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八章

夜の蝶は秘密を抱いて苗床となる④⑧

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ヒナさんが俺に突き添って病院に向かい、晃介様も美比呂様に付き添って現場を離れたあと、咲藤がどうなったのか、多くを語らない岐津さんの言葉から察することが出来た。



きっともう咲藤はこの世界のどこにもいないんだろう。



マダムもそれについては口を閉ざし、ずっと俺の手を握ってくれている。



マダムも晃介様も、自分が判断を誤ったから起きてしまったのだと自分を責め、何度も俺に謝り、美比呂様が無事でよかったと言ってくれるが、結局俺は美比呂様を無事に救出できずに1人こんな大怪我をして自力で動く事もできない体たらくぶりだ。



なんにも役に立てなかった・・・



意気込んで突っ走って、死にかけて・・・・・・カッコわりぃな・・・・・・



「ユウキ??大丈夫??疲れた??」



ふと考え込んだ俺に気づいたヒナさんの言葉に、マダムや晃介様も、今は怪我を治すことだけ考えろと労わってくれるが、晃介様の言葉にまだ返事もしていない俺がこんな状態では迷惑にしかならず、退院だっていつになることか・・・



「・・・・・・ユウキ、お前が元気になるものを見せてやろう」



「・・・?え・・・?」



個室なのになぜ仕切りのようにカーテンが引かれているのか気になってはいたんだ。



入り口から見えないようにかな、とも思っていたけれど、その予想は大外れで、シャッ・・・と乾いた軽い音を立ててカーテンが開け放たれると、



「・・・・・・え・・・・・・・・・美比呂、様・・・?」



そこには、誰も教えてくれなかった、自分では取り戻せなかった美比呂様が眠っていた。



「・・・え・・・え・・・??み、ひろさま・・・」



「・・・・・・大丈夫、今は眠っているだけだ。ただ、出血していたから絶対安静でしばらく入院することになった。見舞いに来るのも同じ部屋なら楽だし、個室なら周りに迷惑にもならんだろうという、朱鷺将の計らいでお前と美比呂でこの部屋を使わせてもらうことになった。」



「けどその・・・」



言葉にしていいものか迷い、晃介様を強く見つめると、俺の懸念を察してくれた晃介様が美比呂様の戸籍上の夫である晃臣氏はここにはこない、言い切った。



どういう手回しをしたのか、海外支社を作るに辺り、そちらにかかりきりになる晃臣氏は体調を崩した妻の美比呂様を、全幅の信頼を置く父親の晃介様に一任したらしい。



・・・一般的な夫婦関係も、普通の夫婦関係も知らない俺だけど、妊娠中の奥さんを自分の父親に預けるって・・・どうなんだろうか・・・



「まぁ、お前もそのうち顔を合わす機会はあるからな。あいつはその・・・悪いやつじゃないんだが・・・少々ネジが飛んでいるんだ。」



「・・・そう、ですか・・・」



苦笑しながらそう話す晃介様は、笑ったのち真顔になり、一呼吸置いてから、



「ユウキ、俺はお前の答えを待つと言った。だが、美比呂の為に命を張ったお前を俺は手元に置きたい。俺の元に来て欲しい、ユウキ。」



「・・・俺・・・ただ死にかけただけで、結局何もできなかったです・・・情けないくらいに・・・」



俺には身に余るほどの晃介様の言葉。



でも今の俺ではなんの役にも立たない・・・



自分の心が決まった矢先のこの事態に、俺の心には迷いが生まれていた。






「・・・・・・そんなことねぇぞ、坊主。」





椅子に座って足を組んでいた岐津さんが立ち上がり、窓から差し込む陽光を大きな身体が遮った。



「・・・いくら好いた女のためだって言ったって、命張れるやつぁそうそういねぇ。確かにお前は無鉄砲で後先考えずに突っ走って死にかけたが、生きて切り抜けりゃそれだけで勝ちだ。現にお前は生きてるじゃねぇか。そんなナリになっても、好きな女を守ったんだ、胸を張れ。」



「・・・岐津、さん・・・」



「・・・・・・こうちゃんのとこに行くってんなら、一度うちの養子になれ。岐津の姓を背負って新たに生きてみろ。」





・・・そっか・・・この人は、きっと俺の過去も知ってるんだ・・・


その上で、俺を義理の息子として姓を与え、晃介様の元に行く事を後押ししてくれている。





「チャンスは何度もあるもんじゃねぇ。あとはお前次第だ。」



見上げた岐津さんの表情は逆光に遮られて、二カッと笑ったことしかわからなかったけど、ヒナさんにも言われた言葉、岐津さんに言われた言葉、晃介様に再び望んでもらったこと、本当にそれはこんな俺には身に余る光栄な話で・・・






「岐津さん、マダム、晃介様・・・俺・・・まだまだこんな、なんにもできない上に、今ほんとなんの役にも立てないですけど俺・・・晃介様と美比呂様にお仕えしたいです。」






それは、俺の中から零れた、押し殺せない本心だった。
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