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八章

夜の蝶は秘密を抱いて苗床となる④⑦

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利き腕である右腕は複雑骨折。


頬骨骨折に肋骨は2本骨折、左足は解放骨折、頭部外傷。





意識を取り戻した俺が最初に見たのは、よくある病院の白い天井・・・ではなく、どこかの高級ホテルの一室のような病院の一番いい個室だった。




死ななかったのが奇跡だったと説明を受け、「バカ、ほんと馬鹿」と涙でグシャグシャの顔のヒナさんがそのまま布団に突っ伏した。




「ユウキ・・・」




「・・・こう、すけ・・・さま・・・」



酸素マスクをしたままでは喋り辛いが仕方ない。



右腕も左足も固定され、左腕には点滴が繋がれて動けないままの俺の周りには、ヒナさん、晃介様、マダム、支配人、それと・・・



・・・・・・?



誰だろう、この・・・ダンディなのに裏の雰囲気しかしない人・・・




「気づいたか小僧。運がよかったなお前。」



わはは、と豪快に笑うその人は、自分を『岐津きづ朱鷺将ときまさ』と名乗った。



「ユウキ・・・本当によかった・・・」



マダムの涙を俺は初めて見た。



そのマダムの肩を抱く岐津さんに、マダムとの距離の近さを感じ、



「・・・岐津、さん・・・と、マダムは・・・」



「あぁ、あそこの連中は知らないんだったな。こいつは俺の女房だ。」



「・・・にょう、ぼう・・・・・・・・・あ、奥さん・・・」



「あぁ。名前も明かしてないだろうからな。岐津あやめってんだ。」



「・・・・・・そっか・・・マダムにも家族が・・・」



「・・・・・・こいつが可愛がってる連中は皆、俺の子供らみてぇなもんだ。勿論お前もな。」



「ッわっ」



マダムにも現実に家族がいる、その事実になぜか心のすみっこが少し痛んだ気がした俺の頭を、グシャグシャと乱暴に撫で回した岐津さんは楽しそうだった。



「それと・・・ヤツのことだが・・・」







意識を失った俺だけが知らない事の顛末をなぜ岐津さんが知っているのか、それも含めて俺はこの後知ることになる。






ーーーーーーーーーーーーーーー






~side by 晃介~




俺たちが乗った車の先を走るユウキのバイクが突然よろめき壁に激突してユウキはスピードが乗った勢いのまま宙に放り出されて地面に叩きつけられ、何回転もしてから動かなくなった。



俺の手を握っていたヒナが発狂して取り乱す寸前で俺の腕に抱きかかえ、何の根拠もないのに『大丈夫、ユウキは大丈夫』そんな言葉をかけることしかできなかった。



バイクは前方の車に衝突してそちらも壁に衝突してスピンし、ようやく止まった。




駆け寄ったユウキは辛うじて意識はあるものの、全身傷だらけで右目は頭部の傷からの血で開かず、右腕は捻じ曲がって折れているのが明らか、左足は・・・折れた骨が皮膚を突き破って飛び出していた。




マダムはその様を見てどこかに連絡を取り、タイミングよく前方から来たのは黒塗りのセダンとワンボックスだった。




「支配人、美比呂様を。」



頷いた支配人が咲藤と美比呂が乗った車へ近づき、同様にワンボックスから下りて来た男たちも車に向かう。



セダンの後部座席から下りてきたスーツ姿の男とマダムが言葉を交わし、男が指示をして部下であろう男がユウキを抱えワンボックスに乗せた。



「あ、ユウキ・・・!」



「伊坂様、大丈夫です、ユウキは病院に運びます。彼らに任せましょう。」



俺の腕を押し留めたマダムに俺は男たちとユウキ、それに帯同したヒナを見送った。



「なぁ、もしかしてあんた『こうちゃん』か?」



「?・・・・・・・・・え、あ、お前、もしかして、『トキマサ』・・・?」



「やっぱりかぁ~~!!なんか見た事あると思ったんだよなぁ!!!」



スーツ姿の男は、俺の中学の時の同級生、『岐津 朱鷺将』だった。



こんなところでこんな状況で再会なんて何の因果だろうか。



大興奮でテンションの上がる朱鷺将の横で、見た事もないほど『え』で溢れているのはマダム。



「あぁ、悪い。こいつとは中学の時仲が良くてな、よくツルんでたんだ。こうちゃん、こっちはブーゲンビリアの女将で俺の女房のあやめだ。」



「・・・・・・そ・・・れは・・・なんていうか・・・そうか・・・」



とても反応に困る・・・。



「・・・あなた、今はそれよりも・・・」



「あぁ、そうだなすまん」



運転席から引きずり出された咲藤が地面に倒されて拘束され、俺は車内を覗き込んで叫ぶのを抑えられなかった。



「美比呂!!美比呂・・・!!」



縛られた美比呂は衝突とスピンの衝撃で後部座席の下の狭いスペースに身を横たえていた。



朱鷺将の部下であろう男たちの迅速な動きで美比呂は車外に運び出されたが呼びかけに反応することはなかった。



「おい、この方もさっきの坊主と同じとこに運べ」







地下通路は一見一方通行に見えるが、隠し通路のような場所がいくつもあり、壁は重い音を立てて開き、そこから外へ繋がる別ルートによって、俺はユウキと美比呂、2人が運ばれる病院へと向かった。







・・・・・・そして、現場に残ったのはマダム、朱鷺将、支配人、そして、朱鷺将の部下たちが数人と、咲藤。










ーーーーーーーーーーーーーーー








「・・・・・・あやめ、こいつはいい・・んだろう?」




「・・・えぇ。ここまでされては許す余地はありません。」




「おい、柊誠しゅうせい



「はい」



夫である朱鷺将に名を呼ばれ、引き連れていた部下に指示を出すのは息子である柊誠。



片目の視力を怪我によって失ってからも、彼は父親である朱鷺将の右腕であり、岐津組を継承する役目を担う。



目隠しをされ、手足を拘束された咲藤は呆然としたまま一言も発さずに柊誠の部下によって車に押し込まれた。



歯向かう者には容赦しない、それは、この世界で生きてきた夫同様、私にも共通している認識。



「・・・あの者が二度と日の目を見ることはない。」



咲藤を乗せて走り去った車を見送り、朱鷺将が私の肩を抱く。



「あとは任せてお前は病院に迎え。」



組を束ねる立場でありながら、この人は昔から変わらずに私を愛し、私に甘い。



「・・・よろしく頼みます。」



返事の代わりに肩を抱く朱鷺将の手に力が籠った。


















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