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項垂れたままのおれに、また優しく触れようとする手から逃げる。
ベッドから降りて、よろける足でソファまで歩いて、倒れるように突っ伏した。
喉から声が漏れる。こんなことなら、一週間なんていらなかった。
有無を言わせず帰らせられてしまった方が、仕方ないなって諦められたかもしれない。
そしたらジルも、さみしいって思ってくれてたのかな。
◇◇◇
目が覚めたらベッドの中にいた。
ソファで泣き疲れて寝たおれを、ジルがベッドに戻したのだろう。
でも隣にジルは居ない。
腕を伸ばしてみたけど、温もりは残ってなくて、胸が苦しくなった。
おれがおかしいのはわかってる。会ったらちゃんと謝らなきゃ。
子供みたいに我儘を言うおれに、ジルはただ当然のことを言っただけ。
おれだって遥陽を家族の元に帰してあげたい。
王太子としてそれなりに苦いものも呑み込んできたジルは、おれのために家族の元に帰るべきと言ったんだ。
そんな優しさを、大人としての当然の想いを、ちゃんと理解しないといけない。
「ユキ様」
ノックをして、モーリスさんが入ってきた。
ベッドの上で呆然と座ってるおれに、起きてたんですね、と優しく言う。
その声に、ああ、ジルが話をしたんだなってわかった。
「大丈夫ですか?風邪とかひかれてないですか?」
「……はい」
「ここを出る準備をしましょうか」
「はい……」
「朝食はどうします?ここにお持ちしましょうか」
要らない、というおれに、食べなきゃ持ちませんよ、とモーリスさんが心配そうに言う。
馬車に揺られるだけなんだから持たないもなにも。
「……モーリスさんは」
「はい」
「おれが帰るのは何も思わないですか」
「……そんな訳はないでしょう」
少し呆れたような声に、それなのに安心した。
ベッド脇まできて、おれの髪に触れる。
優しいけれど、ジルとは違う触り方だ。
「前も言いましたが、弟のようにかわいいと思ってるんですよ」
「……」
「でもだからこそ、本来いるべき場所に戻らせてあげたいと思うんです。ユキ様が本来、安心していられる場所に。俺達がさみしいからと引き止めていい訳がないでしょう」
「おれ」
「はい」
「……ジルも、おれのこと、考えてくれてたの、わかるんです、でも、そんなんじゃなくて……大人とか、王子とか、そんな立場じゃなくて、ジルとして、さみしいって言ってほしかった……」
わかってても感情が追いつかないんだ。
思ってた言葉がほしかった。そんなのただのおれの我儘で自己満で、結果なんて変わりはしないのに、ひとり満たされたまま帰りたかっただけ。
「離れたくないの、おれだけなのかなあって」
息を呑んで、失礼しますね、とモーリスさんがぎゅうとおれを抱き締める。
ジルより更におっきくて、鍛えられた躰が少しかたい。
でもあったかくて、泣いちゃう。いや、その前から多分泣いてたんだけど。
「……っ、う、うう……っ、く」
「俺だって離れたくないですよ、皆そうです。さみしいです、かわいくて素直で、明るくてちょっとうっかりしてるユキ様がいなくなったら。俺もアンヌさんもユキ様とずっと一緒に居させて貰ったでしょう、弟のように家族のように思ってるから、いなくなるのはとてもさみしい。でもしあわせになれる場所に帰れるなら、そこに俺達がいなくても帰らせてあげたいと思うのが愛情なんですよ」
「わかっ……わか、ってう、けどお……」
「ユキ様の言いたいこともわかりますよ、わかります……でも言えないでしょう」
「……ふ、っ、うぅ」
「ジル様がさみしいから帰らないでほしいなんて、そんな、勝手なこと」
ジルが帰るなと言ってどうにかなる訳じゃない。
引き止めてくれたジルと離されて、もっと辛くなるかもしれない。
でもおれは言ってほしかった、口にして、こうやって抱き締めてほしかった。
こんなんじゃ、吹っ切ることだって出来ない。
◇◇◇
ひっくひっくとしゃくり上げるおれをどうにか着替えさせ、帰る準備をして、既に待っていた馬車に連れて行かれた。
いちばん綺麗な馬車、その中にもうジルはいる。
その馬車に乗せようとしたモーリスさんが、足を止めたおれに首を傾げた。
「ユキ様?」
「……モーリスさんたちと一緒のに乗る……」
「えっ、だめですよ」
「……やだ」
「荷物でいっぱいですからね、ユキ様が座るスペースないですよ」
「じゃあモーリスさんも一緒にこっち乗って」
「ええ……」
「ふ、ふたりはやだ……」
そんなやり取りに、ジルはまたモーリスさんに八つ当たりでもするだろうか、そう思ったけど、あっさりと、モーリスも乗るといい、と許可を出す。
ごめん、モーリスさんはめちゃくちゃ居心地悪いだろうけど、こんなことモーリスさんにしか頼めない。
何だかんだふたりは仲が良いし、おれだって他のひとにこんな我儘言えない。
「ユキ様……そんなにくっつかれても」
「寒いもん、いいでしょ」
「……」
ジルの対面に座るモーリスさんの横にべったりとくっついて座る。
ジルの顔を見ることが出来ない癖に、こうやって拗ねたような、怒ってるんだからなというところを見せてしまうのが子供だというのに、わかっててもその行動を止めることが出来なかった。謝らなきゃ、って思ってたのに。
