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18.あらわれたのは……

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 わたしの詠唱とともに床にあらわれたのは、複雑な黒い魔法陣。
 そこから、空へ向かって黒い雷のようなものが立ち上った。
 あらわれたのは、人、だった。
 ただ、人と違うのは、その耳が長く、先がとがっていること。
 わたしからは後ろ姿しか見えない。
 長い銀髪。細身だけど、がっちりとした体を包む、黒いコート。
 これが……、「魔王サーペントス」?
 観客席は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
「魔王だと⁉」
「お試しダンジョンにも存在したのか⁉」
「お、王女様が呼び出したんだよな?」
「ってことは……。王女様は、魔王をも味方につけてたってことかよ⁉」
 顔には出してないけど、わたしの内心も、そんな感じです。
 召喚できるのが当たり前ですよ~って顔をしておきながら、冷や汗だらだらですとも。
 えええ! 確かに、文字には「おれを呼べ。わが名はお試しダンジョンの主、魔王サーペントス。おまえの友だ」とあったけど!
 サーペントスって、どなた⁉
 お試しダンジョンの主って、どういうことなの⁉
 アンダーソンは口をあんぐりと開けていたが、はっと意識を取り戻し、ケルベロスに命令した。
「な、何が魔王だ。しょせんお試しダンジョンのものだろう? ケルベロスよ、あいつを倒せ!」
 だが、ケルベロスは動かない。
 がくがくと体を震わせ、おびえ、ふせの体勢に入っている。
「おい! どうしたんだ!」
 なおも動かないケルベロスに向かい、アンダーソンはちっと舌打ちをする。
「アイテムを使わせてもらうぞ!」
 そう言って、アンダーソンは身につけていた袋から何かのかたまりを取り出し、ケルベロスに向かって投げた。
 その何かは、ケルベロスの頭のひとつにあたり、粉状になって空中を舞う。
「ひひひ、興奮剤、さっきの十倍の濃度だ!」
 不気味に笑うアンダーソン。
 興奮剤⁉ つまり、ケルベロスは、薬でもって戦わされていたってこと⁉
 道理で、ケルベロスの言葉が分からないと思ったら。なんてことを……!
 ケルベロスは粉を吸い、体をけいれんさせる。
「ウガアアアアッ!」
 薬の苦しみとも、己の動かない体を鼓舞こぶしているともとれる雄叫び。
 そうして、ケルベロスはまたこちらにむかって、氷の息を吐きだした。
 それと同時に、魔王がケルベロスに向かって手を突き出す。
 あらわれたのは、鈍い光を放つ障壁だ。
 大きなバリアで、魔王は、わたしだけでなく、後ろにいる観客をも守ってくれた。
 そうでもしなければ、観客たちは氷漬けになってしまっていただろう。
 それほど、見境のない、おそろしい攻撃だった。
 氷の息が効かないと分かると、ケルベロスは大きくほえた。
 すると、風がうずを巻き、こちらへ向かってきた。
 わたしたちのいるリング上の石床をはがし、傷つけ、渦は魔王へとせまってくる。
 しかし、魔王は腕をのばすと、その渦をつかむしぐさをしてみせた。
 それだけで、渦はかき消えてしまった。
 あまりの魔王の強さに、会場中がしんと静まる。
 ぴりぴりとした緊張感。
 それに耐えられなくなったのか、とうとうケルベロスは、己の身ひとつで突っ込んできた。
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