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第四章
ゲイリーのおねだり
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「やっとか。朝まで待たされるかと思ったぜ」
執事の登場でゲイリーは軽い足取りでソファへと戻っていく。エレノアもまたアレクに背を向けたが、ちらちらと視線を残したままだ。
執事の後に続いて姿を現したのは、艶のある黒い燕尾服に身を包んだ恰幅のよい強面の男だった。全身から威厳溢れる風貌のその男は、分厚い二重まぶたの下で光る鋭い目で室内を見渡した。
「初めまして、オクルール大臣閣下。わたくしエレノアと申します。この度は貴重な機会を与えてくださり……」
「あれはなんだ」
一歩前に進んで恭しく一礼したエレノアには見向きもせずに、オクルールは拘束された二人の男に視線を固定したまま執事に問いかける。
「先ほど玄関で発見致しました。なんでも夜の散歩に出歩かれたついでに、こちらの庭園を訪れられたそうです。警備隊のようでしたのでお招き致しました」
「始末しろ」
間髪入れずにオクルールはそう告げた。
焦ってうなり声をあげたロナルドを一瞥して「かしこまりました」と一礼した執事に背を向けてソファへ腰を下ろす。
執事が顎で指示すると手下共はひとつ頷いて二人を無理矢理立たせ、外に連れ出そうとした。だがそこに場違いにも陽気な声がかかる。
「ちょい待ち。そっちの美形は俺にくれねえ? オクルールさんよ」
馴れ馴れしく隣に腰掛けたオクルールの肩に腕を回し、アレクに視線を向けてねだるようにそういったのはゲイリーだ。
それを聞いたエレノアはあたまのおかしい人間でも見るような目つきをゲイリーに向けて口元を引きつらせる。
一方でオクルールは表情を変えることなく視線だけをゲイリーに流した。
「……なんだ。知り合いなのか」
「さっき少し仲良くなったばかりなんだ。きっと俺のことが忘れられなくて追いかけてきたんだぜ」
「バカおっしゃい」
エレノアは深々と嘆息をつき、ゲイリーを軽くにらみつける。
ふたりがここに来てから、外に警備隊が潜んでいるのではないか、自分の偽装工作がバレたのではないかと様々な不安が胸をざわつかせるのに、ゲイリーといえば警戒するどころか馴れ馴れしい態度でキスまでしたりして。
その脳天気さにうんざりしてたが、オクルール大臣が殺せといったときは本当に胸がスッとした。
この国の腐った情勢は警備隊の動きを封じるに大いに役だってくれるだろうが、不安な芽は潰しておいた方がいい。オクルール大臣もきっとそう考えて決断したのだろうから。
それなのにこの男はなにをいっているのか。
甘えたフリをして瞳の奥では断らねえだろ? と物語る不敵な意思を感じる。
その図々しさがエレノアの気持ちを逆なでした。
しかしさすがにオクルール大臣もイエスとは……
「いいだろう。わかっていると思うが責任はきちんと取れ」
「はいはい。わかってますよ。それじゃあ、甘えついでにそっちの男もくれねえ?」
今度こそゲイリーの目に不敵な色が浮かんだのをエレノアはみた。
オクルール大臣が了承したのも驚きだが、今度はなに? もう片方の男もくれですって?
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
綺麗な顔の少年は元々面識があったようだし、気に入っているのも知ってる。情けをかけて口を出したのなら百歩譲って理解もできたが。もう片方の男はどういう理屈で助け船を出そうというのか。
オクルール大臣の決定をあっさりと覆したゲイリーには驚愕と同時に畏怖の念さえ抱く。しかしこれはやり過ぎだ。「殺すのをやめろ」といっているようなものじゃないの。
「なにを考えている」
さすがにオクルール大臣も今回はイエスといわない。跳ね上げた眉毛の下で訝しがる表情を浮かべた。
ゲイリーの持つ女性の魅力をも上回る妖艶な色気は、するりと頑なな心に入り込み「イエス」を引っ張りだす力がある。
一度目は許したが二度目は簡単にいかない。オクルールは唸るように言葉を発した。
「たいしたことは考えてねえよ。ただ近々閣僚の入れ替えがあるって噂を聞いてな。そんな大事な時期にここで死体を出して面倒ごとになったらあんたが大変だろ? 地下街に連れて行けば簡単にことは済むしさ。汚れ仕事は俺に任せてくれよ、な?」
さも相手を気遣った風に言葉を並べ立てているが、おそらく真意は違うだろう。この男はそういう男だ。
オクルールは思案に耽りながら、捕らえられたふたりに視線を移す。
銀髪の少年は確かに美しい顔立ちをしている。そこはかとなく品性まで感じられ貴族の間では人気がでそうだ。
もう片方の男は成人しているが顔の作りは悪くない。甘いマスクの下でに鋭い爪を研ぎ澄ましていそうな男だ。好みはひとそれぞれだが、こういった知性的な男を好む貴族はわりといる。
