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傭兵団の聖女マロン

怒り

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「黙れ」

底冷えのするような声が誰にかけられたものなのか、一瞬分からなかった。

空気が凍るように冷たい。
旗がひりつくような感覚に、思わずごくりと喉を鳴らした。

声の主は、艶やかな貌を無表情のまま、美女を流し見た。

下手に睨まれるより鮮烈に殺気が溢れている。
本当に商人なのだろうか、傭兵団でも滅多に御目にかかれない、強者のそれだ。

そんなことを悠長に考えていたけれど、体は限界を訴えている。
間近で感じた慣れない殺気に頭がクラクラとした。

視界の端で、父すら冷や汗をかいているのを見て心底不思議に思う。
父を、この傭兵団の最強を、殺気だけでここまで追い詰めることが出来るなんて。

直接向けられている訳でもない私たちですらこれなのだから、直で向けられている美女はどうなのか。
見れば、彼女は青ざめ、棒立ちで俯いていた。

見ていて可哀想になるくらい弱々しく震えている。

数秒が何時間にも感じられる重苦しい空気の中、それを破ったのはやはり渦中の商会長だった。
視線を美女から逸らし、殺気を散らして父を見る。

「申し訳ないが、彼女が話したことは口外しないでもらいたい······私の出自に、うるさいものもいるもので」
「は、はぁ、それはいいのだが······」

物言いたげに父は商会長を見た。
完璧に整った顔が、無表情のまま傾げられる。

「ご安心を、とうの昔に、家族の縁は切っております」
「······、そう、ですか」
「申し訳ありませんが、本日はここで······商談の話は、また明日に」
「ええ、もちろんです」

聞きなれない父の敬語に目を白黒させているうちに話が着いたのか、商会長が扉に向かって歩き出す。

そうして、その姿が私のすぐ横を通った瞬間。

「────はいね」

その、アイオライトの瞳は、確かに私に向かって煌めいた。
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