ベッドから降りて、よろける足でソファまで歩いて、倒れるように突っ伏した。
喉から声が漏れる。こんなことなら、一週間なんていらなかった。
有無を言わせず帰らせられてしまった方が、仕方ないなって諦められたかもしれない。
そしたらジルも、さみしいって思ってくれてたのかな。
◇◇◇
目が覚めたらベッドの中にいた。
ソファで泣き疲れて寝たおれを、ジルがベッドに戻したのだろう。
でも隣にジルは居ない。
腕を伸ばしてみたけど、温もりは残ってなくて、胸が苦しくなった。
おれがおかしいのはわかってる。会ったらちゃんと謝らなきゃ。
子供みたいに我儘を言うおれに、ジルはただ当然のことを言っただけ。
おれだって遥陽を家族の元に帰してあげたい。
王太子としてそれなりに苦いものも呑み込んできたジルは、おれのために家族の元に帰るべきと言ったんだ。
そんな優しさを、大人としての当然の想いを、ちゃんと理解しないといけない。
「ユキ様」
ノックをして、モーリスさんが入ってきた。
ベッドの上で呆然と座ってるおれに、起きてたんですね、と優しく言う。
その声に、ああ、ジルが話をしたんだなってわかった。
「大丈夫ですか?風邪とかひかれてないですか?」
「……はい」
「ここを出る準備をしましょうか」
「はい……」
「朝食はどうします?ここにお持ちしましょうか」
要らない、というおれに、食べなきゃ持ちませんよ、とモーリスさんが心配そうに言う。
馬車に揺られるだけなんだから持たないもなにも。
「……モーリスさんは」
「はい」
「おれが帰るのは何も思わないですか」
「……そんな訳はないでしょう」
少し呆れたような声に、それなのに安心した。
ベッド脇まできて、おれの髪に触れる。
優しいけれど、ジルとは違う触り方だ。
「前も言いましたが、弟のようにかわいいと思ってるんですよ」
「……」
「でもだからこそ、本来いるべき場所に戻らせてあげたいと思うんです。ユキ様が本来、安心していられる場所に。俺達がさみしいからと引き止めていい訳がないでしょう」
「おれ」
「はい」
「……ジルも、おれのこと、考えてくれてたの、わかるんです、でも、そんなんじゃなくて……大人とか、王子とか、そんな立場じゃなくて、ジルとして、さみしいって言ってほしかった……」
わかってても感情が追いつかないんだ。
思ってた言葉がほしかった。そんなのただのおれの我儘で自己満で、結果なんて変わりはしないのに、ひとり満たされたまま帰りたかっただけ。
「離れたくないの、おれだけなのかなあって」
息を呑んで、失礼しますね、とモーリスさんがぎゅうとおれを抱き締める。
ジルより更におっきくて、鍛えられた躰が少しかたい。
でもあったかくて、泣いちゃう。いや、その前から多分泣いてたんだけど。
「……っ、う、うう……っ、く」
「俺だって離れたくないですよ、皆そうです。さみしいです、かわいくて素直で、明るくてちょっとうっかりしてるユキ様がいなくなったら。俺もアンヌさんもユキ様とずっと一緒に居させて貰ったでしょう、弟のように家族のように思ってるから、いなくなるのはとてもさみしい。でもしあわせになれる場所に帰れるなら、そこに俺達がいなくても帰らせてあげたいと思うのが愛情なんですよ」
「わかっ……わか、ってう、けどお……」
「ユキ様の言いたいこともわかりますよ、わかります……でも言えないでしょう」
「……ふ、っ、うぅ」
「ジル様がさみしいから帰らないでほしいなんて、そんな、勝手なこと」
ジルが帰るなと言ってどうにかなる訳じゃない。
引き止めてくれたジルと離されて、もっと辛くなるかもしれない。
でもおれは言ってほしかった、口にして、こうやって抱き締めてほしかった。
こんなんじゃ、吹っ切ることだって出来ない。
◇◇◇
ひっくひっくとしゃくり上げるおれをどうにか着替えさせ、帰る準備をして、既に待っていた馬車に連れて行かれた。
いちばん綺麗な馬車、その中にもうジルはいる。
その馬車に乗せようとしたモーリスさんが、足を止めたおれに首を傾げた。
「ユキ様?」
「……モーリスさんたちと一緒のに乗る……」
「えっ、だめですよ」
「……やだ」
「荷物でいっぱいですからね、ユキ様が座るスペースないですよ」
「じゃあモーリスさんも一緒にこっち乗って」
「ええ……」
「ふ、ふたりはやだ……」
そんなやり取りに、ジルはまたモーリスさんに八つ当たりでもするだろうか、そう思ったけど、あっさりと、モーリスも乗るといい、と許可を出す。
ごめん、モーリスさんはめちゃくちゃ居心地悪いだろうけど、こんなことモーリスさんにしか頼めない。
何だかんだふたりは仲が良いし、おれだって他のひとにこんな我儘言えない。
「ユキ様……そんなにくっつかれても」
「寒いもん、いいでしょ」
「……」
ジルの対面に座るモーリスさんの横にべったりとくっついて座る。
ジルの顔を見ることが出来ない癖に、こうやって拗ねたような、怒ってるんだからなというところを見せてしまうのが子供だというのに、わかっててもその行動を止めることが出来なかった。謝らなきゃ、って思ってたのに。
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