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第四章

最後に笑う者

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 エレノアはその背中に笑顔を向けたまま奥歯を噛み締める。

 これでは大赤字もいいところだ。今後も取引をしてくれるのなら元も取れるかもしれないが、それだって確実ではない。

 実の所ゴドリュースよりも価値が高いのは解毒剤の方だった。解毒剤がなければ死に際の交渉が成立しない。

 それを25本もタダで渡すハメになるなんて!

 商人として悔しさが込み上げる。

 そもそも先に解毒剤の効果について訊ねなかったのが悪いじゃないの!

 そう毒づいた途端、エレノアは一瞬あたまの中が真っ白になった。

 ある可能性に気がついてしまったから。

 もしかしたら、わざと聞かなかったのでは?

 ゲイリーだって素人ではない。あの二人が現れたとき、殺す必要性があることはすぐに理解したはずだ。

 今夜の取引を知って探りを入れてきたのは明白。それなのに嫌な顔をするどころか、あの少年の頬にキスまでした。

 そのせいで彼を軽薄な男だと印象付けてしまったが、本当にそうだろうか。

 その後の〝おねだり〟の内容だってどう考えてもいきすぎているし、何より大臣が了承したのが不自然だ。「真相を知った者には死あるのみ」と暗黙の縛りを付けたとしても、詳細な指示はなかったし。

 何より他人の機嫌取りはお手の物といったゲイリーが、なぜことごとくわたしの気を逆撫ですることばかりいったのか。

 それさえなければ彼が守ろうとしたあの二人を実験台にしようなどと思わなかったし、腹いせにお金を巻き上げようなんて小狡こずるいことは考えなかった。

 だけどもし、その全てが最初から計算されていたとしたら?

 エレノアは自嘲する。

 バカなことを。そんなことはありえない。ゲイリーとは、ただそりが合わなかっただけのこと。

 自分の失敗をあの男のせいにしようとしているだけだわ。今回のことは未熟ゆえの愚行だったと諦めよう。

 余計な考えをあたまから追い出そうと首を横に振り、エレノアはソファに戻りながら何気なく視線をゲイリーに移した。

 実験台になった血塗れの男の傍にひざまずき、艶やかな赤髪を肩から垂らしながら丁寧に解毒剤を口に含ませるゲイリー。

 その横顔は後ろで心配そうに見つめる少年の美貌にも劣らないほど美しく、加えて大人の色気まで漂う。片目に大きく入った傷痕は確かに目立つが、それを差し引いても余りある。

 神は理不尽だ。自分にもあれほどの美貌を与えてくれたらよかったのに。

 大失敗をしたばかりのエレノアの心はすさみ、普段なら考えもしない妬みが生まれる。そんな羨望の眼差しの先で、ゲイリーの口角がゆっくりと上を向いた。

 それは勝ち誇ったものではなく、皮肉めいたものでもなく、気味の悪い薄笑い。焦点は倒れた男ではなく、思考の中に沈んでいるようだった。

 エレノアの背筋が凍りつく。外見が美しいため余計に不気味さが際立ち、恐ろしく見えたのかもしれない。悪魔というものがいたなら、きっとあんな笑い方をするだろう。

 いいようのない恐怖にとらわれ、思わず立ち止まってしまったエレノアとゲイリーの視線が交わる。

 (ご愁傷さま)

 口には出さずに薄い唇を動かし、ゲイリーはそういった。

 エレノアは愕然とする。

 どういうこと……

 さっさと視線を外したゲイリーは、あたまを下げる少年の肩に手を置いた。彼に向ける笑顔はまるで善良な人間そのもの。

 闇に住まう人間は、一筋縄ではいかない。

 闇に長く身を置けば置くほど。したたかに、狡猾に。

 己の思考など巧みに隠し、知らぬ顔をして意図するままに事を運ぶ。

 ゲイリー・ヴァレットにとって、それはクッキーをかじることより簡単なことなのだ。
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