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side レオンハルト 1

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「悪かったな、こんな事に付き合わせて」
「いいや?セイラの安全にも関わる事だしな、見とくに越したことないだろうよ」
こともなげに返しつつ、リュートもやや苦い顔付きだ。

二人が今歩いているのは王城の中の外れもはずれ、基本王族も高位の貴族も出入りする事などまずない筈の薄暗い場所__いわゆる"罪人の塔"と呼ばれる場所だった。
ここで先程キャロルという元子爵令嬢のが行われたのだ。
元々取り潰された家の娘、係累も散り散りになっていることから見届け人も遺骸の引き取り人もいない。
だが、レオンは敢えて見届けておく事にした(もちろん当の本人からは見えない場所から)。
元々とっくに追放したものと気にもしていなかった小娘にあんな裏をかかれ、しかもセイラに害なす所だったなど許せるはずがない。
それに今回の事は国家第一級反逆罪でもある。
必要な情報を抜き取った後は生温い処罰にするつもりも、これ以上生かしておく道理もなかった。

セイラに言うつもりはない。
処分は自分に一任してもらう、と言った時から薄々気付いてはいるだろうが敢えて訊いてくる事もないだろう__憂いは取り除いておくに越したことはない。
セイラとの未来のために。

そう思いながら、レオンは初めてセイラに会った時の事を思い返していた。





*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*

セイラとの出逢いは王城の一室だった。
五才下の弟王子の十才を祝うという名目で集められた各家からの側近・王子妃候補の品定め。
幼い頃からラインハルトの美貌は際立っており、集まった令嬢がたの興奮ぶりが凄かった。

国王夫妻始め俺も一応その場にいたのだが、ガキの集まりを見ていても仕方ないので適当に抜けようとしたところに、先程弟に挨拶していた令嬢がラルを囲む輪に弾かれたのか抜けてきた。

会場はラルと周りの子供を中心に、壁際でそれを微笑ましく見守る大人(と見せ掛けたハイエナの群れ)が埋め尽くす格好だったのだが、彼女の視線は壁を一周し、何故か俺の元でぴたりと止まった。

またか、と俺は思った。

金髪かそれに近い色が八割を占める我が国において真っ白な髪に赤い瞳という組み合わせの俺は異質だった。
元々金髪が多数の国で父である国王が金髪碧眼であるから、王族は金髪碧眼という先入観があるらしい。
俺を見た相手は一瞬固まったり怯えたりするのが普通で、固まった挙げ句、直ぐ様それを取り繕おうとするのが常だった。
そして最初ぎょっとした事などなかったかの様に褒めちぎりだす。
その繰り返しにうんざりしてこういった集まりはほとんど出ないのが常になっていた。

(今日もバックれておくべきだったか……)
そう思ったレオンだったが、その子供はそんな反応は一切みせず、
「レオンハルト殿下?」恐れげもなく黒い瞳をぱっちりと開けて確認してきた。
確か彼女が産まれた時に母と祝いを述べに行ったが、それ以来会うのは初めてだ。だから確認するのはわかるが……?

不躾な物言いよりその瞳が気になった。
何て真っ直ぐな瞳で俺を見るのだろう。
怖いと思わないのか?影で“不吉“だ“死の色“だと言われてる色の俺を。
 
最も金髪の母親でなく、父親の真っ黒な髪と瞳を受け継いだ彼女もこの広間では若干浮いてはいたが。
が、側近で友人でもあるリュートの妹を邪険にする訳にもいかない。
「そうだが……、私に何か用でもあったか?」
「お兄様から聞いて一度お会いしたいと思っていたのです。初めまして、レオンハルト殿下。ローズ伯爵が娘、セイラ・ローズと申します。お会い出来て光栄です」にっこり笑って淑女の礼をしてきた。十歳にしては大人びた様子に面喰らう。
(弟狙いで来たんじゃないのか?)
とも。

いや、そういえばラルにも先程同じように誰よりも優美に挨拶をしていたが、弟は軽くあしらってそのすぐ横にいたプラチナブロンドの少女の名を尋ねていた。
(嗚呼そういう事か)
ならば、少しは話相手になってやらはねばなるまい。
親友リュートの妹であるのだし。
そう考えてる間にも一切逸らさずじっと自分を見つめる瞳にさすがに居心地が悪くなり、
「俺の顔に何かついてるか?」
と問えばびくっとしたが次の瞬間、
「申し訳ありません!殿下の瞳があまりに綺麗なので見惚れておりました!」
と頰を染めて頭を下げてきたのにはこっちが面喰らった。

