上 下
122 / 161

122

しおりを挟む
 項垂れたままのおれに、また優しく触れようとする手から逃げる。
 ベッドから降りて、よろける足でソファまで歩いて、倒れるように突っ伏した。
 喉から声が漏れる。こんなことなら、一週間なんていらなかった。
 有無を言わせず帰らせられてしまった方が、仕方ないなって諦められたかもしれない。
 そしたらジルも、さみしいって思ってくれてたのかな。


 ◇◇◇

 目が覚めたらベッドの中にいた。
 ソファで泣き疲れて寝たおれを、ジルがベッドに戻したのだろう。
 でも隣にジルは居ない。
 腕を伸ばしてみたけど、温もりは残ってなくて、胸が苦しくなった。

 おれがおかしいのはわかってる。会ったらちゃんと謝らなきゃ。
 子供みたいに我儘を言うおれに、ジルはただ当然のことを言っただけ。
 おれだって遥陽を家族の元に帰してあげたい。
 王太子としてそれなりに苦いものも呑み込んできたジルは、おれのために家族の元に帰るべきと言ったんだ。
 そんな優しさを、大人としての当然の想いを、ちゃんと理解しないといけない。

「ユキ様」

 ノックをして、モーリスさんが入ってきた。
 ベッドの上で呆然と座ってるおれに、起きてたんですね、と優しく言う。
 その声に、ああ、ジルが話をしたんだなってわかった。

「大丈夫ですか?風邪とかひかれてないですか?」
「……はい」
「ここを出る準備をしましょうか」
「はい……」
「朝食はどうします?ここにお持ちしましょうか」

 要らない、というおれに、食べなきゃ持ちませんよ、とモーリスさんが心配そうに言う。
 馬車に揺られるだけなんだから持たないもなにも。

「……モーリスさんは」
「はい」
「おれが帰るのは何も思わないですか」
「……そんな訳はないでしょう」

 少し呆れたような声に、それなのに安心した。
 ベッド脇まできて、おれの髪に触れる。
 優しいけれど、ジルとは違う触り方だ。

「前も言いましたが、弟のようにかわいいと思ってるんですよ」
「……」
「でもだからこそ、本来いるべき場所に戻らせてあげたいと思うんです。ユキ様が本来、安心していられる場所に。俺達がさみしいからと引き止めていい訳がないでしょう」
「おれ」
「はい」
「……ジルも、おれのこと、考えてくれてたの、わかるんです、でも、そんなんじゃなくて……大人とか、王子とか、そんな立場じゃなくて、ジルとして、さみしいって言ってほしかった……」

 わかってても感情が追いつかないんだ。
 思ってた言葉がほしかった。そんなのただのおれの我儘で自己満で、結果なんて変わりはしないのに、ひとり満たされたまま帰りたかっただけ。

「離れたくないの、おれだけなのかなあって」

 息を呑んで、失礼しますね、とモーリスさんがぎゅうとおれを抱き締める。
 ジルより更におっきくて、鍛えられた躰が少しかたい。
 でもあったかくて、泣いちゃう。いや、その前から多分泣いてたんだけど。

「……っ、う、うう……っ、く」
「俺だって離れたくないですよ、皆そうです。さみしいです、かわいくて素直で、明るくてちょっとうっかりしてるユキ様がいなくなったら。俺もアンヌさんもユキ様とずっと一緒に居させて貰ったでしょう、弟のように家族のように思ってるから、いなくなるのはとてもさみしい。でもしあわせになれる場所に帰れるなら、そこに俺達がいなくても帰らせてあげたいと思うのが愛情なんですよ」
「わかっ……わか、ってう、けどお……」
「ユキ様の言いたいこともわかりますよ、わかります……でも言えないでしょう」
「……ふ、っ、うぅ」
「ジル様がさみしいから帰らないでほしいなんて、そんな、勝手なこと」

 ジルが帰るなと言ってどうにかなる訳じゃない。
 引き止めてくれたジルと離されて、もっと辛くなるかもしれない。
 でもおれは言ってほしかった、口にして、こうやって抱き締めてほしかった。
 こんなんじゃ、吹っ切ることだって出来ない。


 ◇◇◇

 ひっくひっくとしゃくり上げるおれをどうにか着替えさせ、帰る準備をして、既に待っていた馬車に連れて行かれた。
 いちばん綺麗な馬車、その中にもうジルはいる。
 その馬車に乗せようとしたモーリスさんが、足を止めたおれに首を傾げた。

「ユキ様?」
「……モーリスさんたちと一緒のに乗る……」
「えっ、だめですよ」
「……やだ」
「荷物でいっぱいですからね、ユキ様が座るスペースないですよ」
「じゃあモーリスさんも一緒にこっち乗って」
「ええ……」
「ふ、ふたりはやだ……」

 そんなやり取りに、ジルはまたモーリスさんに八つ当たりでもするだろうか、そう思ったけど、あっさりと、モーリスも乗るといい、と許可を出す。
 ごめん、モーリスさんはめちゃくちゃ居心地悪いだろうけど、こんなことモーリスさんにしか頼めない。
 何だかんだふたりは仲が良いし、おれだって他のひとにこんな我儘言えない。

「ユキ様……そんなにくっつかれても」
「寒いもん、いいでしょ」
「……」

 ジルの対面に座るモーリスさんの横にべったりとくっついて座る。
 ジルの顔を見ることが出来ない癖に、こうやって拗ねたような、怒ってるんだからなというところを見せてしまうのが子供だというのに、わかっててもその行動を止めることが出来なかった。謝らなきゃ、って思ってたのに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

竜人の王である夫に運命の番が見つかったので離婚されました。結局再婚いたしますが。

重田いの
恋愛
竜人族は少子化に焦っていた。彼らは卵で産まれるのだが、その卵はなかなか孵化しないのだ。 少子化を食い止める鍵はたったひとつ! 運命の番様である! 番様と番うと、竜人族であっても卵ではなく子供が産まれる。悲劇を回避できるのだ……。 そして今日、王妃ファニアミリアの夫、王レヴニールに運命の番が見つかった。 離婚された王妃が、結局元サヤ再婚するまでのすったもんだのお話。 翼と角としっぽが生えてるタイプの竜人なので苦手な方はお気をつけて~。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

処理中です...