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「呑気に向こうの世界に帰ってる場合じゃないな」

 ぽつりとそう言うと、ジルと遥陽が同時に笑った。
 戸惑うおれに、そうだよ、と抱き締めて、撫でて、指先と頭に唇を落とす。
 どこかの物語のお姫様になったような気分だ。

「……ちょっと元気出たかも」
「良かった」
「そうだよね、今から暗くなってたらすぐ呑み込まれちゃうよね!魔女をとって食うくらいの気概でいなきゃ」

 よし、とふたりに笑ってみせる。
 不安なのはおれだけじゃない。
 魔女に会ったのはおれだけで、ふたりもよくわからないからこそおれがいちばんしっかりしなくちゃ。
 おれがふたりと離れるのがこわいなら、残される遥陽がこわいと思うのも、おれを失うジルが不安を感じるのもあるのだ。
 だからおれがいちばん明るくいなきゃ。

「枕投げでもする?」
「……それはいいから」
「そんなことより優希の話しよ」
「まあ、それがいちばん平和かな」
「それ全然平和じゃないんだけどぉ……」

 そしておれはまた、ふたりの変な争いに耳を覆いたくなるのだった。


 ◇◇◇

 寝れる訳ないじゃんと思ってたけど、意外と眠れるものらしい。
 気がついたら朝だった。我ながら良く寝る子だ、どうせなら縦に成長したかった。
 身動きが出来ないな……と思ったら、ふたりにがっつり抱き締められていて、ふたりはよくこれで寝れたものだと妙に感心してしまう。
 もぞ、と少し動いた位では緩まない腕の中、まあ少しは我慢してやるか、とあたたかい体温にもう一度瞳を閉じる。
 贅沢だな、すきなひとたちに囲まれて寝て起きてまた寝るなんて。
 いや、寝ないよ、ちょっと瞳を閉じるだけ。
 朝の爽やかな空気、鳥の囀りが聞こえる。耳元では二人の規則正しい穏やかな寝息。
 そんなの、二度寝を誘発に決まってるじゃんね。
 ……ああ、うとうとする。気持ちいいな。


「……キ、ユキ!」
「優希!」  
「んー……」

 折角気持ちよくうとうとしてたのに、慌てたようなふたりの声に、揺さぶられ、起こされる。
 なんだよ、先に起きたのおれなんだからな、ちょっとうとうとしてただけなんだから。

 何、と思ってたより不機嫌そうな声に、こっちの台詞だよ、と返された。
 どうやら魘されていたらしい。
 でもおれ、うとうとしてただけで夢なんか見てない。
 もしかしてロザリー様でも出てきてくれたんだろうか、最後の最後に少しだけ。
 でもそれなら覚えてないと意味ないんだよなあ。

「なんかおれ、言ってた?」
「いや、うーうー魘されてただけだけど」
「そか」

 くう、とひとつ伸びをする。
 当日、思ってたより穏やかな気分で迎えられたようだ。ふたりは心配そうな顔をしてるけど。
 ……そんなにやばい魘され方してた?寝相も別に悪くない方だと思うんだけど。いびきとか魘されるとかもあまり聞いたことなかったし。

「……今日はどうしようか」
「取り敢えずごはんたべる!」

 朝からとても元気な声が出た。


 ◇◇◇

 いつも通りのようで、全くいつも通りではない日だった。
 ジルは仕事をおいてずっと傍に居たし、遥陽だって離れない。
 誕生日でもないのにアンヌさんはおれのすきなものばかり用意してくれるし、モーリスさんも大剣片手に笑顔で近くに居た。ちょっとこわい。

 昼過ぎにはシャノン様に、更にセルジュさんまで来た。
 びっくりしていると、魔力が高いひとを用意しておいた方がいいかと思って、と返された。
 魔女に勝てる気はしないけど、一応お城の方にも集めているらしい。
 ……そんなに大事にしなくても、と思ったけど口にはしない。
 皆おれの為にしてくれてるのだ、有り難く思っておこう。
 心残りは最後にキャロルに会えないこと。
 今日の体調は良さそうとのことだったが、魔女の影響で何かがあってからでは遅いから呼ぶことは出来ない。
 最悪、死がありえる呪いには、まあ大丈夫だろなんて楽観的なことは言えない、自分で判断もできない幼い子なんだから、大人が守ってあげなくちゃ。
 それにそうだ、最後にする気はないんだ、明日でも明後日でも、笑顔で会いに行けばいい。

 皆で庭でお茶をするのは中々にシュールというかカオスというか、この先ここに残れてももう見ることは出来ない光景だろうな、と思った。
 相変わらずおれにべったりのジルと遥陽、給仕に回るアンヌさんとモーリスさん、腹の探り合いでもしてるかのようなシャノン様とセルジュさん。
 中心にいるのが自分じゃなければ面白いんだけどな。

 他のひともいるからな、他愛もない話を繰り返して、夕方を迎える。
 青い空がオレンジに紫になっていくのを、焦るような気持ちで眺める。
 昼間より、夕方以降になるんじゃないかなとは思っていた。
 勝手なイメージだ、白昼堂々というより、仄暗いところで消えてしまうような、そんな勝手な。
 何時になるかはわからない。
 真夜中になるかもしれないし、もうそろそろかもしれない。数時間後かもしれないし、数秒後の出来事かもしれない。

 ぎゅうと裾を握るおれの手に、ジルと遥陽の手が重なる。
 あたたかくて……遥陽の方は少し震えているみたいだ。
 ジルの手はいつもあたたかいのに、今はとても冷たい。
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