27 / 146
第二章
はじまりの場所
しおりを挟む
一日中、陽のささない地下街では家屋の明かりや街灯の松明の篝火が光源となる。場所によってはまったく明かりのない場所もあり、そんな暗闇を好んで動く者たちもまた多い。
だがそんな中、街灯の灯された道をひとり歩む少年がいた。
ゆらゆらと揺れる篝火が彼の顔を照らすと、影を帯びつつもその類稀な美しい造形を浮かび上がらせる。そして伏せられたまつ毛の下ではアメジストと見紛うばかりの輝きを放つ紫色の瞳。
ひと目から身を隠すものたちは、地下街といえどもフードなどを深くかぶり顔を隠すものだ。
だがその少年はいくつかボタンがなくなり所々素肌をさらけだした薄汚れたシャツをだらしなく着用し、裾は擦り切れひざが破けたズボンという出で立ちのまま、その美しい顔だちを隠すこともせずふらふらと街頭を歩んでいる。
闇の中から、家屋の中から、街灯の影から、いくつもの目がその少年の姿をとらえていた。
だがそんな視線に気づかない少年はふと足を止めると辺りに視線をはわせ、半壊した家屋に視線を固定する。
屋根も崩れ落ち、見るからに住人がいないその家屋に向かって少年は再び歩みを進めた。
(あいつの今日の寝床はあそこか……)
そんな少年の姿を遠目に物陰からとらえていた数多の目は、同時にそう心の内でつぶやいた。
地下街を訪れる人間はそこで営まれる闇商売を目当てにくるものも多いが、こうして行き場をなくした人間のゴミ溜めでもある。
人身売買を生業とする者たちから見れば商品が自分からやってくるようなものだ。
誰かの舌舐めずりの音が闇の中で聞こえるようだった。
寂れた風貌のその美少年――アレクは、目当ての家屋の開け放たれた扉をくぐり、足を踏み入れた。
「変わってない……」
バロンの屋敷でマーリナスに保護されてから二か月あまり。
たいして時間も経っていないのだから当然なのかもしれないが、日々喧嘩や争いごとが勃発するこの地下街では変化しないものなどないに等しい。
この家屋はアレクがロイムとよく寝泊りに使っていた場所だった。
特に誰の物と決まっているわけではないので、家を出た途端に違う浮浪者がいすわり中に入れなくなることもままあったが、今日は幸運なことに先客がいないようだ。
薄暗い地下街で明かりひとつないその家屋は、さらに薄暗く静まり返って不気味さを増していたが、それでも外部を遮断する崩れかけの壁や扉があることが中にいるものの心を多少落ち着かせる。
結果的にそんなものは、この地下街に住う者たちにとってなんの障害にもなり得ないのだが。
後続の追跡班はどこに身をひそめているのだろうか。わかりやすいように通りを真っ直ぐ歩んできたので見失うことはないはずだ。
アレクは藁の散乱している家屋の角にひざを抱えてうずくまり頭を伏せた。
一晩こうしていればきっと迎えがやってくる。いまはただ黙ってそれを待つしかない。
暗い家屋の中でそうして身を縮めたアレクを見つめる、ふたつの目がある。
身をすっぽりとローブで覆い隠し、その正体を目にすることは叶わないが、アレクのいる家屋と隣合わせにある建物の物陰から、じっと視線を向けるその影は半壊した壁の隙間からアレクの姿を確実にとらえていた。
「間違いない……あれは……」
そう小さく言葉をもらして彼はひっそりと追跡の呪文を口ずさむと、アレクに向けて解き放った。
これで万が一、姿を見失っても半径五百メートルの範囲内なら追っていける。
そう、彼はベローズ王国警備隊に同行してきた男。ケルト・リッシュである。
本当ならここでアレクのもとにかけ寄り、こんな危ないことはやめろと手を引いて逃げ出したい気持ちで山々だったが、ケルトが視線を移した先にはふたりの人影があった。
追跡班だ。
見張りがいる以上、不用意に行動は起こせない。作戦を邪魔したと知れ渡ればケルトとて無事でいられるかはわからないのだ。
「警備隊の目を盗んでここに先回りできたのは良かったけど、これからどうすれば……」
ひとりでブツブツと言葉をもらし、ケルトは結局アレクをそばで見守ることにした。
状況を見てアレクを連れだすしかない。
そう方針を固めたケルトの瞳は時折、薄らと紫色の輝きをまとわせ輝いた――
だがそんな中、街灯の灯された道をひとり歩む少年がいた。
ゆらゆらと揺れる篝火が彼の顔を照らすと、影を帯びつつもその類稀な美しい造形を浮かび上がらせる。そして伏せられたまつ毛の下ではアメジストと見紛うばかりの輝きを放つ紫色の瞳。
ひと目から身を隠すものたちは、地下街といえどもフードなどを深くかぶり顔を隠すものだ。
だがその少年はいくつかボタンがなくなり所々素肌をさらけだした薄汚れたシャツをだらしなく着用し、裾は擦り切れひざが破けたズボンという出で立ちのまま、その美しい顔だちを隠すこともせずふらふらと街頭を歩んでいる。
闇の中から、家屋の中から、街灯の影から、いくつもの目がその少年の姿をとらえていた。
だがそんな視線に気づかない少年はふと足を止めると辺りに視線をはわせ、半壊した家屋に視線を固定する。
屋根も崩れ落ち、見るからに住人がいないその家屋に向かって少年は再び歩みを進めた。
(あいつの今日の寝床はあそこか……)
そんな少年の姿を遠目に物陰からとらえていた数多の目は、同時にそう心の内でつぶやいた。
地下街を訪れる人間はそこで営まれる闇商売を目当てにくるものも多いが、こうして行き場をなくした人間のゴミ溜めでもある。
人身売買を生業とする者たちから見れば商品が自分からやってくるようなものだ。
誰かの舌舐めずりの音が闇の中で聞こえるようだった。