(__は?)
という心境の俺の顔はさぞ間が抜けていたと思うのだが彼女はそれには構わず、
「殿下の瞳はどんな極上の宝石よりも美しい色をなさっておられるのですね!まるで白い光の中に紅い宝石が浮かんでいるみたいです」
と嬉しそうに宣い、俺はぽかんとした。
その後も放っとくと浮くような美辞麗句が延々続きそうだった為、
「えーと、セイラ嬢?」
「はい?」
「……庭に出てみないかい?」
「はい!」
これまた嬉しそうについてきた。
周りがざわりとした気がしたが知るか、場所を移さねばやってられない。

「宝石のようっていうのは普通、青い目の事を言うんじゃないのか?
「色は関係ないですよ?」
「関係ない?」
「はい。私が見てるのは”何色をしてるか”ではなく”どんな光り方をしてるか”ですから」
(わけがわからん)
顔に出てたのだろう、
「殿下の瞳は対峙した物をその冷静な光で射抜く目です。これから沢山の物を見聞きする事で別の光を得、さらなる輝きを増して行く事でしょう。願わくばその光が滞る事がない様に。そう祈りたくなってしまう瞳だったので、つい。ご不快でしたでしょうか?」
「いや、不快ではないが」
そんな事は初めて言われた。
不覚にも赤面しそうだった。
その後の会話で気付いたのは彼女の発言は計算でも媚びでもなく、純粋に綺麗だと思ったから言った事、行動にも言葉にも裏表がないのは幼さ故かと思えば妙に聡くて鋭くて責任感が強い。

(さすがあの曲者伯爵の娘でリュートの妹……)
リュートにはあまり似ていないが、その時から妙に気になる存在となった。

その時はただ気になる子供でしかなかった彼女が、その後兄と共に良く登城する様になった。
会う度に心底嬉しそうに駆け寄ってくる姿に、気が付けば頬が緩む様になっていたのはいつからだったか。
そんな様子を見た母や祖母が婚約者候補に挙げたのは自然な流れと言えるだろう、自分も彼女なら良いと思った。


だが年齢の事(と彼女の父伯爵の反対)もあって一旦宙に浮くかと思った婚約話だったが事件が起こった。
王城内に暗殺者が進入したのだ。
辺境からきた令嬢と偽って近付いてきたハニートラップにかかったのはまだ若い門兵と自分。
自分が間抜けな罠にかかったと気付いたのは目の前の自称令嬢に斬りつけられると同時。
場所は庭園ではあったが深い茂みに囲まれ外からは見えず、こういった時には従者も茂みの外で待機が普通であったから、単純ながら的を射たやり口だったと言える。
咄嗟に身体をずらしたので心臓をひと突きにされるのは免れたが、免れただけだ。
心臓の横数センチの場所から多量の血が吹き出した。
声もあげられずとどめとばかりに降り下ろされる刃を止めたのは、
「止めなさい慮外者!!」
と叫ぶ子供の声。
一瞬動きを止めた暗殺者だが、相手が子供一人とわかると薄く笑って再度刃を振りかぶる。
「止めなさいと言ってるでしょう!」
と言い放つ彼女から今度は魔法が放たれる。
それを受けた暗殺者は、その刃を自身に突き立てて倒れた。
「?!」
 駆け寄ってきた彼女はそんな暗殺者の様など一顧だにせずに、
「殿下、傷を!!」
とレオンの傷口に手を当てる。自身の手が血にまみれるのも頓着せずに。
展開についていけず呆然とする自分の傷口は、彼女が手を触れると暖かなものが流れ込みあっと言う間に塞がった。
それを確認し、
「衛兵!レオン様の命を狙った不届き者が城内に侵入しています!一人は衛兵に身をやつし、まだ近くに潜伏している可能性があります!各自現在自分の一番近くにいる者の身元確認をまず行って下さい!!」
そう叫んだ後まず駆け込んできた従者は、場の異様さに息を呑んだ。
令嬢らしき娘が胸を突いて倒れ、十歳の少女がレオンの胸元に手をあてているのだから。
「殿下、これは……?」
「この女が暗殺者だったのです。殿下の傷は塞ぎました。衣服の血はどうにもなりませんので早く着替えを」
「……君の方こそ血塗れだぞセイラ嬢」
血塗れの自分にあんなにべたべた触ったりするから。着ているドレスが台無しではないか。

