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六
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「うんめーのつがいってなあに」
病院の待合室、無邪気なこどもの声が響いた。
静かにしてねと宥める母親の声。それを無視するように、ねえってば、と甘えたように問いかける。
そんなこと誰に聞いたの、と母親が訊くと、一組の番を指差し、おねえちゃんがゆってた、と唇を尖らせた。
慌ててすみませんと謝る母親と、恥ずかしそうに、浮かれちゃって……調子に乗っちゃってこちらこそすみません、と謝り合戦が始まる。
ねえねえ、なあにい、おしえてよお、と聞きたがりの少女は駄々を捏ね、母親はお母さんとお父さんのことよ、とお手本のような言葉を返し、それに小さな女の子は首を傾げた。
「そうなるって決まってるの。そうなったらしあわせなのよ、素敵なことなの。でもそれは珍しいことでもあって、全員が運命を見つけられる訳じゃないの。お姉さんたちも素敵な運命があったのね」
運命の番。
出会った瞬間にわかるという。俺はそれをただの御伽噺だと思っている。
運命だと思いたきゃそう思えばいい話。後付けなんてどうにでもなるのだ。
愛するひとがいれば、それを運命だと思えばいい。
気持ちの伴わない運命なんて、そんな恐ろしいことがあってたまるか。
『穂高さん、6番の診察室へどうぞ』
アナウンスが流れ、その診察室へと向かう。
ここはバース性専門の病院で、ここらではいちばん大きなところだ。
病院というのは、俺のように薬の為に通うものもいれば、大半は体調を崩してかかることが多い。
その状態のアルファとオメガを近くに置く訳にもいかず、アルファ、ベータ、番のいるオメガは同じ待合室、番のいないオメガは別室となる。
スペース等の問題で、大きな病院にしかバース科はないことも多い。
高校の頃にこちらに越してきて以来、俺はここにずっとお世話になっていた。
いつものように最近の体調の話を軽くして、抑制剤出しておきますね、それで終わりだ。
診察の時間と待たされる時間は割に合わないが、面倒なやり取りや、知らないオメガとかおを合わせる可能性があることを考えると、この余裕のある分かれた待合室のある病院を結局選んでしまう。
ここは薬局も併設してるので、他所に薬を買いに行く必要がないのも良かった。市販薬よりも躰にあうものを出してくれるから安心だし。
その日も薬を受け取り、何事もなく病院から出れたことにほっとした。
病院内での事故もあるとたまに聞くからな、望まない番契約なんて皆もごめんだろう、多少身構えてしまうのだ。
出来るだけ行きたくない場所だ、病院なんて。
駐車場まで向かっていると、何となく、懐かしいにおいを感じた気がした。
懐かしい、でもなんだ、このにおい。
オメガのにおいなのは間違いなかった。どこかにヒートでも起こしたオメガがいるのかと、辺りを気にしながら、急いで車の元へ走る。
中へ入ろうとして、その懐かしさにはっとした。
……和音のにおいだ。
そう、あの花音のにおいが弱まった、和音のにおい。
花音のにおいもなくなった訳ではない、ただ大分薄まっている。
大学に進学して、以前よりべったりじゃなくなったのだろうか。
取り敢えず車に乗り込み、そこから和音を探した。
和音の、花音といる時のふやけたような表情がかわいかった。あの子が近くにいるかもしれない、困ってるかもしれない。あの時の女子のように、ヒートを起こしてるかもしれない。
普段聞くことのない声は、ほんの少し甘えが混じっていて、そのくせちょっと口が悪い。それが幼く見えて、かわいいと思っていた。
花音の、牽制するようなあのにおいの混じった和音のフェロモン。懐かしいとつい数年前のことを思い出す。
その花音のにおいで牽制しない、出来ない和音が心配だった。
暫くすると、少し離れたところからひょこひょこ歩く和音が現れる。
……かわいい、あの子、高校の時から全然変わってない。
同じく病院に行っていたのだろう、同じ薬の袋をぶら下げている。少し歩いた先で、タクシーを見つけて手を上げる姿が見えた。
ただ、その表情は暗いが、ヒートを起こしている訳ではないようだった。
それにほっとして、でもどこかで残念だと思っている自分がいた。
──ヒート中なら噛んであげたのに。
そんな考えに、慌てて馬鹿じゃないのかと頭を振る。
事故も最悪だが、そんな犯罪まがいのものはもっと最低だ。
そんなものは運命にはなり得ない。
そう思って、あれ、と高校時代のことを思い出した。
ヒート中でもない和音のにおいをずっと感じていたのは何故?発情期でもないオメガのにおいを。
あの甘ったるいにおい。
花音の強い、守るようなものがあってそれでも尚感じるにおい。
……他のオメガは、発情期前後や、擦れ違う程近くの距離でないと感じなかったあのにおい。
外にいる和音を校舎内でも感じていた。
明らかに、他のオメガとは違う、その、俺にだけ繋がる強いにおい。
何故今も、ヒートを起こしてもないあの子のにおいを感じるのか。
「……こんなの、運命じゃん、」
呟いた瞬間、視界がぱあっとクリアになった気がした。
あのかわいい子は、俺の運命。
運命なんて気持ちが伴えば後付けで構わない。
俺が運命だと思ったのなら、それはもう運命なのだ。だってそんなものはただの御伽噺。
例え和音にはまだ運命が訪れてないとしても、それを俺にしてしまえばいい、それだけの話。
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