おなかいっぱい手巻き寿司を食べると、美沙はすぐに部屋に引っ込んだ。和樹があいかわらずしつこく誘ってきたが、無視を決め込んだ。
広い屋敷は全体的に薄暗くて怖い。どの部屋も窓が小さいし、極端に窓が少ないから朝でさえも少し暗い。
夜にもなると、一昔前の時代にタイムスリップしたような静けさと暗さだ。
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