寂れた風貌のその美少年――アレクは、目当ての家屋の開け放たれた扉をくぐり、足を踏み入れた。
「変わってない……」
バロンの屋敷でマーリナスに保護されてから二か月あまり。
たいして時間も経っていないのだから当然なのかもしれないが、日々喧嘩や争いごとが勃発するこの地下街では変化しないものなどないに等しい。
この家屋はアレクがロイムとよく寝泊りに使っていた場所だった。
特に誰の物と決まっているわけではないので、家を出た途端に違う浮浪者がいすわり中に入れなくなることもままあったが、今日は幸運なことに先客がいないようだ。
薄暗い地下街で明かりひとつないその家屋は、さらに薄暗く静まり返って不気味さを増していたが、それでも外部を遮断する崩れかけの壁や扉があることが中にいるものの心を多少落ち着かせる。
結果的にそんなものは、この地下街に住う者たちにとってなんの障害にもなり得ないのだが。
後続の追跡班はどこに身をひそめているのだろうか。わかりやすいように通りを真っ直ぐ歩んできたので見失うことはないはずだ。
アレクは藁の散乱している家屋の角にひざを抱えてうずくまり頭を伏せた。
一晩こうしていればきっと迎えがやってくる。いまはただ黙ってそれを待つしかない。
暗い家屋の中でそうして身を縮めたアレクを見つめる、ふたつの目がある。
身をすっぽりとローブで覆い隠し、その正体を目にすることは叶わないが、アレクのいる家屋と隣合わせにある建物の物陰から、じっと視線を向けるその影は半壊した壁の隙間からアレクの姿を確実にとらえていた。
「間違いない……あれは……」
そう小さく言葉をもらして彼はひっそりと追跡の呪文を口ずさむと、アレクに向けて解き放った。
これで万が一、姿を見失っても半径五百メートルの範囲内なら追っていける。
そう、彼はベローズ王国警備隊に同行してきた男。ケルト・リッシュである。
本当ならここでアレクのもとにかけ寄り、こんな危ないことはやめろと手を引いて逃げ出したい気持ちで山々だったが、ケルトが視線を移した先にはふたりの人影があった。
追跡班だ。
見張りがいる以上、不用意に行動は起こせない。作戦を邪魔したと知れ渡ればケルトとて無事でいられるかはわからないのだ。
「警備隊の目を盗んでここに先回りできたのは良かったけど、これからどうすれば……」
ひとりでブツブツと言葉をもらし、ケルトは結局アレクをそばで見守ることにした。
状況を見てアレクを連れだすしかない。
そう方針を固めたケルトの瞳は時折、薄らと紫色の輝きをまとわせ輝いた――
1
お気に入りに追加
313
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
もう一度、貴方に出会えたなら。今度こそ、共に生きてもらえませんか。
天海みつき
BL
何気なく母が買ってきた、安物のペットボトルの紅茶。何故か湧き上がる嫌悪感に疑問を持ちつつもグラスに注がれる琥珀色の液体を眺め、安っぽい香りに違和感を覚えて、それでも抑えきれない好奇心に負けて口に含んで人工的な甘みを感じた瞬間。大量に流れ込んできた、人ひとり分の短くも壮絶な人生の記憶に押しつぶされて意識を失うなんて、思いもしなかった――。
自作「貴方の事を心から愛していました。ありがとう。」のIFストーリー、もしも二人が生まれ変わったらという設定。平和になった世界で、戸惑う僕と、それでも僕を求める彼の出会いから手を取り合うまでの穏やかなお話。
誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
ハッピーエンド保証!
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。
※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。
自衛お願いします。
【完結】淫魔属性の魔族の王子は逃亡奴隷をペットにする 〜ペットが勇者になって復讐にきた〜
鳥見 ねこ
BL
「呪印を消してあげようか。キミが俺のペットになるなら」
魔王の第4王子ラシャは、瀕死になっていた若い人間の逃亡奴隷レオンをペットにした。
王子は魔族と淫魔の混血の影響で、生き物から細々と精気を貰わなければ生きられなかった。
逃亡奴隷は人間離れした強さを恐れられ、魔法封じの呪印で声を封じて奴隷落ちさせられていた。
利害が一致した2人は、呪印を消すために共に生活する。そうするうちに、心も体もお互いに依存していく。
そんな2人の別れの日は、必ず来る。
【逃亡奴隷のペット×魔王の第4王子】の話。のちに【勇者×魔王】となる。
※R18の話にはタイトルの後ろに✳︎がつきます。
※軽めのグロ・欠損あります。
※淫魔(インキュバス)の独自設定が出てきます。
※攻め視点のエロあります。
お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
人生やり直ししたと思ったらいじめっ子からの好感度が高くて困惑しています
だいふく丸
BL
念願の魔法学校に入学できたと思ったらまさかのいじめの日々。
そんな毎日に耐え切れなくなった主人公は校舎の屋上から飛び降り自殺を決行。
再び目を覚ましてみればまさかの入学式に戻っていた!
今度こそ平穏無事に…せめて卒業までは頑張るぞ!
と意気込んでいたら入学式早々にいじめっ子達に絡まれてしまい…。
主人公の学園生活はどうなるのか!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる