上 下
30 / 146
第二章

斥候

しおりを挟む
「詳しいことは後で話しますから、とにかくいまは逃げましょう!」

「だめだよ」

「な、なぜです! ここにいては危険です!」

 きっぱりと言い切ったアレクにケルトは目隠しの下で目をひんむいた。

「ベローズ王国警備隊と一緒にきたのなら知っているはずだよ。なぜ僕がこんなことをしているのか」

「モーリッシュ・ドットバーグの確保ですか。しかしアレク様には関係のないことです。確かに悪人を捕まえるのは崇高な行いですが、そんなことは警備隊に任せておけばいいんです!」

「僕はこの地下街に住んでいた。そこで僕を捕らえ、売ったのがモーリッシュだよ。ケルト、きみはそんなモーリッシュを許せるの?」

「な……」

 ケルトは衝撃の事実に耳を疑った。

 なんの不自由もなく生きてきたアレク様が、呪いを苦に国を出たことにさえ心を痛めていたというのに、こんな荒くれ者の集う地下街で暮らしていたとは。

 きっと想像を絶する過酷な生活を送っていたに違いない。加えて売られた、などと。そんなことが許されるものか。アレク様は本来そのような人生を歩むべきお方ではないというのに。

 ケルトの胸に悔しさがこみ上げた。

「わかりました。ならばわたしも微力ながら力になります。とはいっても、わたしも身柄を拘束されているのですけど。はは……」

「ありがとう。ケルト」

 力なく笑ったケルトにアレクは苦笑いを浮かべる。

 その後ケルトからベローズ王国警備隊について回り、各地でアレクを捜索していたこと。ここにきて『おとり役の少年』がアレクという名前だと聞きつけて警備隊の目を盗み、先回りして地下街で待ち構えていたこと。

 そしてあの小屋の隣で見守っていたところ男たちに見つかり捕らわれてしまったことなど、ケルトからことのあらましを聞いたアレクはその無謀さにため息をつくほかなかった。



 ◇



 一方――

「アレクを見失っただと!」

 地上に戻ってきた追跡班から報告を受けたマーリナスは、信じられない思いで声を張り上げた。だが隣で肩を並べるギルは、あごをさすりながら冷静に言葉を紡ぐ。

「まあまあ、マーリナス殿。そう憤慨ふんがいなされるな。探知妨害の用意があったのは予想外だったが、あらかたアジトの範囲は絞れたようだし、猶予ゆうよにはまだ二日ある。必ずや我々ベローズ王国警備隊が居場所を特定してみせましょうぞ」

「いえ。万が一にもあなた方の存在がモーリッシュにバレることがあってはなりません。ここは我々スタローン王国第一警備隊にお任せ願いたい」

「ふむ。まあ、そう仰るなら構わないが。いつでも我々の力が必要になったときは声をかけてくだされ」

「お気遣い感謝します」

 そういってマーリナスはあたまを下げた。

 すでにバロンの屋敷周辺にはスタローン王国警備隊が張りついている。アレクが捕まえられたのなら動きはあるはずだ。

 地下街の連中は他人の動向に敏感なため大人数を送り込むことはできないが、あいつならきっとうまくやってくれるだろう。

 そんなマーリナスの期待を背負ってバロン屋敷近郊でボロ雑巾のような衣服を身にまとい、小道の影でうずくまりながら動向をうかがっていたロナルドは、周囲の異常な空気に目を光らせていた。

 前回バロン確保のために動向をうかがっていたのはロナルドであったし、その周辺のことであれば多少の土地勘もある。

 目端の利くロナルドは場の空気も敏感に察知できるため、こういった役目にはうってつけの人間なのだが。

(おかしい)

