記憶が戻った伯爵令嬢はまだ恋を知らない(完結) レジュール・レジェンディア王国譚 承

詩海猫

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そこに向かいながらも、黒太子の熱弁は止まらない。
「あの時、ご自分の身体から青白い炎が立ち昇っていたのに気がつきませんでしたか?」
「何のお話ですか?」
「扇術で奴らを叩き伏せた時ですよ。やはり、ご自分では気がついておられなかった?」
「何かの見間違いでは?私はそんな能力は持ち合わせておりません」
「無自覚ですか……まあ、ひとつ言えるのはあの時貴女から立ち昇った青白い炎は間違いなく貴女の発したもの。扇術などなくても、彼等は貴女にひれ伏していたと思いますよ?」
「………」
 何が言いたいんだ?
 あの扇術は素晴らしかったと言い、一方で扇術など必要ないと言う。
「私が言いたいのはつまり__貴女ならドラゴンにすら、相対出来るのではないかと言う事ですよ」
「っ、それは買い被りですわ」
 ドラゴンは波長の合った、若しくはマスターと認めた人間しか近づく事を許さない。
例え認めた人間の伴侶であろうと、下手に近付けば八つ裂きにされかねない。
 だから、私も近付こうとは思わない。

 が、

 ひとつだけわかったのは、この男は竜眼ドラゴンアイの持ち主らしい。
 竜眼というのは”全てを見通す目”だという。
 それだけ聞くと千里眼みたいな印象を受けるがちょっと違う。
 竜眼は、文字通り竜の動きを見極める事が出来る。
それだけなら訓練で何とかなるが生まれつきのスキルというか、持ってる人へは最初からプラス値があるとでも言えばいいのか。
過去や未来、索敵に適した遠視や暗視等、本来人に見えるはずのないもの__霊体とか?嘘を見抜けるって人もいたな。
人のオーラが見える、ていうのはきいた事ないけど……別にいたっておかしくはない。それにプラス値は一人一種しか持ち合わせないとも聞いた。

 ……ヒロインのオーラは好みじゃなかったが私のオーラは好みってことだろうか……?
 いや、そんなんどっちでもいんだけど。

 私は紅茶が供されているテーブルの傍らに立つ令嬢に声をかける。
「ご機嫌よう、ハリエル男爵令嬢」
 驚いたように振り向いた御令嬢は、
「ご、ご機嫌ようセイラ様、えっ?」
 私の背後にいる人物に目を留め息を呑み、次いで、
「皇太子殿下!」
と声をあげた。

 その声に紛れもなく喜色を感じとって、(相変わらずわかりやすい方だわ)と心中で苦笑する。
「まあ。同じ学園にいらっしゃるのに、お二人は面識がありませんでしたの?」
「学年が違いますからね」
 苦笑しながら黒太子が言う。
「そうでしたの。ではルキフェル殿下、こちらはジョアンナ・ハリエル男爵令嬢。ハリエル商会は扱う紅茶の種類が国内一と言われていますの」
「ほぅ?」
 少し驚いたように言う。
ほんとに知らなかったのかな?
まあ、興味ない分野はとことん興味なさそうだから別に驚かないけど。

「ジョアンナ様の紅茶の知識は素晴らしいですものね。今日のお勧めは何かしら?」
「あっ、えっと、はい__」
 ルキフェルに見惚れている令嬢は構わず私が話を進めるのに若干苛ついたような目を一瞬したもののすぐに打ち消し、にこやかに話しはじめた。
「本日のお勧めは北の高山地域でしか栽培出来ないこちらのフレッシュハーブのアイスティーです。摘み取って持ち帰るまでの期間が長いと香りが失われてしまうので移動魔法陣を使って運びますのよ」
「素晴らしいですわね!ではそれをいただけるかしら?ルキフェル殿下と、私に?」
 ぴくりとジョアンナの眉がつり上がるのに気が付いたが見ないふりをする。
「ええ。もちろん、お注ぎしますわ。室温に合わせて氷の量も調整が必要ですから」
 貴女には無理ですものね?
 という心の声が聞こえる。
 ブレなくて結構な事だ。
 やがて曇り一つない透明なグラスに注がれたアイスティーを受け取ろうと右手を伸ばすのと同時に私は半身と顔だけ動かし、
「どうぞ、ルキフェル殿下」と右手で受け取ったグラスを左手でルキフェル殿下に渡そうとした。
 直後、
「えっ….」というジョアンナの小さな叫びと共にグラスは落下した。
私のドレスに大量の紅茶を浴びせながら、広間の床へと。

 カシャ……ン!

 という音と共に広間に静寂が満ちた。

私はすかさず、
「申し訳ありませんジョアンナ様!私がグラスを受け取り損ねたばかりに!」
と大袈裟に詫びて見せる。
「い、いえ、私の方こそっ……」
 慌てるジョアンナに構わず、私は急いでそのまま黒太子の方に向き直り膝を折る。
「申し訳ありませんルキフェル殿下。目の前でとんだ不調法を。破片でお怪我をなされたりご衣裳を汚したりはなさっておられないでしょうか?」
「いえ、私はどこも。それより貴女の方が__」
 確かに酷い有り様だ。
胸元から裾まで茶色い液体が広がっている。

「申し訳ありません、お見苦しいさまを。これではとてもこんな場所にいるわけには参りませんわね。恐れいりますが私はこれにて退出させていただきます」
「いや、しかし」
「いいえ。こんな無様な状態でルキフェル殿下のような高貴な方の隣に立つ事は出来ません。殿下だけでなくこの国の品位さえ疑われてしまいます。こんな姿を人前に晒すわけには参りません」
 ルキフェルの返事を待たず背後でオロオロしている令嬢に向き直ると、
「申し訳ありません、ジョアンナ様。せっかく淹れていただいた紅茶を無駄にしてしまいましたわ」
「い、いえ、い今のは私が悪いんですわ!お渡しする時にうっかりグラスを傾けてしまったのですもの!」
「まあそうでしたの?目を離していたので全く気付きませんでしたわ」

 周りにいた人たちは、見てたろうけどね?

「そのドレスは弁償させていただきます!替えのドレスもすぐ用意させます。ですから__」
 この場で今日の主役の一人が退出なんてどうかやめて下さい!と訴える目は敢えて無視する。
「残念ながら既成のドレスでは私にはサイズが合いませんの。このドレスはレオン様がご用意して下さった物なのです、私にぴったり合うように」
「レ、レオンハルト殿下が?」
 ハリエル男爵令嬢は自分が今台無しにしたドレスは王子が用意したものだと知らされさらに青くなる。

「ええ。ですから、お詫びならレオン様に。もし、私にも詫びたいと仰ってくださるなら、一つだけお願いが」
「も、勿論ですわ!私に出来る事なら__」
「ルキフェル殿下のお相手をお願い致します」
「えっ……」
「今日のこの夜会はルキフェル殿下の為のもの。それをこのような形で汚してしまったのです。幸いルキフェル殿下はこちらの紅茶に興味をもって下さった様子。でしたら適任はジョアンナ様しかおりませんわ。こんな汚れた衣裳では私はこの場にいられません。ですから、後をよろしくお願い致します」
 両手をがっちり握られて言われた言葉に男爵令嬢は青くなるがそれには気付かぬ様子で黒太子に向き直り、最大限の礼を取ると、
「このような次第になってしまい申し訳ありません、ルキフェル殿下。私はこれにて御前を失礼させていただきます」
「__仕方ありませんね。ではまた、いずれの機会に」
「はい」
 私は殊更恥じ入る風情を装おってその場を後にした。
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