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「ああ!わたしが命からがら火急の報せをもって駆け込むヒロインなら貴女は野蛮な男共に散々陵辱されてボロボロになった悪役令嬢ー…なんて素敵なのかしら!」
そう恍惚と語るキャロルは背後に立つ人の気配が変わったのに気付いていない。
その人は音一つ立てる事なく、すっとキャロルの背後に立つと軽く首の付け根に手刀を落とし昏倒させた。
「__ほんとに良く喋るよね。聞いてるだけで頭がおかしくなりそうだ」
倒れるキャロルを受け止めながらもその表情に感情は読み取れない。
魅了魔法にかかってるようにも見えない。
それを裏付けるように、さっさとキャロルを床におろすとその人は牢のカギを開け私の側にやってきたかと思うとさっと掌をかざし、枷を解錠した。
「……?……」お礼を言うべきだろうか。
いや、でも解錠出来たって事はこの枷用意したのもこの殿下ひとだって事で__わけがわからない。
そう疑問を口にする前に私の口元を濡れた布が覆った。
「っ……!」
息を止めようとしたが間に合わず、強い薬品臭に私の意識はまたも途絶えた。



目が覚めた時、私は見た事のない天井の部屋に寝かされていた。
手足の自由は奪われておらず、ドレスこそ楽な部屋着に着替えさせられてはいるが、きちんとベッドメイクされた部屋に寝かされていた。
それなりに整えられた部屋ではあるが、扉の手前はきっちり鉄格子で仕切られている。
「…………」
(虜囚なのは一緒か……ここは?)
「気が付いた?ごめんね、手荒な事して」
「殿下……」
グレーの髪に深い青(群青に近い)の瞳、身長はレオン様とさほど変わらない。
レオン様の方が鍛えているのでやや大きく見えるが、公式設定では二センチ差だったはず。
ミリアム妃殿下の産んだ第一王子。
学者肌の研究好きで社交をあまり好まず、最低限しか顔は出さないが、政務においては非常に優秀でレオン様とは良きライバルだったはず。
私もたまに会った際には挨拶と雑談を交わす程度には知っている、いや知っていたと言うべきか?
この人が、黒幕なのだとしたら。

「心配しなくてもいいよ。あの頭のおかしい女の子が君にけしかけようとしてたけだものたちはまとめて動けないようにしといたから、君が襲われる事はない。君に付けといた枷も、あの子の方に付けといたから」
(何故?)
この人はキャロルの味方じゃないのか。なら、何故私を捕らえたんだろう?
いや、あの式典にならず者達を手引きしたのもこの人だろう。でないとあの場所にあのタイミングでの襲撃は不可能だ。

「わからないって顔してるね?」
 面白いものを見る顔で言われても、どう答えたものかさっぱりわからない。
「少し話をしようか」
 そう言って、その人は私の横に腰掛けた。

「盛大な式だったね」
「………」
「王族の結婚式でも、あんな顔触れみた事がないよ。あれでただの王子の誕生日式典及び婚約者のお披露目に過ぎないとか、まず有り得ない」
何が言いたいのだろう?
「君のー…」
「え?」
 どこか痛そうな顔で紡がれた言葉が聞きとれず、私は訊きかえす。
「参ったな……この状況で全く警戒心なしとか。レオの苦労がしのばれる」
拐った相手だし、警戒してないわけではないけれど、助けてくれたのも確かで。
その瞳に恨みや憎しみが浮かんでるわけでもない。

(て事は、えぇと…?考えられるのは、)
「あの式典では、僕が君の隣に立ちたかったよ」
ラインハルトが脱落したいま王太子争いだろうか、と考えたところに意味不明な台詞が飛び込んできた。
えぇと、空耳?
「??」
「やっぱり、気が付いてなかったんだ?僕は君が小さな頃からずっと君を見てたのに。レオじゃなく僕の妃になってくれたらってずっと思ってたのに」
 言われた内容は衝撃だがあまりに言い方が淡々としてたから、
「冗談……ですよね?」
 としか言えなかった。そんな私に構わず、殿下は続ける。
「ねぇセイラ、初めて逢った時の事を覚えている?」
「はい、もちろん」
初めて登城してからまださほど経ってはいない頃、私が城の庭園で迷子になった時、ちょうど私は出口かそれを聞ける人を探してゴソゴソ動きまわった結果、この第一王子殿下の読書中の場所に転がり出てしまったのだ。
「あの時はびっくりしたよ。__でも、その後の君の行動の方が驚いた」
 え。
何か驚かせるような‘事しましたっけ?
「あの時君は誰よりも優美な淑女の礼をとって謝った後、」
「__道を、教えていただきましたよね?」
「訊かれたからね。で、その後じっと僕の目を見つめてこう言った。僕の髪と瞳は、大地と森の色だと」
「はい」
 グレーの髪は人の手の入ってない大地の、どこまでも深い青色の瞳は深すぎて人の入りこめない森の奥にある湖のような色だと思ったから。
綺麗だと思った。
そしてそれに合う清冽な光りを纏った人だとも。
それは今でも変わらないのに。

