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第二章

四日目を迎えて

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 ふとマーリナスは目を覚ました。

 清潔な白い布地が天井を覆っているのが目に入り、ずきずきと疼く痛みが目の奥を突き刺す。目頭を押さえながらゆっくりと体を起こして周囲を見渡してみれば、ここはテントの中のようだった。

 いったいなぜ自分はこんなところにいるのか。

 あたまは重く、すっきりしない。どこかふらふらとする体でベッドに腰掛けていると、テントの入り口からひとりの兵が姿を現した。

「マーリナス隊長! お目覚めですか、ご無事でよかった!」

 おそらくベローズ王国の兵だろう。顔に見覚えはなかったが、その兵はマーリナスの顔を見た途端に嬉しそうに笑顔を咲かせた。

「わたしは……」

「バロンの剣にはゴドリュースという猛毒が仕込まれていました。あれはモンテジュナル王国の固有植物から採取できる猛毒なのですが、あまりに毒性が強く国王が採取を禁じられている物です。その毒を体に受けてしまったのですよ。少量でしたが危ないところでした。回復されて本当によかったです!」

「そうか。きみが助けてくれたのか、感謝する」

 綺麗な笑みを浮かべて礼をのべたマーリナスに兵は少し頬を赤らめると、小さく首を横に振って言葉を続けた。

「あ。いえ……もちろんわたしもお手伝いはしましたが、率先して動いていたのはギル隊長です。同行していた医療兵の白魔法でも手に負えず、別に特殊な薬がなければだめでした。それでギル隊長が地下街の違法薬師を脅して手に入れた薬で……」

「なんだと?」

 ぽりぽりとあたまを掻きながら苦笑いを浮かべた兵の言葉に、マーリナスは思わず目を丸くする。

「余計なことをいってる暇があるならマーリナス殿の体調でも診たらどうだ、サミール」

「ギル隊長!」

 ぎくりと後ろを振り返ったサミールの背後から姿を現したギルは、マーリナスに視線を向けると豪快な笑い声をあげた。

「はっはっはっ! ご無事でなによりですな、マーリナス殿!」

「ギル殿。話はうかがいました。あなたが率先して助けてくれたのだと。そのことは心より感謝いたします。ですが、いまのお話は……?」

「いやいや。ここが違法な連中のたまり場で功を奏しましたな。本来なら手に入らぬ解毒剤を売っておる者がおったのですよ。あの猛毒は魔法だけでは手に負えなくてな。商売には目をつぶるから、よこせといってやったのです。気のいい奴ですぐに渡してくれました。はっはっはっ!」

 正義と制裁を掲げるベローズ王国警備隊にそう言われれば、この地下街の誰しもがみな同じ行動をとるだろう。反発するものなら即座に処刑台いきだ。

 実に愉快そうな笑い声をあげるギルにマーリナスは内心で深々とため息をつく。

 違法な連中の手を借りて命拾いしてしまったことはマーリナスの本意ではない。だがギルは自分の命を救うために行ってくれたのだ。悪人を見逃すなど、それこそ自身の正義を曲げる行いではなかったのだろうか。

 不本意ではあったが、そうまでして助けてくれたギルを責めることなどマーリナスにはできなかった。

「ところでアレクはどうなりましたか」

 マーリナスがそう口を開くと、ギルはすっと笑い声を止めて神妙な面持ちで言葉を紡いだ。

「まだ見つかっていない」

 マーリナスは目を見開く。

「なんですって」

「モーリッシュとバロンは拘束できたが、あの少年の行方はいまだ不明だ。いまは探索班がしらみつぶしに遺跡内の金庫を調べに当たっているところだ」

 バロンと交戦したあのとき、すでにアレクが捕らえられてから三日目が経過していた。あれから自分はどれほどの時をここで過ごしてしまったのか。

 もしかしたらアレクはもう……

 そんな考えがあたまをよぎると、もうなにも考えられず目の前が真っ暗になった。だがそれでもアレクを早く見つけ出さなければと、心が訴える。

 胸を掻きむしりたくなる衝動を必死に抑えながら、マーリナスは立ち上がった。

「こうしてはいられません。わたしも向かいます」

「だがそんな体では……」

「行かなければならないのです、ギル殿!」

 ふらつく足取りでテントを出ようとするマーリナスに驚いた表情を浮かべ、ギルは呆れたようにため息をもらした。

「まったく。ではわたしも同行しましょう。せっかく助けたのに、また倒れられては困りますからな」

 ギルはマーリナスの肩を支えて共にテントを出た。するとにわかに外が騒がしい。

 ふたりは眉をひそめてその騒動の渦中に目を向けた。そこでは黒髪の少年が何人もの兵に囲まれて大きな声でなにかを訴えている。

「ケルトか……まったく……」

 ギルは顔をしかめるとマーリナスと共にケルトのもとへ足を向けた。
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