言われて自分の手元と服を見やり、「ああ、申し訳ありませんお見苦しい所を」と謝罪してくるものだから、
「そうじゃないだろう!!」
と思わず怒鳴る。
普通、十歳の子供があんな場面に遭遇したら、悲鳴をあげて逃げるか固まるのが普通だ。
なのに何故彼女は俺の心配だけしている?
着ている服を血塗れにしてまで、間抜けなハニートラップにかかった俺の傷を癒す?
「私は回復魔法が得意ですから、まず殿下の傷を治さなければいけないと思いまして」
「暗殺者がすぐ側にいたのにか?」
「あれも魔法で。”ミラー”をかけたのですわ」
 ”ミラー”又は反射魔法とも呼ばれるそれは相手の術を跳ね返す。
だが普通は魔法攻撃に対して有効なもののはずだ。
器用な術者なら魔法が介在しない殺意なども自分に向けさせたり出来るらしいが__だがどちらにしても相手の目の前で対峙する必要があり、同等又はそれ以上の魔力がなければまともにくらって終わりという諸刃の剣だ。

それを、十歳の子供がやった?
「何故、そこまで?」
それは、自分オレが王子だから。
という答えがわかっている筈の問いだったが、
「えーと……私が嫌だから?」
可愛いらしく小首を傾げて言われた台詞はまたも予想を覆す。
「どんな宝石も光をあてなければ輝きませんよね?殿下の瞳を輝かせているのは殿下の生命力、命の輝きですわ。それが失われてしまうのは嫌でした。ですので、強いて理由を申し上げるなら”私がそうしたかったから”ですかね?」
「………」何なのだこの娘は。
この瞳と髪は自分でも好きではなかった。
自分が人から忌み嫌われるのはそのせいだと心を閉ざして、死んだ魚のような目をして生きてきた気すらするのに。
この子は、綺麗だから守りたいと言う。
「……そうか……。なら、私はこの宝石(自分では言うのは少々気恥ずかしいが)をもっと輝かせる努力をしなければいけないな。そうしたら君は近くで見張っていてくれるか?」
こんな風に晴れやかな気分で笑うのはいつぶりだろう?
「はい!殿下の傷は必ず私が一番に治しますから!」嬉しそうな子供の声が返り、
(全く、敵わないな……)
微妙にズレた回答をされた気がするが、この様子を近くまで駆けつけてきて傍観していた王妃や側近達はすぐさま行動を開始した。

が、この後の方が大変だった。

まず、彼女の父親であるローズ伯と兄であるリュートが難色を示した。
当時から“是非自分の娘を“という貴族は多かったし、その令嬢方はいかにも貴族然とした気位が高く年齢も十三~十八ときていたからこの中に十歳のセイラを放り込むのは酷であったし、ローズ伯は「王家に娘をやるつもりはない」と言い切った。
何故かと尋ねれば「こんな魑魅魍魎が跋扈する場所に娘をやれる訳がない」と返された。
「殿下もご覧になった通りセイラは感覚が鋭く、自分に向けられた好意も悪意も、そのまま受け止めてしまうから」と。

実際何故彼女があの場にかけつけられたかと言うと、
「庭園を散策中迷い子になって宮に戻る道を探していたら、何か嫌な感じのする男をみかけて後をつけたら(実際にはロッドハルトの誘導だったわけだが)あそこに着いた」からだそうだ。
要するにあの暗殺者には共犯がいて、それが衛兵に身をやつして側で見張ってたのだ。
仕留め損なった時にはとどめを、相棒が捕縛された時には口封じする為に。

そして何故まず自分の一番近くにいる衛兵を確かめろといったかと聞けば、
「全員集めて点呼なんて流暢な事をしてたら逃げられます。同じ持ち場同士ならいつもと違う顔触れがいれば気がつくでしょう?」
ときた。
実際その結果偽の衛兵は無事捕縛された。
どういう十歳だ?
ローズ伯が言うには「娘は四~五歳くらいからそういった感覚が鋭く、放っておくと自分でさっさと確認に行ってしまう為そういった事態への対処も教えざるを得なかった」そうだ。
教えたら教えたで好奇心の塊で、覚えた事に対しどんどん質問しては吸収し今に至るとか。
そんな娘をみすみす王家に渡すつもりはさらさらないローズ伯と、どうしてもレオンの妃にと望む王家側とで話は暫く平行線だったが、
「その能力は彼女自身が王城に身を置くうちにコントロール出来る様になるはず、こちらからも万全のサポートをする」
「他の令嬢たちにも手は出させない、きっちり遠ざけて守る」
という母と王太后の援護射撃に、
「自分は彼女が年頃になるまで諸国を廻って見聞を広め彼女が宝石だと言ってくれた瞳を磨いて来る。そして戻ってきた時に必ず改めて彼女に求婚するのでどうかそれまで誰からの縁談も受けないで欲しい」
 と説得を重ねると、
「貴方が他に妃を娶らず、年頃になったセイラが貴方との結婚を本気で受け容れたならば」
という条件付きで内諾を得た。