改めて疑問に思う、何故こんなことをしたのか?
疑問を抱えてその人を見つめるとどこまでも静かな目が返ってきた。
「僕はね、セイラ。この瞳も、髪の色も嫌いだった。どこか燻んでいて、鮮やかさも華やかさも全くなくて」
そんなことはない。グレーの髪に青い瞳が地味だったら黒髪黒目の私なんかどうなるのだ。
「そんな事ない、て顔だね。まあ、そうだね。そんなのは言い訳だ。地位や身分、本人の気質や自信、纏う雰囲気。見た目はそれらに左右される。あの会場の君は誰より艶やかで輝いてた。__本当に綺麗だったよ」
誉め言葉にお礼を言うべきだろうか。でも、会場では笑顔でお祝いを言いながら、こんな計画を立てていた。

 何の為に?

 ぞくり、と私の背筋に震えがはしる。

目の前の人が急に知らない人になってしまったかのようで視線はそらせないまま、少しでも距離を取りたくて私は後ずさる。
それに気付いたロッド殿下の瞳はのレオン様に良く似ていて、
「っ!」
 私が立ち上がって離れようとした刹那、強い力で自分の元へ引き寄せた殿下が笑う。
「やっと、気付いた?」
言いながら付けられる唇から逃げようとしたが、強い力で頭を抱き込まれて逃げられず、口づけは深くなる。
「っ!」
 嫌だ。
やめて。
あの時もそう思って、言おうとして、言えなかった。
息が出来ない。

私が呼吸困難になる前に唇が離される。
抱き込まれたままの体勢は変わらないが。
驚愕に見開いた私の目に映ったのは、私を押し倒した時のレオン様と同じ光を放った青い双眸。
殿下の、目当てが、私?
そんな馬鹿な!ヒロインじゃあるまいし!
脳内会議があの時と同じパニックをおこす。
「どう、して……?」
「好きになったから」
確かにこういう事は理屈じゃなくて感情ですが、答えになってません殿下!
なんて突っ込みが出来る筈もなく。
「あの頭のおかしな子も、レオも、国同士の思惑も、どうでもいいよ。僕は君が欲しかった」
そのまま体重をかけてのしかかられて押さえつけられてしまう。
しかもここはベッドの上だ。
「嫌っ……!」
 漸く出た声に、ロッド殿下の動きが止まる。
「やっぱりレオじゃないと嫌?」
言い方は淡々としているが、瞳や体温が熱を帯びているのが嫌でも感じとれてしまう。

 嫌だ。
 怖い。

「怖いの?もう何日もレオの宮に入ってるのに」
入ってない。まだレオン様とはそんな関係じゃない。
「嫌なら目を瞑ってればいい。レオにだって、黙ってればわからないかもよ?」
違う。そういう事じゃない。
ロッド殿下の頭が胸元に埋められる。
服の上からではあるが、感触を確かめるかのようにもぞもぞと動き、やがて私の腕を押さえるのは片手に任せもう片方の手が首筋から肌をなぞって降りてくる。
「ひっ……!」
 嫌悪感と吐き気が込み上げてくる。
胸元の服と肌の間に手が滑りこんでくるおぞましさに耐えられず私は悲鳴をあげた。

「いやーーーーーっ!」

それに応えるようにどかん!と派手に扉が壊される音と「セイラっ!!!」と私を呼ぶ声が重なった。

鉄格子の向こうに、ロッド殿下越しに、レオン様とユリウスの姿が映る。
一目で状況を見てとったレオンが憤怒の表情で叫ぶ。
「ロッドッ、貴様……!」
引き替ええ私を抑えつけててる人は落ち着いている。
その体制のまま、肩ごしに振り返って笑う。
「やあ、レオン。遅かったね?」
「セイラから離れろっ!」
「嫌だね。いいとこなんだ、邪魔しないでよ」
「ふざけるなっ!」
「ふざけてないよ。僕はね、レオ。ずっとこうしたかったんだ」
言いながら私の服の胸元を引き裂く。

「「っ!!」」
ロッド殿下はそのまま私の身体を起こすと背後から抱き抱えた。
場所が入れ替わって、レオン様と鉄格子越しに顔を見合わせるのが私になる。
「セイラっ!」レオン様の顔と声が悲痛に歪む。
「お前の魔力でもその格子は破れないよ?そこで自分の無力さを呪いながら見てるといい__可愛いセイラ、ずっとこうしたかった」
ロッドの唇が首筋に吸い付く。
「嫌っ!」
身を捩って拒否しても叫んでも、何にもならないとわかっていても、そうせずにいられない。
身体が、脳が、全力で拒否をしている。
「やめろっ!!」
鉄格子を掴んでレオンが叫ぶ。
傍らでユリウスが何とか格子をこわせないかとやってはいるものの進展してるようには見えない。
「お前にしては間が抜けてるね。なんで一人しか連れて来なかったの?もっと大隊連れてくれば力押しで何とかなったかもしれないのに。ああ、力ずくは無理か中のお姫様が傷付いちゃうもんね?__まあもう手遅れだけど」



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