人身売買にかければ双方共に良い値がつくだろうが……おそらくゲイリーの狙いは違うところにある。
長年の付き合いから、ここは乗っておくのが吉だとオクルールは判断した。
「……いいだろう。ただし条件がある」
執事の登場でゲイリーは軽い足取りでソファへと戻っていく。エレノアもまたアレクに背を向けたが、ちらちらと視線を残したままだ。
執事の後に続いて姿を現したのは、艶のある黒い燕尾服に身を包んだ恰幅のよい強面の男だった。全身から威厳溢れる風貌のその男は、分厚い二重まぶたの下で光る鋭い目で室内を見渡した。
「初めまして、オクルール大臣閣下。わたくしエレノアと申します。この度は貴重な機会を与えてくださり……」
「あれはなんだ」
一歩前に進んで恭しく一礼したエレノアには見向きもせずに、オクルールは拘束された二人の男に視線を固定したまま執事に問いかける。
「先ほど玄関で発見致しました。なんでも夜の散歩に出歩かれたついでに、こちらの庭園を訪れられたそうです。警備隊のようでしたのでお招き致しました」
「始末しろ」
間髪入れずにオクルールはそう告げた。
焦ってうなり声をあげたロナルドを一瞥して「かしこまりました」と一礼した執事に背を向けてソファへ腰を下ろす。
執事が顎で指示すると手下共はひとつ頷いて二人を無理矢理立たせ、外に連れ出そうとした。だがそこに場違いにも陽気な声がかかる。
「ちょい待ち。そっちの美形は俺にくれねえ? オクルールさんよ」
馴れ馴れしく隣に腰掛けたオクルールの肩に腕を回し、アレクに視線を向けてねだるようにそういったのはゲイリーだ。
それを聞いたエレノアはあたまのおかしい人間でも見るような目つきをゲイリーに向けて口元を引きつらせる。
一方でオクルールは表情を変えることなく視線だけをゲイリーに流した。
「……なんだ。知り合いなのか」
「さっき少し仲良くなったばかりなんだ。きっと俺のことが忘れられなくて追いかけてきたんだぜ」
「バカおっしゃい」
エレノアは深々と嘆息をつき、ゲイリーを軽くにらみつける。
ふたりがここに来てから、外に警備隊が潜んでいるのではないか、自分の偽装工作がバレたのではないかと様々な不安が胸をざわつかせるのに、ゲイリーといえば警戒するどころか馴れ馴れしい態度でキスまでしたりして。
その脳天気さにうんざりしてたが、オクルール大臣が殺せといったときは本当に胸がスッとした。
この国の腐った情勢は警備隊の動きを封じるに大いに役だってくれるだろうが、不安な芽は潰しておいた方がいい。オクルール大臣もきっとそう考えて決断したのだろうから。
それなのにこの男はなにをいっているのか。
甘えたフリをして瞳の奥では断らねえだろ? と物語る不敵な意思を感じる。
その図々しさがエレノアの気持ちを逆なでした。
しかしさすがにオクルール大臣もイエスとは……
「いいだろう。わかっていると思うが責任はきちんと取れ」
「はいはい。わかってますよ。それじゃあ、甘えついでにそっちの男もくれねえ?」
今度こそゲイリーの目に不敵な色が浮かんだのをエレノアはみた。
オクルール大臣が了承したのも驚きだが、今度はなに? もう片方の男もくれですって?
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
綺麗な顔の少年は元々面識があったようだし、気に入っているのも知ってる。情けをかけて口を出したのなら百歩譲って理解もできたが。もう片方の男はどういう理屈で助け船を出そうというのか。
オクルール大臣の決定をあっさりと覆したゲイリーには驚愕と同時に畏怖の念さえ抱く。しかしこれはやり過ぎだ。「殺すのをやめろ」といっているようなものじゃないの。
「なにを考えている」
さすがにオクルール大臣も今回はイエスといわない。跳ね上げた眉毛の下で訝しがる表情を浮かべた。
ゲイリーの持つ女性の魅力をも上回る妖艶な色気は、するりと頑なな心に入り込み「イエス」を引っ張りだす力がある。
一度目は許したが二度目は簡単にいかない。オクルールは唸るように言葉を発した。
「たいしたことは考えてねえよ。ただ近々閣僚の入れ替えがあるって噂を聞いてな。そんな大事な時期にここで死体を出して面倒ごとになったらあんたが大変だろ? 地下街に連れて行けば簡単にことは済むしさ。汚れ仕事は俺に任せてくれよ、な?」
さも相手を気遣った風に言葉を並べ立てているが、おそらく真意は違うだろう。この男はそういう男だ。
オクルールは思案に耽りながら、捕らえられたふたりに視線を移す。
銀髪の少年は確かに美しい顔立ちをしている。そこはかとなく品性まで感じられ貴族の間では人気がでそうだ。
もう片方の男は成人しているが顔の作りは悪くない。甘いマスクの下でに鋭い爪を研ぎ澄ましていそうな男だ。好みはひとそれぞれだが、こういった知性的な男を好む貴族はわりといる。
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