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第三章
その四
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化け物なんていないと思っていた。
噂通り奇怪な建築はあったけど、屋敷に住んでいたのは礼子さんという素敵なマダムだったし、晋くんや時夜くんというお目当ての男子と一緒に最高に楽しい時間を過ごせた。
それなのに、どうしてこんなことになるんだろう。
大気を震わせるような恐ろしい声が森に響いている。どこから聞こえているのかわからない。今、自分が森のどのあたりにいるのかも。
美沙は泣きながらぬかるみだした道を走っていた。楽しい思い出になるはずの旅行がこんな恐怖の思い出になるなんて、いやだ。
あの牛の面を被った化け物はなんだろう。金色の瞳なんて、怖すぎる。手には斧を持っていたし、間違いなく危険人物だ。
朱里がひとりで森になんて行っちゃうからいけないんだ。朱里がいなくなりさえしなければ、安全な屋敷の中でのんびりとした時間をすごしていられたのに。
「もうヤダッ。なんでこの森はこんなに暗いの?空まで曇って雨まで降るし」
たとえ化け物から逃げおおせたとしても、無事にこの森を一人で脱出できるのだろうか。礼子のいる屋敷に戻れるのだろうか。不安をあげだしたらきりがない。
朱里はじつはもう、あの牛の面の化け物に襲われてしんでいたりして。
嫌な予感が脳裏をよぎって、慌てて振り払う。
あの牛はきっと、和樹か八重子の変装だ。自分達を驚かせようとして、渾身の演技を披露しているだけだ。ぜったいにそうだ。だから、掴まったり追い付かれたりしてもぜんぜん平気だ。恐がって悲鳴をあげたら、そこでネタばらしが始まるに違いない。
そう思ったけど、聞こえてくる恐ろしい雄叫びから逃れたくて、足の速度を緩められなかった。
息が上がり、足が痛くなってきても走るのをやめられない。立ち止まればたちまちあの牛の面の男に追い付かれて、斧で切りつけられるかもしれない。
「アタシ、ここで殺されちゃうのかな」
呟いた言葉に美沙は自分でぞっとした。
もしここで殺されても旅行に行くことは誰にもいっていないから、このメンバーの誰かが無事に島から脱出しない限り、誰にも見つけてもらえない。
そうなったら、自分の死体はこの淋しい森の中で腐っていくだけ。そんなの、あまりにも淋しすぎる。
大学生なんて不安定な身分だ。高校生までの子供とは違って親の手は離れている。だけど社会には出ていない。親から見れば大人、社会から見れば高校生までの学生と同じ子供なのだ。
県外から下宿している自分は自宅組の生徒よりもさらにおぼろげな存在といってもいい。親元を離れ、頼れるのは同じ学校の生徒だけ。
バイトに明け暮れて、もしくはやる気を失って大学にこなくなる生徒は珍しくない。だけど、同級生も教授も学生課も気にも留めない。いなくなったことにさえ気づいていないことが多い。
三年生はほとんど必須科目がないからなおのことだ。じっさいに、バイトに明け暮れてずっと顔を見ていない生徒も何人かいる。
実家の父と母は妹の沙彩が産まれた時からずっと、自分のことなど見てくれない。むしろ邪魔もの扱いされていた。
アタシがこのままいなくなってしまっても、きっと気づきもしないだろう。
大学を卒業して、そのまま大学のあったこの土地に居ついて一人で達者に暮らしている。そう思い込んで、連絡さえもしないだろう。
そんなことを考えていたら、なんだか無性に悲しくなってきた。同時に、死んでたまるかという気概が沸いてきた。
疲れていた足を必死に動かす。だけど、ずっとは逃げ回りつづけられない。どこか隠れる場所を探した方がいいかもしれない。
坂道の途中、奇妙な横穴を見つけた。
奈落のようにぽっかりと口を開いた闇はかなり恐いけど、ここならばあの化け物に見つからないかもしれない。
