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第二章

はじまりの場所

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 一日中、陽のささない地下街では家屋の明かりや街灯の松明の篝火かがりびが光源となる。場所によってはまったく明かりのない場所もあり、そんな暗闇を好んで動く者たちもまた多い。

 だがそんな中、街灯の灯された道をひとり歩む少年がいた。

 ゆらゆらと揺れる篝火かがりびが彼の顔を照らすと、影を帯びつつもその類稀な美しい造形を浮かび上がらせる。そして伏せられたまつ毛の下ではアメジストと見紛うばかりの輝きを放つ紫色の瞳。

 ひと目から身を隠すものたちは、地下街といえどもフードなどを深くかぶり顔を隠すものだ。

 だがその少年はいくつかボタンがなくなり所々素肌をさらけだした薄汚れたシャツをだらしなく着用し、裾は擦り切れひざが破けたズボンという出で立ちのまま、その美しい顔だちを隠すこともせずふらふらと街頭を歩んでいる。

 闇の中から、家屋の中から、街灯の影から、いくつもの目がその少年の姿をとらえていた。

 だがそんな視線に気づかない少年はふと足を止めると辺りに視線をはわせ、半壊した家屋に視線を固定する。

 屋根も崩れ落ち、見るからに住人がいないその家屋に向かって少年は再び歩みを進めた。

(あいつの今日の寝床はあそこか……)

 そんな少年の姿を遠目に物陰からとらえていた数多あまたの目は、同時にそう心の内でつぶやいた。

 地下街を訪れる人間はそこで営まれる闇商売を目当てにくるものも多いが、こうして行き場をなくした人間のゴミ溜めでもある。

 人身売買を生業なりわいとする者たちから見れば商品が自分からやってくるようなものだ。

 誰かの舌舐めずりの音が闇の中で聞こえるようだった。

 寂れた風貌のその美少年――アレクは、目当ての家屋の開け放たれた扉をくぐり、足を踏み入れた。

「変わってない……」

 バロンの屋敷でマーリナスに保護されてから二か月あまり。

 たいして時間も経っていないのだから当然なのかもしれないが、日々喧嘩や争いごとが勃発するこの地下街では変化しないものなどないに等しい。

 この家屋はアレクがロイムとよく寝泊りに使っていた場所だった。

 特に誰の物と決まっているわけではないので、家を出た途端に違う浮浪者がいすわり中に入れなくなることもままあったが、今日は幸運なことに先客がいないようだ。

 薄暗い地下街で明かりひとつないその家屋は、さらに薄暗く静まり返って不気味さを増していたが、それでも外部を遮断する崩れかけの壁や扉があることが中にいるものの心を多少落ち着かせる。

 結果的にそんなものは、この地下街に住う者たちにとってなんの障害にもなり得ないのだが。

 後続の追跡班はどこに身をひそめているのだろうか。わかりやすいように通りを真っ直ぐ歩んできたので見失うことはないはずだ。

 アレクは藁の散乱している家屋の角にひざを抱えてうずくまり頭を伏せた。

 一晩こうしていればきっと迎えがやってくる。いまはただ黙ってそれを待つしかない。

 暗い家屋の中でそうして身を縮めたアレクを見つめる、ふたつの目がある。

 身をすっぽりとローブで覆い隠し、その正体を目にすることは叶わないが、アレクのいる家屋と隣合わせにある建物の物陰から、じっと視線を向けるその影は半壊した壁の隙間からアレクの姿を確実にとらえていた。

「間違いない……あれは……」

 そう小さく言葉をもらして彼はひっそりと追跡の呪文を口ずさむと、アレクに向けて解き放った。

 これで万が一、姿を見失っても半径五百メートルの範囲内なら追っていける。

 そう、彼はベローズ王国警備隊に同行してきた男。ケルト・リッシュである。

 本当ならここでアレクのもとにかけ寄り、こんな危ないことはやめろと手を引いて逃げ出したい気持ちで山々だったが、ケルトが視線を移した先にはふたりの人影があった。

 追跡班だ。

 見張りがいる以上、不用意に行動は起こせない。作戦を邪魔したと知れ渡ればケルトとて無事でいられるかはわからないのだ。

「警備隊の目を盗んでここに先回りできたのは良かったけど、これからどうすれば……」

 ひとりでブツブツと言葉をもらし、ケルトは結局アレクをそばで見守ることにした。

 状況を見てアレクを連れだすしかない。

 そう方針を固めたケルトの瞳は時折、薄らと紫色の輝きをまとわせ輝いた――
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