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34 憐憫と上官
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「問題なく出発できて何よりです」
「ペンタスまでは、この馬車でどれくらいかかりますの?」
「この馬車で国境まで四時間ほどです。護衛団とは国境の手前で合流する予定なので、合流地点まではノンストップで走る予定です。強行軍で申し訳ありません」
「いえ、充分ですわ」
馬車というのは揺れるものだが、この馬車は色々配慮されているのだろう、揺れは少ない方だし、クッションが敷き詰められているので衝撃が吸収されてさほど苦ではない。
(流石、大国の勅使仕様……)
「お、お嬢様ぁ、私、こんな上等な馬車に乗っていて良いのでしょうか……」
「ペンタスの方が良いと言ってくださっているのだから大丈夫よ」
本来ならハンナのような使用人は別の馬車で付いてくるべきだが、今回はイレギャラーだ。
馬車は一台しかないし、スピード勝負だとお兄さまは言っていた。
(まさか王家がペンタスの勅使の行手を阻むとか、あり得ないけど…_そういえば、)
「護衛団との合流は、何故国境手前なのですか?」
普通、貴人を迎えに行くなら国境を出た先の自国内で待つのが普通だ。
それなのに、わざわざ相手の領内に入って迎えるなんて、手続きもより煩雑になるだろうに。
「何やかや言い掛かりをつけて国内へ留められたら面倒ですからね。速やかに通してもらうためです」
王がいくら寵臣と愛娘のためとはいえ、そこまでするとは思えないが、もともと政治に疎いマリーローズからは何も言うことはできない。
そしてもう三十分ほどで護衛団と合流できるだろう地点で、それは起こった。
“ヒヒ……ン!“と馬が激しく動揺したような嘶きが聞こえ、人の叫び声が重なった。
「な、何でしょう、お嬢さま?今の_…」
「馬が怪我でもしたのでしょうか?」
「確認して参ります」
とカミユが立ち上がると同時に、外から声が掛かった。
「カミユ様、ご令嬢がた。一旦馬車を停めます。くれぐれも外に出たり、扉のロックを外されませんよう」
と外からルイスが言い、
「__襲撃か?」
と短く問うカミユに、
「野盗が潜んでいたようです__すぐに終わりますので」
と短く答えた後、何か指示を飛ばす声が僅かに聞こえた。
「お、お嬢さま野盗って……」
あわあわとなるハンナに、
「落ち着いてハンナ、正規軍でないだけましよ。ペンタスの騎士さまが野盗に遅れをとるはずがないでしょう」
と、どちらかといえばマリーローズは落ち着いていた。
マリーローズからすれば“単騎でもお仲間付きでも、万が一にもあの似非騎士が現れたりしませんように“と祈る気持ちだったのだ。
その祈りは、残念ながら似非騎士には届いていなかった__半分だけ。
*・゜゚・*:.。..。.:**:.。. .。.:*・゜゚・*
護衛騎士のひとりが跨った馬に、突然矢が射かけられたのだ。
脚を狙ったそれは掠めただけで当たらなかったが、馬が動揺して乗っていた騎士を振り落としそうになった。
「何があった!」
「一旦止まれ!馬を落ち着かせろ!ルイス様、木々の隙間から矢を射かけられました!森に潜んでいたものがいるようです!」
「森に潜伏だと?この辺りを根城にした野盗か?」
「いえ!来る時に調べましたが、この辺りを根城にしている野盗はおりません!それに、ご覧ください」
報告をしてきた騎士が見せてきた矢は、軍用のものだ。
「これは_…」
「どうやらそのようです」
「悪い予感が当たったな」
「はい」
「射手の位置を特定しろ」
「はっ!」
射かけてきたのはアベルだった。