リュートには「ローズ伯には内諾を得たから逐一セイラの様子を知らせて欲しい」と頼み、ローズ伯夫人にはこっそりお忍びで訪問しては将来の義理の息子からですと贈り物持参でセイラの好みを聞き出して懐柔し、二歳下の弟には「お姉さんは将来僕のお嫁さんになる人だからそれまでしっかりお姉さんを守って欲しい、代わりに君に好きな人が出来たら必ず僕が一緒になれるように協力する」と説得し続けた。
姉が大好きな弟は最初は渋ったが、「姉弟では結婚出来ない」と諭して何とか味方にするのに成功した。

こうして婚約者候補に加わったセイラだが、本人は単に大勢いる候補の一人に混ざった(父親がそう教えてたのだから当然だ)のはレオンを暗殺者から守ったからなんだろうなとか、殿下が会う度「必ず君を妃にする」と言ってくるのも候補へのリップサービス(要するに候補全員に言ってると思っていた)くらいにしか考えておらず、よって”結婚”などというのは全く意識していなかった。

会えば兄同様に子供らしく懐くのをやめなかったセイラに対し、十二歳を越えた辺りから急に大人びてきたセイラを一人の女性として意識しだしたレオンは会う度に翻弄された。
セイラ以外欲しいと思わないが盛りの点いた雄の本能は雌を求めた。
そういった昂りを沈める為に高級娼館に行く分にはリュートは責めなかったが、「セイラには知られるなよ?」と念を押された。
俺もセイラに軽蔑されるのだけは避けたかった。
当のセイラは兄と同じ年齢のレオンが自分をそんな風にロックオンしているとは夢にも思わず無邪気に接していたので、レオンは自分がいつ暴走してしまわないか不安にかられ、更に自国にいれば王子妃狙いのハイエナどもがうようよ寄ってくる為婚約を先延ばしにする意味もあって留学や外交という名目で距離を取っていたのだ。

セイラが年頃になるまで。

勿論、年に何回かは帰国してセイラの周りにヘンな輩が湧いていないか確認し、隠密を放ち目を光らせ、セイラへの求婚話を徹底的に潰し、「何かあれば即座に知らせろ」とリュートに念を押して悪い虫がつかない様に見張らせた。
勿論リュートは「セイラが本気で好きな相手なら邪魔はしない」という条件の下で、だ。
その甲斐あって(?)セイラに表立って求婚する者はいなくなった。
勿論、まめに手紙のやり取りをし、異国でみつけた珍しい細工の物を一緒に送ったりも欠かさなかった。
異国で何を見ても、セイラに似合うか似合わないかを常に考えるようになった。
彼女の黒い髪は金髪の女性とは似合う色が違う。
出会った当初は母親と同じ金髪でない事に若干コンプレックスを持っているようだったが、そんな必要はない。
セイラの髪は誰よりも綺麗だ。
そう思って彼女の好みかつ似合う物を探して、もう自分の白い髪も全く気にならなくなって、心からの笑みを浮かべられるようになって、気がつけば周囲に人が増えていた。

セイラが十三歳の誕生日に会ってからは一年空いた。自分の理性に自信がなかったからだ。
十三の時でさえ、セイラは触れたくて堪らなくなるくらい眩しい少女だった。

そしてセイラの十四の誕生日、目の前に現れた彼女は。

腰まで伸びた髪と相まって、
(たった一年でこんなに成長するものなのか……?大体何なんだその胸反則だろう!育ちすぎだ!!)
とレオンが驚愕するくらい立派なレディ(胸がレディへの条件という訳ではない)へと変貌を遂げていた。
眩しくて正視出来ずに目をそらすと、怪訝な顔で距離を取られた。

後でリュートに訊いたら「セイラなりに危険を察知しただけだから問題ない」と言われたが良くないだろうそれは。
実際すぐにその場で押し倒したかったが察知したリュートからすごい目で睨まれて正気に返り、ローズ伯に話を通し婚約・結婚式の準備をすぐに始めた。同時に彼女をここに迎える準備も。
婚約者の名は二十歳の自分の誕生日当日まで伏せるとしたのは、まだ自分の娘を王子妃にするのを諦めきれない貴族への牽制と彼女自身の保護の為だが、セイラへのプロポーズは彼女が学園に入学してすぐにするつもりだった。

__実際には入学してすぐ彼女が倒れてしまった挙句婚約者辞退などと言い出した為、あんな事になったのだが。
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