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第三章

命の期限

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「とはいっても地下街の住民の戸籍など登録されていませんし、ホーキンスに家族がいるのかも不明です。拘束したときにはホーキンスしかいませんでしたし、もしかしたら第三者の可能性もあります。あれからホーキンスは一切口を開きませんでしたから、本当に人質を取られているのかも不明ですね」

「みればわかるだろう。あの表情が答えだよ。だけど確かに身元不明の人質を捜し出すのは骨が折れそうだね。まずはホーキンスの周囲を洗わないといけないね」

「地下街の連中は口が堅いですからね……見つかるといいのですが……」

 ロナルドとニックの会話を耳に入れながらアレクは視線を床に落とし、黙って後方をついていく。

 もしロナルドが予想したとおりホーキンスがゲイリー・ヴァレットに人質を取られているのなら、これ以上の進展は困難を極めるだろう。

 ホーキンスにとって、その人質とは死に際でも守りたいほどの価値があるのだ。今後これ以上の情報を吐くことはないだろうし、長年に渡って地下街を放置してきた国家が、そこに住まう者の概要を把握するのは容易なことではない。

 聡い者ならば王命が下されたことによって、上層と下層の不可侵はなくなったと早々に理解し、既に国外へ逃亡している。

 そもそも地下街へ定住する者の方が圧倒的に少ないのだ。地下街へ出入りするほとんどが他国を行き来する闇商人。そんな移り変わりの激しい地下街の情報をすべて握っていたのは、奇しくも現在ベローズ王国に連行中のバロンくらいなものである。

 行きずりの闇商人や犯罪者を捕らえて求める情報を得るのは、酷く淀んだ大河の川底で流されてゆく一粒の砂金を見つけるようなものだ。

 見つけるまでに、いったいどれほど時間がかかるのか。国王にしてみればゴドリュースの魔の手が自身に及ばず確保できれば安泰なのだろうが、アレクにとっては違う。マーリナスに与えるべき解毒剤は残りわずかであり、時間がない。

 そんな悠長な時間を過ごすわけにはいかないのだ。

 そう思いながらも、ときは無情に過ぎてゆく。ロナルドの仕事の手伝いをしながら時折執務室に足を運んでくるニックの報告に耳を傾け、時間があればマーリナスの容体を見に行くことの繰り返し。

 明日こそは有益な情報が入りますようにと祈りながら眠りにつき、拭いきれない不安にあたまを悩ませ寝不足のままロナルドと共に家をでる。

 日々顔色が悪くなっていくアレクの様子にケルトは顔をしかめていたが、アレクは笑顔でそんなケルトをいなし続けた。

 そんなおり、ロナルドの付き添いで医療棟に足を運んでいたアレクは、花瓶に生けられた花の水を交換しようと病室のドアに手をかけた。

「解毒剤はあとどれくらい残っていますか」

 ドアの奥から聞こえたロナルドの声に、思わず手を止める。

「一週間というところですね。それで意識が戻ってくれるとよいのですが……」

「仮に戻らない場合は?」

「さあ……ゴドリュースの毒にあてられて生き延びた例がほとんどありませんから、なんとも。しかし回復魔法が効かない以上、毒が完全に抜けない状態であれば徐々に衰弱していくと思います」

 アレクは思わず手にした花瓶を落としてしまうところだった。

 一週間。まだなんの情報も手に入っていないというのに、たったそれしか時間が残されていない。このままではだめだ。ただ情報が入るのを待っていたのではマーリナスが死んでしまう。

 なんとかしてホーキンスから直接ゲイリー・ヴァレットの情報を引き出さなくては。

 アレクはこくりと喉を鳴らす。

 万が一のことを考え、アレクには以前から考えていた策があった。できることならやりたくはなかったが、そうもいっていられないところまできている。決行は今日。手順は何度も脳内で繰り返しイメージした。きっとうまくいく。うまくやらなければならない。

 アレクの紫色の瞳に力が宿り、より一層輝きを増して煌めいた。
 
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