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「凄かったなー、昨夜の殿下」
「あれやり過ぎじゃね?」
「眼だけで射殺しそうな勢いで威嚇してたよなぁ、、お祝いの席だってのに」
「アレが真横にいて平然としてた姫様ってやっぱ凄ぇよなあ」
「お前ら、仕事しろ」
 その姫様の兄であり上司でもあるリュートの声に雑談してた騎士達が固まる。
「す、すみません……!」
 一番若い見習い騎士が発した声を皮切りに次々と謝罪の声があがる。
「でも、隊長も思わなかったっすか?」
「まあ、言いたいのはわかるが」
実際、昨夜のレオンはやばかったのだ。
元々凄まじく整った容姿にきっちり鍛えてあるくせにすらりとした体躯、一見整い過ぎて近寄りがたい雰囲気のあるレオンだが、発するフェロモンがヤバい。
お陰で自分で制御出来ない頃はそれこそ蝶に群がる様に発情した女が群がって来ていた。
早熟であった上に、そんな自分の状態を持て余してたものだから一時は来るもの拒まずレベルだった。
今思い出してもあれはいただけない。奴がちょうど十五くらいの頃か?
だから制御コントロールというか、抑えがきくようになってから昨夜のようなレオンは見たことがなかった。

何しろ、そのフェロモンで女性達の目を惹きつけまくってる癖にその秋波を冷たい視線で一蹴し、それに輪をかけて鋭い目線でもって男性陣を威嚇していた。
「迂闊にセイラを見るな。殺すぞ?」
とでも言いたげな視線というかあれはもう人外だ。
が、もっと恐ろしいことにその冷たい視線は一瞬で、それ以外はひたすら甘く蕩けそうな目線を妹に送ってたのだ。
ただ甘いだけでなく、激しく熱を帯びた目で。
そんな様子に当てられた客達は固まったり呆れたり怯えたり__何しろ異様な雰囲気だったのだ。
そんな中、(あれだけフェロモンビシバシの視線を浴びているのに)普段と全く変わらず挨拶に来る客達と歓談し隣のレオンに(やや戸惑い気味ではあるものの)話し掛けられれば嬉しそうに目を合わせて話す妹を改めて凄いと思った。
「さすが妃殿下だよなあ」
「……式の前から妃殿下呼びはやめろ」
「やっぱダメっすか?」
「別に俺はダメじゃないがセイラが落ち着かないらしい。元々あいつはこんな早くに城住まいになるつもりはなかったからな」
そう、なかったのだ。父も自分も。
こんなに早くセイラを手放す気は。
まあ、城に居を移したところで寮生なのは変わらない。
この式典が終われば夏休みも終わる。
そうしたらセイラは寮に戻り、秋に結婚式を挙げてレオンの宮に入っても数日で学園の寮に戻るのだ。レオンは盛大にごねているがそもそもそれ前提での学生結婚だ。
「しっかり見張っておかないとな…」
賊を、ではない。
レオンを、だ。
「……ですね」
誰とはなくその場の全員が頷いた。



「王子殿下、セイラ様この度はおめでとうございます」
「本日はお招きありがとうございます!私達みたいな身分でこんな場に招待していただけるなんて」
「今日のドレスもとても素敵です!」
「ありがとう。貴女もとっても素敵よ。そのドレスと髪型、とても良く合ってるわ」
「ま、まあ!セイラ様にそんな風に言っていただけるなんて」
感じたままを言っただけなのに何故か感極まって真っ赤になり、言ってる言葉まで尻すぼみになって縮こまる同級生にこちらの方が驚いてしまう。
うーん、今の上から目線すぎた?
婚約披露パーティーの昼の部とも言うべき城の庭園を解放してのガーデンパーティー。
レオンの言った通り、学園の生徒は無条件で出入り自由、貴族でない生徒達は家でドレスアップして馬車で、というわけにいかないので専用の控え室と手伝いまで用意されているという徹底ぶり。
学園側も今回限りはレンタルドレスの持ち出し利用を許可したが、祝祭と違って今回は二年生も対象だ。
当然ドレスの数も足りなくなる。
そちらは王宮や貴族達から寄付や貸与してもらい、その他かかる費用は放校処分となった生徒達の家から供出されている。
まあ、当日までの生徒達の頑張りを全て無駄にしたのだから妥当な線ではあるだろう。
貴族の子供達はやり直しとばかりに改めて夏休みの間に自邸で夜会などを開いていたが、貴族でない生徒たちはそうはいかないのだし。