美沙は周囲に誰もいないことを確認すると、スマホのライトを照らして、闇の中に入って行った。
長く続く横穴。どこに向かっているのかわからない。けっこう距離がありそうだ。これはきっと自然にできたただの横穴じゃない、もしかしてどこかに続く地下道なのだろうか。
電気は消えているが、壁にはところどころライトが取り付けてある。
「なんだか寒い。なんなの、ここ」
死んだような静けさ、刺すように冷たい空気。無人島の地下道。
不気味だ、どうしてこんなところに地下道があるのか。どこかからあの鬱蒼とした森に出るための地下道のようだけど、いったいなんだろう。
ここにある建物といえば、あの洋館しかない。ということは、ここは礼子の屋敷に繋がっているのか。
さらに歩いていくと、道の途中に退避場所のようなぽっかりとした大きな穴があいていた。怖々ながらも美沙は穴の中を慎重にライトで照らした。
穴の中に白くて丸いものや長細いものが沢山散らばっている。その一つをマジマジと見詰めた瞬間、背筋に戦慄が走った。
「きゃあぁぁっ!いやっ、うそ、うそだよっ!」
スマホの眩しいライトに浮かび上がった白いもの。それは、無数の骨だった。丸い骨は頭蓋骨だ。
空虚な二つの大きな穴がじっとこちらを恨めしげに見詰めている。
大きさや形から見て、たぶん人間の骨だ。ここに散らばっている骨はすべて人骨なのだ。
でも、何故人の骨が?もしかして、さっき森で遭遇した牛の面の化け物みたいな大男が食べてしまったのか。
いや、でもここは無人島だ。こんな数の人骨があるはずがない。しゃれこうべの数はざっと見ただけでも二十はある。
この島は地図にも載っていない秘島だと時夜が言っていた。オカルトマニアがそんなにいるというのか?
いや、船も出ないような島に来られる人はそういない。船舶免許も船も必要だ。自分たちは時夜の必死の努力でこの島に運んでくれる優しい船長を見つけたけど、そう幸運なオカルトマニアはそうはいないだろう。
よくわからないが、ともかく恐ろしい。この島は本当にとても危険な島なのかもしれない。
美沙は震えあがった。はやくこの場を去りたいというのに、足が竦んで動けない。
遠くから声が聞こえてくる。牛の面の男が発していると思われる、あの不気味な咆哮。言葉なのか、ただの音なのか曖昧な叫び。
声はだんだんと近付いている気がした。まさか、自分がここに逃げ込んだのに気づいて追いかけてきているのか。
「なんでっ。こんな怖い思いするために、旅行に来たんじゃないのに。ミステリー探求なんてただのたてまえなのに―…」
謎の無人島の探求なんて普通に観光地を訪れるよりずっと面白そうだと思っていた。
ちょっと怖い謎をみんなで追うことで吊り橋効果がでて、時夜か晋といい感じになれるかもしれないなんて甘い夢を見ていた。
だけど、現実ときたら残酷だ。時夜とはじゃっかんいい雰囲気になれたけれど、晋にはまったく脈がなさそうだし、大事な親友の朱里はいなくなるし、恐ろしい化け物はでるし。こんなの、現実じゃない。
美沙は力なく地面にへたり込んだ。腕から力が抜けて、スマホのが地面に滑り落ちた。ライトの光が消えて、辺りが真っ暗闇に包まれる。自分の存在が闇の中に溶けてしまうような感覚に、美沙は震えた。
自分が消えてしまう感覚を味わうのは久しぶりだ。大学ではずっと、誰もがうらやむ華やかな存在だった。
たくさんの生徒がアタシに視線を向けていた。アタシはそうなる努力をしてきたんだ。
大学に入るまでの自分を思い出す。三歳年下の沙彩が生まれてから、父親も母親もなにかにつけて沙彩、沙彩と妹にばかりかまけていた。
天使のような可愛らしい容姿、沙彩は確かにとてもかわいい少女だった。でも中身は最低だ。
わがままで、いつでも自分に注目が向いていなくては気が済まない子だった。少しでも両親がアタシの方を見ると、駄々をこねて暴れて手が付けられなかった。
