上 下
125 / 146
第五章

国境を見据え

しおりを挟む
「マーリナス!」

 アレクはマーリナス手を引かれ、引きずられるようにして走る。

 国門守衛騎士と逆方向から走ってくる騎士団の間を横切り、細い脇道に入り込む。

 この三人の中でもっとも土地勘があるのはマーリナスだ。

 通ったことのない道だったけれど、こっちだと誘導されるままアレクもケルトも必死に後を追いかける。

「あそこだ!」

 後方より騎士が叫ぶ。狭い裏通りに松明の灯りがぼんやりと入り込んだ。

 アレクは慌てて振り返る。

 煌々と灯された路地裏にいくつも伸びた影が影がこちらに迫ってきていた。

 恐怖と焦りに心臓がバクバクと大きな音を立てる。

「なんでこんなところに騎士団が!」
 
「きっと端から信用されていなかったのだろう。国外逃亡を恐れて事前に準備を整えていたに違いない」
 
「くそっ!」

 何度も後ろを振り返りながらケルトが叫ぶとマーリナスは意外にも冷静な面持ちで答えた。

 その横顔を見つめながらアレクは息を切らしながら問いかける。

「マーリナスはこうなることが分かっていたんですね」

 マーリナスはしばし沈黙し、やがて口を開いた。

「可能性はあると思っていた。記録装置は今日の夕方に没収されたが、国王の耳に報告が入るには相応の時間を要するはずだ。こんなに早く動けるはずがない。おそらく手順を飛ばして国王が直に確認したのだろう」

「そんな……なぜですか?」
 
「あくまで推測の域を出ないが、記録装置を確認する前から国王はきみの正体を知っていたのかもしれない」

 アレクは目を丸くする。

 そんなことあるのだろうか。証言もなく、記録装置の確認より先に僕の正体を掴むなんてこと。

「原因なんてどうでもいいんですよ! いまは逃げ切るのが先です。騎士団だって国境は越えられない。早くこの国を出るんです!」

「うん。そうだね」

 ケルトの叫びにアレクはうなずく。
 
 そうだ、いまは余計なことを考えている場合ではない。国王がアレクの正体を知っているなら、余計に会うわけにはいかない。早くこの国から逃げなくては。
 
 裏道から閑静な住宅街に飛び込んで三人は夜道を走り抜ける。しばらく走っていると見覚えのある場所に出た。

 この先には大草原があって、そのさらに奥には森林がある。

 そう、ここはエレノアを追った道。

 大草原を駆け抜ける三人の後方には、横一列に広がった松明が見える。

 まるで魔女狩りでもされている気分だ。

「この先の森林を抜けると国境を越えることが出来る」

 それでアレクは思い出した。ゲイリーが森の中に消えていったこと。

 そうか、あれは国境を越える道だったんだ。

 後方から迫る騎士団との差はじわじわと迫りつつある。マーリナスは日々鍛えているし体力もあるが、アレクとケルトはそうもいかない。

 国門からすでに二十分は走り続けている。二人の息は荒く、額には大粒の汗が浮かぶ。少し休みたかったけど、そうもいかない。
 
 騎士団は精鋭が集った国家機関だ。これしきのことで速度が緩むはずもない。こちらが足を緩めれば、あっという間に追いつかれてしまうだろう。

「頑張るんだ。走れ、アレク!」
「はいっ」

 いまにも膝が落ちてしまいそうだった。何度も地面に足を取られて躓いて。転びかけてはマーリナスの手を支えに立ち上がり、また走り続ける。

 そしてようやく木々が林立する森林に足を踏み込んだ。密集する大木に阻まれて騎士団の姿がみえなくなる。

 ホッと一息つきたい気分だったが、ゴールはここじゃない。あと少し!

「こっちだ!」

 走る足を止めないマーリナスの後を二人は追いかける。息が苦しい。喉が渇く。足が重い。目眩がする。二人とも体力は限界に近い。すでに気力のみで体を動かしているようなものだった。

「あそこだ! 行け。騎士団はわたしが足止めする!」

 森林を抜けた瞬間、マーリナスが手を離して立ち止まった。鋭い視線は後方の騎士団へ向けられている。
 
 「マーリナス!」

 驚いたアレクが振り向きざまに手を伸ばしたが、マーリナスが振り返ることはなかった。代わりにケルトが手をつかむ。

「行きますよ、アレク様!」

 アレクは悲しげに顔を歪ませ、遠のいていくマーリナスの背中を見ていた。

 こんなふうに離れたくはなかった。けれどマーリナスはこうすることが最善だと思ったのだろう。そのためにマーリナスが戦うのならば、戻ってはいけない。
 
 アレクは唇を噛み締め、思いを断ち切るように前を向いた。

 目の前にはもう境界線を意味する柵が。
 だけどあれくらいなら乗り越えられる。
 二人は手を取り合い、真っ直ぐに柵を見据えた。

「うん!」

 振り返っている暇はない。すぐそこは国境だ。あそこさえ乗り越えれば!

