記憶が戻った伯爵令嬢はまだ恋を知らない(完結) レジュール・レジェンディア王国譚 承

詩海猫

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翌朝は早くにリリベルに起こされた。

「申し訳ありませんセイラ様、殿下が取り急ぎ大事なお話があると。お召し替えする時間がございませんのでとりあえずこちらを」
 と羽織り物を掛けられ、簡単に髪を整えられる。
 確かにこれを羽織えば肌は透けないがこんな姿のところにいきなり訪問はあり得ない。
 よほどの異常事態なのだろうが、昨夜の今日で警戒心を抱かずにはおれない。
「私もそばにお付きしておりますので」
 なら安心か。

 ーーー聞かされた内容は、安心もへったくれもなかったが。

「こんな時間にすまない。今朝一番に、トラメキアの皇太子ルキフェル・トラメキアから君へ正式な婚姻の申し入れがあった」
「__は?」
 いつもココロの中だけで言う言葉が口をついて出る。
「これは確認だが__、君は学園で黒太子と親しくしていたか?」
「いいえ?ほんの挨拶か社交辞令程度の会話しか」
 本当に、した事がない。
 どういうことだこれは?
「そうだな。隠密からの報告でも君達に全く接点はなかった__何が目的だ?」
 あの王子は昨日のパーティー会場にもいたが、会話どころか目を合わせた覚えすらない。
 断罪イベントが発生した時まではいたのを記憶しているが、あの後どうしていたか までは見ていない。

 それに、

 私とレオン様の婚約は、“確定済み“ではなかったのか?
 目の前のレオン様をみつめる。
 私の疑問の視線に気付くとレオン様は私の手を取って跪き、
「誤解しないでくれ、昨日君に言った事は誓って真実だ。私は必ず君を妃に迎える。それに変更はない。ただ狸、いや国王陛下が……」




*・゜゚・*:。. .。:*・゜゚・*
この世界には沢山のドラゴンがいる。
 そして、ほとんどのドラゴンは人にとって害獣だ。
 地の竜、ソイルドラゴン
 水の竜、ウォータードラゴン
 火の竜、ファイアドラゴン
 そして一番厄介な氷雪竜、ブリザードドラゴン。
 文字通り地竜は大地を鳴動し建物を崩壊させるし、水竜は水害を起こし、火竜は人の住む地を焼く。
 氷雪竜はその三種の竜よりさらに巨大で、口から吐くブリザードはその竜達さえも凍らせる。
 人里には滅多に降りて来ないが、ごく稀に急に王都に飛来したかと思うと甚大な被害を与えて飛び去ってしまう。
 原因は不明だが、人間側も黙ってやられている訳ではない。

 唯一騎乗可能なドラゴン__ウインドドラゴンまたはノーマルドラゴンなどとも呼ばれるが、風竜だけがあくまでごく一部の人間に限られるが竜の討伐において人間に協力してくれる場合がある。
この竜は波長の合った人間になら騎乗を許し、竜達の討伐にその人間と共に赴いてくれるのだ。
 騎乗出来る人間は当然だが非常に数が少なく、騎乗出来る者をドラゴンライダー、騎乗するだけでなく指示通りに動かして従わすことの出来る者をドラゴンマスターと呼ぶ。
*・゜゚・*:.。..。.:*・*:.。. .。.:*・゜゚・*

そして、何故かライダーやマスターの数はトラメキアに集中している。

 そう、文化水準的には他国に遅れているトラメキアが何故大国でいられるかというと数多くのライダーを擁しまたその育成に長けているからである。
 いくら力ある魔法使いでも翼あるドラゴンには分が悪い事の方が多い。
 故に、どこの国でもトラメキアとは良好な関係を築いておかなければと下手に出てしまうのだ。
 そうしなければいざという時 協力要請もままならない。

 この国の国王が熱心にトラメキアの皇太子を招いたのはそういう事情あってのことだ。
 トラメキアの皇族は特にドラゴンに強く皇族には必ずドラゴンライダーないしドラゴンマスターが生まれる。
 ルキフェル自身、ドラゴンマスターだ。
 他の竜は属性に応じた色なのに比べて風竜ウインドドラゴンは多色(風は無色だから当然といえば当然なのだが)だ。
一説には生まれた場所に対して保護色と言われるが実際のところは良くわからない、ルキフェルの騎乗する竜は漆黒だ。
 それ故漆黒の皇太子__黒太子と呼ばれている。

 またトラメキアの初代皇帝は聖なる竜ホーリードラゴンの祝福を受けた娘を妃にしたといわれる。

 聖竜は伝説の竜だ。
滅多に人前に姿を現さず、その聖竜が眼前に降り立ち祝福を受けた者は素晴らしい力を授かる。

と、

言われている。
真偽のほどはわからない。
誰も見たことがないのだから。

 トラメキアの皇族はその子孫故ドラゴンの加護の厚い国と言われドラゴンマスターの生成地として名高く、またその育成方法は当然だが秘匿されている。
 特に高位のドラゴンマスターになるとドラゴンを狙い通りの場所に誘導する事さえ出来るらしい。

その、秘匿とされている方法の一部を教えても良い。
私との婚姻が成ればより良い貴国との関係が築ける。

 そんな内容で、国王に直に申し出があったらしい。
 レオン様との婚約は昨夜派手に発表されはしたがあくまで学内でのこと。
 正式なお披露目がまだなのであれば、何とか出来ないものだろうか?

 というあちらの言い分に、国王陛下が飛びついた__ということらしい。
 それはわかる。

 ドラゴンの件はどこの国でも頭を抱える問題で、有事の際に流しの冒険者にドラゴンハントを依頼したとしても可能な者なぞまずいない。
この場合、トラメキアを通して出来るだけ腕の良いマスターかライダーを寄越してもらうのが一番早い。

 だが、黒太子が私に興味を持っていたとは思えない。
いつだってつまらなさそうに、ごくたまに面白い見物として、中立派と特権派の争いを傍観していただけで介入してきた事はない。
 興味を持ったとすればそれは……

  __昨夜の夜会から ではなかろうか?

「黒太子が興味を持ったのは、私ではなくレオン様なのではないですか?」
「それは私も考えた。だが外交上何度か会話したことがある程度で、話が弾んだ覚えはない。君のことを話した事もないしな」

 レオン様にもわからないらしい。

 だとすれば、
「……単に面白がってるだけでしょうか?」
 現国王は中立の施策の次に、ドラゴンに対して有効な手段を得ようと躍起になってるのは誰でも知っている。
 為政者としては当たり前だが、現国王はとくにその傾向が強い。
何としても自分の在位中にこの問題をクリアしようとしているのだ。

 “そこにドラゴンの秘密を教えてもいい“
 
 などと持ち込めば飛び付くのは目に見えているし、あの黒太子ならやりかねない。

「今日は元々黒太子の帰国の為の夜会が開かれる予定だったのだが、帰国を延ばしたいと言ってきたんだ。それもあって夜会は少し形を変えて行うことになった」
 黒太子は夏休みが始まるのと同時に帰国する予定だったのはセイラも知っている。
「昨夜の祝祭がラル達のせいでまともに行えなかっただろう?黒太子は元々自国で済んでいるのだから気にする必要はないんだが、その仕切り直しとお詫びも兼ねて学園の祝祭と似たような形で今日王宮で行う事になった」
  __それって……
 嫌な予感が頭をよぎる。

「黒太子はそこで君と話したいそうだ。昨夜そうしたかったのだが出来なかったからと」
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