小学校の運動会でも両親は沙彩の方ばかり応援して、アタシががんばっている姿はちっとも見てくれない。授業参観だって、アタシのほうのクラスには顔を出してくれなくて、ずっと沙彩のクラスに張り付いていた。
少しでも父親と母親に褒めてもらおうと、苦手な勉強を頑張っていい成績をとってみた。だけど、二人は頭が悪い沙彩にかかりっきり。
たとえテストでいい点を取っても「美沙はおねちゃんなだから勉強ができて当然でしょ」と、一度も褒めてくれない。がんばったねとすら言ってくれない。
二人のせいで、アタシはずっと自分に自信が持てずに暗い日々を送ってきた。小学校でも中学校でも隅っこで静かに過ごしていた。
八重子みたいな子と一緒に、せめていじめに遭わないようにと毎日息を潜めていた。みんなの顔色を窺ったりして、自分の意見なんて呑み込んで、ずっとクラスで空気の一部のようにふるまってきたのだ。
狭い田舎の町だったから、高校になっても小学校や中学校とあまり顔ぶれが変わらず、アタシは暗くて地味で目立たない子でい続けなくてはいけなかった。それが苦痛だった。
自分なんていてもいなくても同じだと、毎日悩んだ。
だから、頑張って勉強して大学は地元から離れた場所を選んだのだ。本当は勉強なんて苦手なのに、死ぬほど努力して偏差値の高い大学に進学した。
やっと、自分を見てくれない両親や悪魔のような妹の沙彩から離れたのだ。
今までのことをツラツラと思い出している自分に美沙はぞっとした。これはまるで走馬灯のようだ。ということは、やっぱりアタシはここで死んでしまうのだろうか。
嫌な妄想に全身が凍えるように冷たくなる。自分を呑み込んでしまう無明の暗闇が急に恐ろしくなって、地面に落ちたスマホを拾い上げようと手で辺りを探った。
その時、誰かの手が自分の手を掴んだ。ぞっとするほど冷たい手だ。
喉が引き攣って声が上がらない。誰、アタシの手に触っているのは誰なの?
固まる美沙を背後から強烈な光が照らした。地面にしゃがみこんだ自分の影が映っている。ツインテールをふっと風が揺らした。
そして、自分の背後には大きなカッパを着た影が映っていた。その頭には、すうっと二本の角が伸びている。
「あ゛あ゛ぞぉぉぉおうぅぅっっ」
意味不明の呻き声が耳元で響いた瞬間、美沙は恐怖のあまり意識を失った。
噂通り奇怪な建築はあったけど、屋敷に住んでいたのは礼子さんという素敵なマダムだったし、晋くんや時夜くんというお目当ての男子と一緒に最高に楽しい時間を過ごせた。
それなのに、どうしてこんなことになるんだろう。
大気を震わせるような恐ろしい声が森に響いている。どこから聞こえているのかわからない。今、自分が森のどのあたりにいるのかも。
美沙は泣きながらぬかるみだした道を走っていた。楽しい思い出になるはずの旅行がこんな恐怖の思い出になるなんて、いやだ。
あの牛の面を被った化け物はなんだろう。金色の瞳なんて、怖すぎる。手には斧を持っていたし、間違いなく危険人物だ。
朱里がひとりで森になんて行っちゃうからいけないんだ。朱里がいなくなりさえしなければ、安全な屋敷の中でのんびりとした時間をすごしていられたのに。
「もうヤダッ。なんでこの森はこんなに暗いの?空まで曇って雨まで降るし」
たとえ化け物から逃げおおせたとしても、無事にこの森を一人で脱出できるのだろうか。礼子のいる屋敷に戻れるのだろうか。不安をあげだしたらきりがない。
朱里はじつはもう、あの牛の面の化け物に襲われてしんでいたりして。
嫌な予感が脳裏をよぎって、慌てて振り払う。
あの牛はきっと、和樹か八重子の変装だ。自分達を驚かせようとして、渾身の演技を披露しているだけだ。ぜったいにそうだ。だから、掴まったり追い付かれたりしてもぜんぜん平気だ。恐がって悲鳴をあげたら、そこでネタばらしが始まるに違いない。
