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第四章

分かつ愛

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「二日。二日経ったら必ずおまえを救うと約束した。その約束を破ったのはわたしだ。そのせいでおまえには要らない苦労をかけた」

「そんな……」

「自分が不甲斐ない。負傷したのもわたしの気の緩みが原因だ。おまえの責任じゃない」

「違います! マーリナスは僕を探しにきてそうなったんだ!」

 確かにマーリナスは怒っていた。自分に対し、己の不甲斐なさに苛立って。三日目を過ぎてなお、アレクが生き延びたということは、「代償」を手に入れたことを意味している。

 それが捜索中にあたまをよぎらなかったとでもいうのか。何度も考えた。誰と、いつ、どうやって。また酷いことをされているのではないか、傷ついているのではないか。

 気がおかしくなってしまいそうだった。それでも。生きていて欲しいと切に願った。だから。

「おまえの身を守ると約束した。だが、守れなかった。謝るべきなのはわたしの方だ、アレク」

「違う! マーリナスはなにも悪くない! 僕が悪いんです!」

 アレクは悲痛な叫びをあげる。夜空の下でマーリナスが悲しげに目を伏せたから。

 今度はアレクが怒っていた。そんなことあるはずがない。マーリナスが悪いなんて、そんなこと絶対にない。

「だからアレク。自分を責めるな」

 マーリナスの声は初夏の夜風のようにほんのりと暖かく心に触れる。穏やかで心地よくて、目を閉じて受け入れたくなる、そんな響きで心に落ちてくる。

「おまえの罪はわたしの罪と同じだ」

「マーリナス?」

「互いに約束を果たせたなかったのなら、痛み分けだろう? おまえが背負った痛みはわたしが半分背負おう。だからアレク、おまえもわたしの痛みを半分背負ってくれるか」

 アレクは目を見開いた。眉を下げて困ったように苦笑を洩らしたマーリナスに。

「マーリナスの痛みを、僕が?」

「おまえの痛みはわたしが」

 そのとき、アレクの胸に溢れた感情はなんだったのだろう。自分の罪はずっと自分で抱えてきた。全て自分が悪いのだと思ってきた。

 苦しくて苦しくて逃げ出したくて。それでもこの呪いは決して自分を解放してくれない。

 これが運命だと受け入れるしかなくて、ずっと歯を食いしばって生きていた。

 その痛みを、半分寄越せとマーリナスはいう。アレクの目から堪えきれなくなった涙の粒が溢れ出す。なぜ、このひとはこんなに優しいんだろう。痛み分けだなんて。

 だけど、そうできたら。マーリナスの心の痛みを半分引き受けることができたら。とても嬉しいと、アレクは思ってしまう。

 そうやって寄り添って生きていけたら、どれほどしあわせだろうか。

 考えた途端、アレクの顔がほころんだ。

「アレク?」

 うつむいてクスクスと笑い始めたアレクにマーリナスは少し驚いたような顔を浮かべた。

 だって怒られると思っていたのに、こんなことになるなんて想像できるはずがない。

「わかりました。僕があなたの痛みを半分引き受けます。だからこんな僕でも、もう少し傍に居させてもらってもいいですか?」

 目尻の涙を拭って顔をあげたアレクに、マーリナスは数度瞬きを繰り返し、そして小さく笑った。

「こんなわたしでよければな」

「あなただから、傍にいたいんです」

 笑顔の花が咲き誇った。朝昼晩といろを変えるプラチナ・ローズ。アレクの母がなぜその薔薇を気に入ったのか、マーリナスにはよくわかる。

 切なく悲しげに揺れる薔薇は、ときに美しく愛らしく咲き誇るのだろう。それはきっとアレクにとても良く似ている。

 マーリナスは目を細めると、綺麗な笑顔を浮かべるアレクの首を引き寄せた。

 満天の星空の下。爽やかな夜風に乗って色とりどりの花びらが舞い踊る。

 小さな花々の上で互いの指先を絡ませて、ふたりはそっと唇を重ね合わせた。


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