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なんだか良い夢を見ていた気がする。
起きるのが勿体ないような。
悠真さんが傍にいる夢だった、多分。
発情期以外にうちに来る筈ないのに、おれを……あれ、なんだったっけ、おれといたいんだっけ、おれをみてたいんだっけ?
ええと、いや、どっちでもいい、おれがしてほしかったことなんだから、どっちだっていい。
良い夢だった気がする、起きたくなかった、大きな手に撫でられたのを覚えている。もうちょっとしたら、もっと優しくしてもらえてたのかもしれない。
「……お腹空いた」
窓の外は真っ暗で、何時だと時計を見るともう二十時を過ぎている。
ふあ、と欠伸をひとつ。一日中寝ていると、寝過ぎて眠たい。
さっきのやつ、どこからが夢だったんだろう。
多分千晶くんは来てくれたのは現実だ。綺麗になったシーツに着せられた清潔なパジャマ。額に貼られた冷却シートは熱を吸って半分取れている。
それを剥いでゴミ箱に投げ捨て、ベッドから足を下ろす。
冷蔵庫、何かあったっけ。千晶くん、何か作ってってくれたかな、なんか言ってた気がするな……なんて言ってたっけ……
賞味期限過ぎてるのは捨てていいかとか、もう風邪薬なくなるから薬箱に新しいの入れておくね、だとか……後なんだっけ。
お礼しなきゃ、まだ二十時だけど、夜だし明日の方がいいかな?全然起きてる時間の筈だけど、お前は今は大人しく寝とけって言われるかな。
風邪が完全に治ったら何か買って行こうかな、またお鍋の材料か、甘いものか。
機嫌が良い。良い夢だった気がするから。
たかが夢であっても、悪い夢より良い夢を見れた方がいい。
発情期後なんて鬱々としていて、体力はないわ腹は減ってるのに断食状態ですぐに食事は出来ないわ、自分の情けなさを思い出してヘコむわ悠真さんに腹は立つわで良いことなんてひとつもない。
おまけに今回は風邪をひくときた。千晶くんに迷惑まで掛けて。
いつもなら暫く自分のやらかしたことを引き摺るところだけど、今日のおれは違うのだ。
何か腹に入れて、薬を飲んで、またすぐにベッドに潜ろう。
この、少し満ちた気持ちのままもう一度寝れば、続きを見れるかもしれない。
寝室を出る足元はまだ少しふらつく。
一週間近くベッドの上でほぼ水分のみで生きてきたのだ、そうなっても仕方ない。
おれも筋トレとかするべきかな、悠真さんのお腹すごかったな、割れてて、硬くて、格好良かった。
あそこまではいかなくても少しくらい……まあ体力くらいはつけた方がいいか。
……廊下を歩く足がぴたりと止まった。
リビングに誰かがいるのがわかったから。
冷静に考えたらそれは花音か千晶くんだ、だけどおれの頭にはまさか、もしかして、なんて期待が浮かんでしまった。
まさか、まさか、まさか。
夢じゃなかったのかもしれない。
うちに、悠真さんが、
焦ってしまった。ただでさえ足元が覚束ないというのに、気だけが急いてしまった。
だって発情期じゃないのに。終わったのに。もしかしたらあの扉の先に悠真さんがいる。良い夢じゃなかった、現実かもしれない。
……そんな風に焦って足を出してしまうものだから。
おれは綺麗にすっ転んでしまった。大きな音を立てて。
おでこと鼻を強かに打ち、痛い、鼻血出たかも、なんて思ってる間に、リビングと扉が開いて、スーツの上着を脱いだだけの悠真さんが驚いたかおでこちらを見ていた。
「ゆーまさん……」
「どうしたの、トイレ?お腹空いた?ベッドにいて良かったのに」
「悠真さん……ほ、ほんもの……」
「うんそうだよ?どうした、まだ頭、回ってない?」
悠真さんは笑いながらおれを起こし、ベッドとソファどっちがいい、と訊いてくる。
意図がよくわからないまま、ソファ、と答えると、わかったと笑った悠真さんはひょいとおれを抱え上げたのだった。
「えっ、え?え、なんでっ」
「和音また痩せた?あ、食べれてないのか、何食べる?」
うどん、雑炊、リゾット、スープ。
ソファにおれを置いた悠真さんは選択肢を上げていく。あ、プリンは後でね、と添えて。
「え、え、プリン?えっ、う、うどん……?」
「やっぱりそうなのか、あの、ちあきくん、だっけ?が言ってたとおりだな、まあじゃあここに座ってて」
「えっ、待って、待っ、え、なんで悠真さん、いるの……」
キッチンへ向かおうとする悠真さんの裾を引き、混乱するままどうにか引き止める。
振り向いた悠真さんはきょとんとしたかおをして、和音をみるって言ったでしょ、と返してきた。
「ここにいてほしいって言ったのは和音だし」
「そ、れは……」
「千晶くんから引き継いで、シーツも干したし、スープも作っておいたよ、後幾つか副菜も。明日から食べられそうかな、熱、どう?……ん、微熱かな」
「ひえ」
おでこをくっつけて熱を測るものだから、変な声が出てしまった。
そんな測り方、漫画でしか見たことないんだけど!
完全に固まったおれに悠真さんはふっと笑い、大人しくしてて、と残して今度こそキッチンへ行ってしまった。
……なんだかそのやりとりが絵にかいたような、そんな、こいびとのようなやりとりに感じて、熱が上がった気がした。
恥ずかしい。
そんなのは別に望んでいない。
なのに、どきどきしてしまうのが止められなかった。
悠真さんはなんでこんなにおれが知らなかったことをしてくれるんだろう。
友人も、こいびとも、どちらも知らない。
なのに、なんでこんなにおれを安心させるのが上手なんだろう。
なんでこんなに、ばくばくした心臓が爆発しそうなのに、悠真さんはごく普通に、おれに、そんなこと、出来ちゃうんだろう。
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