そう思ったけど、聞こえてくる恐ろしい雄叫びから逃れたくて、足の速度を緩められなかった。
息が上がり、足が痛くなってきても走るのをやめられない。立ち止まればたちまちあの牛の面の男に追い付かれて、斧で切りつけられるかもしれない。
「アタシ、ここで殺されちゃうのかな」
呟いた言葉に美沙は自分でぞっとした。
もしここで殺されても旅行に行くことは誰にもいっていないから、このメンバーの誰かが無事に島から脱出しない限り、誰にも見つけてもらえない。
そうなったら、自分の死体はこの淋しい森の中で腐っていくだけ。そんなの、あまりにも淋しすぎる。
大学生なんて不安定な身分だ。高校生までの子供とは違って親の手は離れている。だけど社会には出ていない。親から見れば大人、社会から見れば高校生までの学生と同じ子供なのだ。
県外から下宿している自分は自宅組の生徒よりもさらにおぼろげな存在といってもいい。親元を離れ、頼れるのは同じ学校の生徒だけ。
バイトに明け暮れて、もしくはやる気を失って大学にこなくなる生徒は珍しくない。だけど、同級生も教授も学生課も気にも留めない。いなくなったことにさえ気づいていないことが多い。
三年生はほとんど必須科目がないからなおのことだ。じっさいに、バイトに明け暮れてずっと顔を見ていない生徒も何人かいる。
実家の父と母は妹の沙彩が産まれた時からずっと、自分のことなど見てくれない。むしろ邪魔もの扱いされていた。
アタシがこのままいなくなってしまっても、きっと気づきもしないだろう。
大学を卒業して、そのまま大学のあったこの土地に居ついて一人で達者に暮らしている。そう思い込んで、連絡さえもしないだろう。
そんなことを考えていたら、なんだか無性に悲しくなってきた。同時に、死んでたまるかという気概が沸いてきた。
疲れていた足を必死に動かす。だけど、ずっとは逃げ回りつづけられない。どこか隠れる場所を探した方がいいかもしれない。
坂道の途中、奇妙な横穴を見つけた。
奈落のようにぽっかりと口を開いた闇はかなり恐いけど、ここならばあの化け物に見つからないかもしれない。
美沙は周囲に誰もいないことを確認すると、スマホのライトを照らして、闇の中に入って行った。
長く続く横穴。どこに向かっているのかわからない。けっこう距離がありそうだ。これはきっと自然にできたただの横穴じゃない、もしかしてどこかに続く地下道なのだろうか。
電気は消えているが、壁にはところどころライトが取り付けてある。
「なんだか寒い。なんなの、ここ」
死んだような静けさ、刺すように冷たい空気。無人島の地下道。
不気味だ、どうしてこんなところに地下道があるのか。どこかからあの鬱蒼とした森に出るための地下道のようだけど、いったいなんだろう。
ここにある建物といえば、あの洋館しかない。ということは、ここは礼子の屋敷に繋がっているのか。
さらに歩いていくと、道の途中に退避場所のようなぽっかりとした大きな穴があいていた。怖々ながらも美沙は穴の中を慎重にライトで照らした。
穴の中に白くて丸いものや長細いものが沢山散らばっている。その一つをマジマジと見詰めた瞬間、背筋に戦慄が走った。
「きゃあぁぁっ!いやっ、うそ、うそだよっ!」
スマホの眩しいライトに浮かび上がった白いもの。それは、無数の骨だった。丸い骨は頭蓋骨だ。
空虚な二つの大きな穴がじっとこちらを恨めしげに見詰めている。
大きさや形から見て、たぶん人間の骨だ。ここに散らばっている骨はすべて人骨なのだ。
でも、何故人の骨が?もしかして、さっき森で遭遇した牛の面の化け物みたいな大男が食べてしまったのか。
いや、でもここは無人島だ。こんな数の人骨があるはずがない。しゃれこうべの数はざっと見ただけでも二十はある。
この島は地図にも載っていない秘島だと時夜が言っていた。オカルトマニアがそんなにいるというのか?