 ロナルドは自身の中に生まれた謎の疑念の正体に、あたまを悩ませていた。

 前回と何かが違う。

 バロンの屋敷は地下街でも大きな通りに面していて見渡しやすい。

 通りを行き交う人々も多くいるし、特にロナルドを警戒しているようなそぶりもない。だが、それがおかしいのだ。

 前回バロンの屋敷に張りついたときは、もっと空気がぴりぴりしていた。

 それこそ、一ヶ所に留まるなど周囲の目が恐ろしくてできず、常に人に紛れて通りを歩きながら動向を見守ることしかできなかったのだ。

 そのぴりぴりとした空気をいまは全く感じない。なぜ。

 ロナルドは注意深く周囲の人間の動向に目を配りながらゆっくりと立ち上がり、バロンの屋敷に背を向けて歩き出した。

 目指すは屋敷の裏手だ。正面から行っては目を引きやすい。遠回りになるが、この入り組んだ地形を利用しつつ大回りして裏手に行ってみよう。

 方向感覚だけを失わないように気を配りながら、人目を避けてひたすら裏道を進んでいたロナルドの目に不審な人物が目にとまる。

「あれは……」

 あわてて物陰に隠れてその人物を注視すると、その人物もまた物陰を移動しつつ身を隠し、注意深く辺りを探るように視線を動かしているではないか。

 身なりは浮浪者のそれであるが、その隙のない動きは浮浪者のものではない。

 まるで訓練された警備兵のような……

「動くな」

 耳元で刺すように響いた声にロナルドは目を見開く。ごくりと鳴った喉元にはナイフが当てられ、その刃先がいまにも皮膚を切り裂きそうなほどの距離で固定されていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

もう一度、貴方に出会えたなら。今度こそ、共に生きてもらえませんか。

天海みつき
BL
 何気なく母が買ってきた、安物のペットボトルの紅茶。何故か湧き上がる嫌悪感に疑問を持ちつつもグラスに注がれる琥珀色の液体を眺め、安っぽい香りに違和感を覚えて、それでも抑えきれない好奇心に負けて口に含んで人工的な甘みを感じた瞬間。大量に流れ込んできた、人ひとり分の短くも壮絶な人生の記憶に押しつぶされて意識を失うなんて、思いもしなかった――。  自作「貴方の事を心から愛していました。ありがとう。」のIFストーリー、もしも二人が生まれ変わったらという設定。平和になった世界で、戸惑う僕と、それでも僕を求める彼の出会いから手を取り合うまでの穏やかなお話。

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

【完結】淫魔属性の魔族の王子は逃亡奴隷をペットにする 〜ペットが勇者になって復讐にきた〜

鳥見 ねこ
BL
「呪印を消してあげようか。キミが俺のペットになるなら」 魔王の第4王子ラシャは、瀕死になっていた若い人間の逃亡奴隷レオンをペットにした。 王子は魔族と淫魔の混血の影響で、生き物から細々と精気を貰わなければ生きられなかった。 逃亡奴隷は人間離れした強さを恐れられ、魔法封じの呪印で声を封じて奴隷落ちさせられていた。 利害が一致した2人は、呪印を消すために共に生活する。そうするうちに、心も体もお互いに依存していく。 そんな2人の別れの日は、必ず来る。 【逃亡奴隷のペット×魔王の第4王子】の話。のちに【勇者×魔王】となる。 ※R18の話にはタイトルの後ろに✳︎がつきます。 ※軽めのグロ・欠損あります。 ※淫魔(インキュバス)の独自設定が出てきます。 ※攻め視点のエロあります。

お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

人生やり直ししたと思ったらいじめっ子からの好感度が高くて困惑しています

だいふく丸
BL
念願の魔法学校に入学できたと思ったらまさかのいじめの日々。 そんな毎日に耐え切れなくなった主人公は校舎の屋上から飛び降り自殺を決行。 再び目を覚ましてみればまさかの入学式に戻っていた! 今度こそ平穏無事に…せめて卒業までは頑張るぞ! と意気込んでいたら入学式早々にいじめっ子達に絡まれてしまい…。 主人公の学園生活はどうなるのか!

処理中です...