夜は他国自国含め貴族達だけになるが昼の今は比較的フリーダムなので学園の生徒達、他に貴族でも夜のパーティーには出られない年齢の貴族子弟も(もちろん保護者付きで)多数来ておりリズがみたら「ビジネスチャンスが入れ食い状態ね」とか言って喜びそうな光景だ。
まあ、口には出さないだろうけど。
今日の私のドレスはペールグリーンで、夏のガーデンパーティーに相応しく軽くて涼しげに仕上げられている。
「それもレオン殿下のお見立て?」
容赦ない背後からの声に苦笑する。
「コネづくりは終わったの?」
とやり返した。
「八割がたってとこかしら。こんな場を設けて下さったレオン様には感謝だわ」
悪びれない様子は初めて会った時と変わらない。
「エヴァンズ商会は安泰ね」
「お陰さまで」
そう言って悪戯っぽく笑い合う。

 あぁ、ほっとする。

正直、お祝いされるのはもちろん嬉しいしありがたいのだが、余りに畏れすぎて疲れてしまうのも事実なのだ。
「で?そのドレスもやっぱりレオン様が?」
「うーん、生地や宝飾品選びとかは一緒にやるし、どんな感じがいいかとかは聞いてくれるんだけど、最終的なとこはレオン様が決めてるというか」
「丸切り貴女専属のスタイリストね。祝祭での宣言に間違いはないってわけね」
「………」
 そういえば"最愛の婚約者には最高の物を用意するのが婚約者の務め"
 とか、言ってたっけ。
でも、王子殿下に向かって専属スタイリストって。
__間違ってない気もするけどっ!
そもそも私がここに来る前から結構な数用意されてたけど、それは私知らなかったし!!
とは流石に言えないが__そこへ、
「セイラ!今日はおめでとう!」
とヴァニラが満面の笑みで合流した。

レオン様は最初こそ一緒にいたが、言葉を交わさなければいけない相手が多すぎて二手に分かれざるを得なかったので今セイラはひとりで会場をまわっていたのだが、気がつけばリズとヴァニラと三人きりになっていた。
祝祭の会場では三人で談笑し始めた途端、あんな騒ぎになった事を皆が知ってるのでそれとなく気遣ってくれたのだろう。
「ほんとに凄い気合いの入ったティーパーティーよね」
「全くね。いくら予算が組まれたのか是非ききたいわ」
間違ってもこんな場所で言うセリフではないが、前世の庶民感覚が残ってる私も実は思った。
訊いても誰も教えてくれないけど。
お城の庭で、こんな豪奢なお茶会。
まさにゴールデンアフタヌーンだ。
前世で読んだ"不思議の国のアリス"に出てきた描写を何とはなしに思い出す。
尤も、あちらのお茶会の相手はマッドハッターで王子様は出て来ないのだが__あの不思議な世界感が大好きで、その世界感を再現したお店などもよく行った。

そして今、こんなお城でのお茶会ティーパーティの主役が自分だとはヘンな気分である。
マッドハッターのお茶会に出たアリスもかなりへんてこな気分になったろうが、今の自分もいい勝負かもしれない。
なんて考えてる私をよそに、リズとヴァニラが続ける。
「でも、夜はもっと凄い顔触れが揃うのですもの。夜会の規模も学園とは桁違いでしょうね」
「全くね。昼からこれだもの。夜はどうなる事やら」
「__そうなの?」
 私の言葉に、ヴァニラとリズが顏を見合わせる。
「まさか、セイラ……」
 というヴァニラのセリフに、
「まあ、見ればわかるだろうから、いいんじゃない?」
 とリズが被せて会話を畳んでしまう。
 え なに いまの?
 聞き返そうとしたがメイドがそろそろ夜のお仕度を、と呼びにきたのでそれはかなわなかった。
 
 メイドに連行されながら、(__はあ、こんな手間の掛かる物、わざわざ何回も着替えなくても)と小さく息をついた。
 そりゃあ、ガーデンパーティーと夜会、それも普通のパーティーでなく婚約披露を兼ねた王子の誕生式典なんて、 違って当然なのだが。
紅白の司会者じゃないんだから。
と、日本人の感覚でついつい心中ツッコみを入れてしまうのは仕方ない。
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