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「大変申し訳ございませんでしたァ……」
「えっ何、かお上げてよ」

 午前九時、眩しい程の朝日が差し込むベッド、そのがびがびに汚れたシーツの上でおれは土下座をしていた。
 悠真さんは横になったまま、あ、仕事のこと?遅刻だって?だいじょぶだいじょぶ、なんて笑っている。
 それもだけど、そんなことじゃない!

 おれはおかしくなってたんだ。それはもう、滅茶苦茶頭がおかしくなってた。
 番になるなんてそんな重大なこと、あんなにすぐに。あんなにあっさり。あんなに簡単に!
 おれもおれだし、悠真さんも悠真さんだ、成人済とはいえ、家族に相談もなし、なんなら番……そう、番!に、相談もなく新しい番を作るなんて!
 ちら、と悠真さんの方を見ると、スマホを弄っていた手を止めて、なあに、とやたらと綺麗なかおで、余裕そうに笑う。

 ……慣れてんのかな、こういうの。
 もしかしておれはにばんめどころではなく、もっと他に番がいるのではないか。
 いやいいんだけど。おれはね?寧ろ多い方がおれも気にしなくてすんで楽っていうか?でもちょっとびっくりはするじゃん?
 幾らアルファは番を複数持てるといっても、実際にそうするひとはそんなにいない。
 番なんて、オメガの一生を左右するものだ。
 結婚離婚よりも重いもの。
 そんな重いものを強請ったおれが悪いのは百も承知だが、仕方ないだろう、ヒート中にまともな思考なんて出来る訳もない。
 だからこそ悠真さんが止めてくれるべき、だったと思うんだけど。オメガのフェロモンにあてられたアルファだって頭は回らなかったのかもしれないけど。

 あああ、それでも、それでもだ!
 もしかしたら、おれは何も知らない番のしあわせを壊したかもしれないのだ。
 火遊び、不倫、そんなものよりずっと重罪。
 本人がいないところで、だいじなだいじなアルファに新しく番にしてもらっただなんて。

「謝りに行きます……!」
「えー、いいよいいよ、そんなんさあ」
「アルファさまには大したことなくても!オメガには!」
「困ってるオメガを放っておけって言う子じゃないの、俺の番は」
「……」
「寧ろ俺がヒート状態にさせておいて置いてくなんてことしたら怒られちゃう」
「そんな菩薩みたいなオメガが……?」
「優しい子でしょお、ね、それよりルール決めよっか」
「るーる」

 悠真さんの見せたスマホの画面にはアプリが映っている。
 おれも使っているバース用アプリだ。
 今回のような突発的なものは当然防ぎようがないが、周期や体調で発情期を管理するアプリである。
 首輪とも連携していて、脈拍や体温、呼吸等でも管理が出来、ひとりでは勿論、番やパートナーと共有することも出来るものだ。
 まあおれ、家ん中だと首輪外しちゃうから確実ではなく、あくまでも目安だけど。

「つーかこれ、もうおれのと共有してんじゃんか」
「だって周期早いんでしょ?絶対ではないにせよ目安にはなるじゃん、近くなったら毎日連絡するね」
「毎日?」
「だって和音、自分から言ってこないでしょ、今日ヒートですーって」
「う……」

 言葉に詰まってしまう。
 当たり前だ、そんな恥ずかしいこと言えない。
 コントロールしてほしいんでしょう、そう言われても、素直に頷けない。
 ……無理だ、絶対無理。

「だからもうそろそろだなって頃、俺から連絡したげる、そしたら和音、答えるだけでいいし、その時は多分嘘、吐けないだろうしね」
「なんで……」

 そんなにおれのことわかるんだろう。そんなにわかりやすいかな。
 高校の時に絡んだこともなく、おれからしたら昨日出会ったばかりで……なんならまだセックスしかしてないというのに。しか、というにはあまりに大きい話だが。
 そんなもやもやをどこに投げることもないまま、悠真さんはどんどん話を進めていく。
 これ俺の番号、アカウント、あと名刺ね。
 そう渡された名刺はおれも知ってる……というか誰でも知ってる大手企業の名が入っていた。穂高グループ。そこの息子だと言う。

 え、とかおを上げると、うちの会社なの、だから割と勝手なこと出来るんだよね、と欠伸を噛み殺しながらなんてことないように話す。
 そんな良い所の息子さんがなんであんな普通の高校に?と自分たちのことは棚上げで考えてしまう。
 思わずそのまま訊いてしまったおれに、家から遠いとこに行きたかったんだよね、と自分とは真逆の理由が返ってきた。

「遠い……?」
「うん、ほら、周りの目、鬱陶しいじゃん?」
「そりゃあ……でもアルファなら」

 オメガと比べるとましっていうか、比べらんないでしょ、どう考えたってオメガの方が……
 やさぐれてしまう。だってどう考えたってアルファの方がいいに決まってるじゃないか。

「オメガもアルファも言い寄ってくるのが鬱陶しくて」
「……随分我儘ですね」
「えー、やだよ、皆打算なんだもん、わかるでしょ、そういうの」

 色が違うじゃない、と自分の目元を指しながら言う。
 流石にもう流すことを覚えたけど、中学生の時はそれが嫌で、アルファが少なさそうな学校を選んだと。
 オメガがいるのは仕方ないけど、と。

「おれもオメガだけど」
「うん」
「……鬱陶しくないの」
「んー、和音は違うかな」

 そう、中高のおれは違ったと思う。だって周りにはアルファだと思わせたかったし、何より誰とも関わらなかったし。
 ……でも今はほら、どうみたってオメガになってしまったじゃないか。
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