 二人は最後の力を振り絞り全力で駆けだした。

 だがその時。行く手を阻むように火の手が両サイドから流れ込んだ。国境の前にずらりと騎士が並び立ち、あっという間に覆い隠す。

「なっ……」

 思わず足を止めた二人の前に進み出たのは、騎士団団長ドルシェ・アモンド。幾度となく修羅場をくぐり抜けてきた稀代の戦士に取って、この程度の策が読めない道理はない。

「無駄だ。抜け道は全て騎士団が封鎖している。きみたちには明日、必ず王宮に出向いて貰わなくてはならないのでね」
 
「ふざけるな、そこを通せ!」
 
「ふざけているのはどちらかね。国王からの招待なのにも関わらず、逃げようとするとは。これはれっきとした反逆行為だ。今夜は明日にむけて牢の中でゆっくりと休むといい」

 ギリギリと歯を噛みしめるケルトの隣でアレクは額に浮かんだ汗を拭い、切らした息を整える。

 きっと国境を包囲したというのは出任せではないだろう。

 正面玄関を押さえ、他の逃げ道を塞ぐのは常套手段だ。こちらはたった三人。前後を騎士団に挟み撃ちにされてしまっては、もうどこにも逃げ道はない。

 万事休す。

 アレクは諦めたように肩を落とし、小さく息を吐いた。

「ケルト。言う通りにしよう。ここで争っても無駄だよ」

「理解が早くて助かる。連れていけ」

 ドルシェ団長の合図で騎士がアレクとケルトを拘束する。

 騎士団に囲まれて、きた道を戻りながらマーリナスの姿を探してみたけれど、見つけることは出来なかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

もう一度、貴方に出会えたなら。今度こそ、共に生きてもらえませんか。

天海みつき
BL
 何気なく母が買ってきた、安物のペットボトルの紅茶。何故か湧き上がる嫌悪感に疑問を持ちつつもグラスに注がれる琥珀色の液体を眺め、安っぽい香りに違和感を覚えて、それでも抑えきれない好奇心に負けて口に含んで人工的な甘みを感じた瞬間。大量に流れ込んできた、人ひとり分の短くも壮絶な人生の記憶に押しつぶされて意識を失うなんて、思いもしなかった――。  自作「貴方の事を心から愛していました。ありがとう。」のIFストーリー、もしも二人が生まれ変わったらという設定。平和になった世界で、戸惑う僕と、それでも僕を求める彼の出会いから手を取り合うまでの穏やかなお話。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

【完結】淫魔属性の魔族の王子は逃亡奴隷をペットにする 〜ペットが勇者になって復讐にきた〜

鳥見 ねこ
BL
「呪印を消してあげようか。キミが俺のペットになるなら」 魔王の第4王子ラシャは、瀕死になっていた若い人間の逃亡奴隷レオンをペットにした。 王子は魔族と淫魔の混血の影響で、生き物から細々と精気を貰わなければ生きられなかった。 逃亡奴隷は人間離れした強さを恐れられ、魔法封じの呪印で声を封じて奴隷落ちさせられていた。 利害が一致した2人は、呪印を消すために共に生活する。そうするうちに、心も体もお互いに依存していく。 そんな2人の別れの日は、必ず来る。 【逃亡奴隷のペット×魔王の第4王子】の話。のちに【勇者×魔王】となる。 ※R18の話にはタイトルの後ろに✳︎がつきます。 ※軽めのグロ・欠損あります。 ※淫魔(インキュバス)の独自設定が出てきます。 ※攻め視点のエロあります。

お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

人生やり直ししたと思ったらいじめっ子からの好感度が高くて困惑しています

だいふく丸
BL
念願の魔法学校に入学できたと思ったらまさかのいじめの日々。 そんな毎日に耐え切れなくなった主人公は校舎の屋上から飛び降り自殺を決行。 再び目を覚ましてみればまさかの入学式に戻っていた! 今度こそ平穏無事に…せめて卒業までは頑張るぞ! と意気込んでいたら入学式早々にいじめっ子達に絡まれてしまい…。 主人公の学園生活はどうなるのか!

処理中です...