いや、船も出ないような島に来られる人はそういない。船舶免許も船も必要だ。自分たちは時夜の必死の努力でこの島に運んでくれる優しい船長を見つけたけど、そう幸運なオカルトマニアはそうはいないだろう。
よくわからないが、ともかく恐ろしい。この島は本当にとても危険な島なのかもしれない。
美沙は震えあがった。はやくこの場を去りたいというのに、足が竦んで動けない。
遠くから声が聞こえてくる。牛の面の男が発していると思われる、あの不気味な咆哮。言葉なのか、ただの音なのか曖昧な叫び。
声はだんだんと近付いている気がした。まさか、自分がここに逃げ込んだのに気づいて追いかけてきているのか。
「なんでっ。こんな怖い思いするために、旅行に来たんじゃないのに。ミステリー探求なんてただのたてまえなのに―…」
謎の無人島の探求なんて普通に観光地を訪れるよりずっと面白そうだと思っていた。
ちょっと怖い謎をみんなで追うことで吊り橋効果がでて、時夜か晋といい感じになれるかもしれないなんて甘い夢を見ていた。
だけど、現実ときたら残酷だ。時夜とはじゃっかんいい雰囲気になれたけれど、晋にはまったく脈がなさそうだし、大事な親友の朱里はいなくなるし、恐ろしい化け物はでるし。こんなの、現実じゃない。
美沙は力なく地面にへたり込んだ。腕から力が抜けて、スマホのが地面に滑り落ちた。ライトの光が消えて、辺りが真っ暗闇に包まれる。自分の存在が闇の中に溶けてしまうような感覚に、美沙は震えた。
自分が消えてしまう感覚を味わうのは久しぶりだ。大学ではずっと、誰もがうらやむ華やかな存在だった。
たくさんの生徒がアタシに視線を向けていた。アタシはそうなる努力をしてきたんだ。
大学に入るまでの自分を思い出す。三歳年下の沙彩が生まれてから、父親も母親もなにかにつけて沙彩、沙彩と妹にばかりかまけていた。
天使のような可愛らしい容姿、沙彩は確かにとてもかわいい少女だった。でも中身は最低だ。
わがままで、いつでも自分に注目が向いていなくては気が済まない子だった。少しでも両親がアタシの方を見ると、駄々をこねて暴れて手が付けられなかった。
小学校の運動会でも両親は沙彩の方ばかり応援して、アタシががんばっている姿はちっとも見てくれない。授業参観だって、アタシのほうのクラスには顔を出してくれなくて、ずっと沙彩のクラスに張り付いていた。
少しでも父親と母親に褒めてもらおうと、苦手な勉強を頑張っていい成績をとってみた。だけど、二人は頭が悪い沙彩にかかりっきり。
たとえテストでいい点を取っても「美沙はおねちゃんなだから勉強ができて当然でしょ」と、一度も褒めてくれない。がんばったねとすら言ってくれない。
二人のせいで、アタシはずっと自分に自信が持てずに暗い日々を送ってきた。小学校でも中学校でも隅っこで静かに過ごしていた。
八重子みたいな子と一緒に、せめていじめに遭わないようにと毎日息を潜めていた。みんなの顔色を窺ったりして、自分の意見なんて呑み込んで、ずっとクラスで空気の一部のようにふるまってきたのだ。
狭い田舎の町だったから、高校になっても小学校や中学校とあまり顔ぶれが変わらず、アタシは暗くて地味で目立たない子でい続けなくてはいけなかった。それが苦痛だった。
自分なんていてもいなくても同じだと、毎日悩んだ。
だから、頑張って勉強して大学は地元から離れた場所を選んだのだ。本当は勉強なんて苦手なのに、死ぬほど努力して偏差値の高い大学に進学した。
やっと、自分を見てくれない両親や悪魔のような妹の沙彩から離れたのだ。
今までのことをツラツラと思い出している自分に美沙はぞっとした。これはまるで走馬灯のようだ。ということは、やっぱりアタシはここで死んでしまうのだろうか。
嫌な妄想に全身が凍えるように冷たくなる。自分を呑み込んでしまう無明の暗闇が急に恐ろしくなって、地面に落ちたスマホを拾い上げようと手で辺りを探った。
その時、誰かの手が自分の手を掴んだ。ぞっとするほど冷たい手だ。
喉が引き攣って声が上がらない。誰、アタシの手に触っているのは誰なの?
固まる美沙を背後から強烈な光が照らした。地面にしゃがみこんだ自分の影が映っている。ツインテールをふっと風が揺らした。
そして、自分の背後には大きなカッパを着た影が映っていた。その頭には、すうっと二本の角が伸びている。
「あ゛あ゛ぞぉぉぉおうぅぅっっ」
意味不明の呻き声が耳元で響いた瞬間、美沙は恐怖のあまり意識を失った。
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