“せめて矢を敵対する国のものに変えるとかしとけよ……コイツ本当に上級騎士か?“
「国逆か?」
「………」
姿を現したアベルは何も言わず、再度矢を構えた。
“剣だけでなく、弓矢の腕も悪くないわけか……残念な話だな“
直情バカがすぎるが、確かに実力はあったのだろう。思考が残念すぎるだけで。
せめてカザムの国王が、もっと上手くコイツを扱えていたら。
王女がもっと分別のある人物であったなら。
“お前の未来は、もっと輝かしいものだったかもしれないのにな?“
せっかくマリーローズのような、足りない部分を埋めてくれる女性に出会ったのに、この騎士は間違えた。
妻と任務は天秤にかけるようなものではない。
天秤に乗ったのなら、互いに片方に傾きすぎないよう、協力して保つべきなのだ。
ほの暗い瞳をした男を捕えるよう、ルイスが命令を声にする前にアベルが前のめりに倒れた。背後から殴られたらしい。
倒れたアベルの背後に立っていたのは、先刻マリーローズに“逃げろ“と馬を飛ばしてきた男。
「騎士団長どの……」
そうルイスが呟くと、騎士団長ことネイトはこちらに深く頭を下げ、倒れたアベルを引き摺って木々の中に消えた。
「よろしいのですか?」
「急報を知らせに来てくれた騎士団長どのに免じて、な」
止めようとしたが止めきれず、何とか追いついて寸でのところで張り倒したのだろうことは容易に想像がつく。
「単独で奇行に走った部下を直属の上官が直に止めにきたのだ、処分は任せるしかなかろう。先を急ぐぞ」
「はっ!しかし、ルイス様、あの者の瞳は_…」
「ああ、元はもっと綺麗な色だったのだろうに淀んでいたな。勿体ないことだ」
*・゜゚・*:.。..。.:**:.。. .。.:*・゜゚・*
はい、終わらなかった……💦最終話まであと二話くらいでしょうか?
5日も空けてしまってすみません!とりあえず書けたとこまでm(_ _)m
燃え尽きる前に書かないと……感想いつもありがとうございます❣️
「ペンタスまでは、この馬車でどれくらいかかりますの?」
「この馬車で国境まで四時間ほどです。護衛団とは国境の手前で合流する予定なので、合流地点まではノンストップで走る予定です。強行軍で申し訳ありません」
「いえ、充分ですわ」
馬車というのは揺れるものだが、この馬車は色々配慮されているのだろう、揺れは少ない方だし、クッションが敷き詰められているので衝撃が吸収されてさほど苦ではない。
(流石、大国の勅使仕様……)
「お、お嬢様ぁ、私、こんな上等な馬車に乗っていて良いのでしょうか……」
「ペンタスの方が良いと言ってくださっているのだから大丈夫よ」
本来ならハンナのような使用人は別の馬車で付いてくるべきだが、今回はイレギャラーだ。
馬車は一台しかないし、スピード勝負だとお兄さまは言っていた。
(まさか王家がペンタスの勅使の行手を阻むとか、あり得ないけど…_そういえば、)
「護衛団との合流は、何故国境手前なのですか?」
普通、貴人を迎えに行くなら国境を出た先の自国内で待つのが普通だ。
それなのに、わざわざ相手の領内に入って迎えるなんて、手続きもより煩雑になるだろうに。
「何やかや言い掛かりをつけて国内へ留められたら面倒ですからね。速やかに通してもらうためです」
王がいくら寵臣と愛娘のためとはいえ、そこまでするとは思えないが、もともと政治に疎いマリーローズからは何も言うことはできない。
そしてもう三十分ほどで護衛団と合流できるだろう地点で、それは起こった。
“ヒヒ……ン!“と馬が激しく動揺したような嘶きが聞こえ、人の叫び声が重なった。
「な、何でしょう、お嬢さま?今の_…」
「馬が怪我でもしたのでしょうか?」
「確認して参ります」
とカミユが立ち上がると同時に、外から声が掛かった。
