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第一章

テスト結果

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 一枚目は言語に関する問題だった。

 この世界の言語は大まかにわけて三種類ある。大半が標準語となるリレス語の問題だったが、後半いくつかの問題は残りのメロリア語、ジーメル語の翻訳が要される。

 そこでアレクは一度手を止め、じっとその問題に視線を落とした。その様子をロナルドは始終目を離さずに見つめる。

 アレクは結果的にその問題には手をつけなかった。だが解答欄には一度万年筆の先をつけた染みがポツリと残されている。それは書こうとしてやめた、そう取るに十分の行為だった。

 それに加えてアレクの視線が文字を追うように横に動き、下の段に下がってまた横に動いていたのをロナルドは確かに見ていたのだ。

(おいおい……多種語も読めるとかいわないよな)

 マーリナスからアレクが貴族の出身の可能性があると聞かされていたロナルドは、当然アレクが文字を書けると踏んでいた。

 だからアレクが万年筆を握り、よどみなく文字を書き始めても驚いたりはしない。だが、多種語を読めるとなると話は変わってくる。

 貴族の教育で識字を習うのは当然のことだが、当然自国語――つまり大概はリレス語のみを習う。使用用途の少ない多種語にまで手を伸ばす敎育というのは滅多にない。

 リレス語以外の語学を習得している人間は、警備隊の中にはおそらくいないだろう。

 その後のテストは歴史、計算、法律と続き、アレクは制限時間内にそのほとんどの問題を解いてみせた。

 一番回答率がよいのは計算問題で、悪かったのは法律問題。

 アレクの前で採点はつけずに問題用紙を駐屯地の自室に持ち帰ったロナルドは、すべての採点をつけ終わり天を仰いだ。

「誰か嘘だといってくれ」

 もちろんその声は誰にも届かないが、ロナルドは心の底からこれが夢であればいいのにと思うほかない。

 デスクの上に並べられた四枚の問題用紙。うち計算問題は満点、語学はアレクが手を止めた多種語以外は満点。歴史はただひとつの問題を除いて満点だったが、ロナルドはうなりながらその問題文をにらみつけていた。

 その問題は『ユンメル王朝時代の第三王朝を築き上げたユンメル三世の母は誰か答えよ』というものだったが、それに対するアレクの解答は、

『ユンメル王朝時代の第二夫人ベロリアル・モンテキューは婚姻をせずに子供を産み落とした。内縁の妻の子であるユンメル三世は称号こそ授与されたもののそれ故に王として認められず、他国へと派生して新たな王朝を築き上げたが、ユンメル王朝の古代文献によればユンメル第三王朝の王名には第三夫人アシアン・アレクドロスが産んだメロリアン三世の名前が刻まれている』

 という問題文の錯誤さくごを指摘したものだったからだ。

「いったいどこの誰がこんな指摘をできるっていうんだ……」

 一般的に教育で使用される歴史書物には第三王朝の王名はユンメル三世の名で記されているため、ロナルドが作成した問題が間違っているとはいいがたい。

 いうなればアレクが指摘したのは「歴史の裏の顔」である。

 歴史というのは学者と当時の王によって、都合よく解釈されねじ曲げられて伝えられることがままある。

 もしアレクの指摘が正しいとするなら、このユンメル王朝にまつわる表の歴史は、おそらくユンメル王が内縁の妻であったベロリアルとの不義を隠すために書き換えられ、その子のユンメル三世の名が第三王朝の王名として刻まれたのだ。

 だがそんなことを知る人間が、この世にどれだけいることか。

 ロナルドとてその真偽はわからない。

 だが確実にわかったことがひとつ。
 それはアレクが「並外れた教育を受けた者」であるということである。

 そしてロナルドがさらにあたまを抱えたのは、もっとも点数の悪かった法律問題である。

 法律問題に関しては、民法から国家中枢に関わる政治的法律に至るまで幅広く出題していた。

 そしてアレクが落とした出題は、見事なまでに「国家中枢」に関わるものだけだったのだ。

 それは国家中枢部にいなければ理解できない問題であり、通常の教育範囲を超えたものであるから解けなくて当然なのだが、「中枢部」と「それ以外」を見事に線引きした解答に、これまたロナルドはうなるしかない。

 この他のアレクの学力を見る限り、「わからなかった」というのは疑わしい。

 ならば。

「一般人が知り得ない情報だと認識して、わざと避けたか……」

 たんなる深読みならばいい。
 だがもし「わざと」解答しなかったのだとしたら。

 ロナルドはデスクに肘をつくと、あたまを抱えて深々と嘆息をつく。

 その顔は青ざめているようにも見えた。

 もし意図的にアレクが国家中枢部に関わる問題を避けたのなら、それは「知っているから避けた」ということになり、そこから導きだされる可能性は、アレクが国家中枢部に関わりがある人物――つまり王族かそれに準じる者の可能性が極めて高いということに、他ならないからである。
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