「カミユ様、ご令嬢がた。一旦馬車を停めます。くれぐれも外に出たり、扉のロックを外されませんよう」
と外からルイスが言い、
「__襲撃か?」
と短く問うカミユに、
「野盗が潜んでいたようです__すぐに終わりますので」
と短く答えた後、何か指示を飛ばす声が僅かに聞こえた。
「お、お嬢さま野盗って……」
あわあわとなるハンナに、
「落ち着いてハンナ、正規軍でないだけましよ。ペンタスの騎士さまが野盗に遅れをとるはずがないでしょう」
と、どちらかといえばマリーローズは落ち着いていた。
マリーローズからすれば“単騎でもお仲間付きでも、万が一にもあの似非騎士が現れたりしませんように“と祈る気持ちだったのだ。
その祈りは、残念ながら似非騎士には届いていなかった__半分だけ。
*・゜゚・*:.。..。.:**:.。. .。.:*・゜゚・*
護衛騎士のひとりが跨った馬に、突然矢が射かけられたのだ。
脚を狙ったそれは掠めただけで当たらなかったが、馬が動揺して乗っていた騎士を振り落としそうになった。
「何があった!」
「一旦止まれ!馬を落ち着かせろ!ルイス様、木々の隙間から矢を射かけられました!森に潜んでいたものがいるようです!」
「森に潜伏だと?この辺りを根城にした野盗か?」
「いえ!来る時に調べましたが、この辺りを根城にしている野盗はおりません!それに、ご覧ください」
報告をしてきた騎士が見せてきた矢は、軍用のものだ。
「これは_…」
「どうやらそのようです」
「悪い予感が当たったな」
「はい」
「射手の位置を特定しろ」
「はっ!」
射かけてきたのはアベルだった。
“せめて矢を敵対する国のものに変えるとかしとけよ……コイツ本当に上級騎士か?“
「国逆か?」
「………」
姿を現したアベルは何も言わず、再度矢を構えた。
“剣だけでなく、弓矢の腕も悪くないわけか……残念な話だな“
直情バカがすぎるが、確かに実力はあったのだろう。思考が残念すぎるだけで。
せめてカザムの国王が、もっと上手くコイツを扱えていたら。
王女がもっと分別のある人物であったなら。
“お前の未来は、もっと輝かしいものだったかもしれないのにな?“
せっかくマリーローズのような、足りない部分を埋めてくれる女性に出会ったのに、この騎士は間違えた。
妻と任務は天秤にかけるようなものではない。
天秤に乗ったのなら、互いに片方に傾きすぎないよう、協力して保つべきなのだ。
ほの暗い瞳をした男を捕えるよう、ルイスが命令を声にする前にアベルが前のめりに倒れた。背後から殴られたらしい。
倒れたアベルの背後に立っていたのは、先刻マリーローズに“逃げろ“と馬を飛ばしてきた男。
「騎士団長どの……」
そうルイスが呟くと、騎士団長ことネイトはこちらに深く頭を下げ、倒れたアベルを引き摺って木々の中に消えた。
「よろしいのですか?」
「急報を知らせに来てくれた騎士団長どのに免じて、な」
止めようとしたが止めきれず、何とか追いついて寸でのところで張り倒したのだろうことは容易に想像がつく。
「単独で奇行に走った部下を直属の上官が直に止めにきたのだ、処分は任せるしかなかろう。先を急ぐぞ」
「はっ!しかし、ルイス様、あの者の瞳は_…」
「ああ、元はもっと綺麗な色だったのだろうに淀んでいたな。勿体ないことだ」
*・゜゚・*:.。..。.:**:.。. .。.:*・゜゚・*
はい、終わらなかった……💦最終話まであと二話くらいでしょうか?
5日も空けてしまってすみません!とりあえず書けたとこまでm(_ _)m
燃え尽きる前に書かないと……感想いつもありがとうございます❣️
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