113 / 161
113
しおりを挟む
思えば、この国に来ていちばん命の危機を感じているのかもしれない。
こわい、殺されるかも、と思ったことは何度もあったけど、ここまで直にやばいと思ったことはなかったし、最近ではもうジルたちに守られることが当然だったから。
「……お、王族……」
「本当にそう考えた?」
刺すような冷たい声に躰が縮む。こわい。見た目はおれたちとそう変わらない彼がすごく。
多分、本能がこいつやばいと言ってる。
「半分当たりではあるんだけど。それだけに気分悪い」
舌打ちをして苦々しげにおれを見下ろす。綺麗な顔が歪んで、それが余計にこわい。
だって……だって……おかしいんだ、おれが考えてることは。
でも王族が半分当たりということは、やっぱりそうなんだと、思う。
「……魔女、」
ぽつりと呟いたおれに、わかってるじゃない、とにこりと笑った。
わかっていたのに、正解だと言われると改めて鳥肌が立つ。
じり、と後ずさるおれの腕を引いて、逃げたらだめだよ、と言う。
「別にとって食おうって訳じゃない、キミにとっては悪くない話だよ」
「どういう……」
「この国にキミは要らないから」
いきなり冷水をかけられた気分だった。
悪くない話、とは……
「そんなに青くならないでよ、そうだね、ちゃんと話をしようか」
「……っは、い」
息苦しい。
直球で要らないなんて言われて平気でいられるひとはいるのだろうか。
だって皆……おれがいてくれて助かるって、神様だって、
……愛しいって……
「そもそもキミは呼ばれてないんだからね」
「……っ」
「ルールを破られると困る」
「おれが……破った訳じゃ……」
「そうだね、だからここでキミには朗報だよ」
この場に似合わない『朗報』に固まる。碌なことではなさそうで。
俯いて身構えたおれに、また、ちゃんとこっちを見て、と顎を掴まれ、強制的に視線を合わせられる。
さっきからずっと、こいつの……このひとの意図が読めない。
「キミを元の世界に戻してあげる」
「……は」
「嬉しいでしょう?家族の元に帰れるよ、ここでのことは夢だとでも思っておけばいい、少し長い夢だったと」
「夢……」
「そう、夢。少し長いだけの夢。起きたらいつも通り、前と変わらない生活をすればいい」
前と変わらない……
心臓がばくばくする。戻れる、前の世界に。
自分の部屋、学校、家族、ともだち、娯楽、平和な世界。
もう戻れないと思ってた世界に。
「良かったねえ、キミだけ特別だよ」
「おれだけ……特別……」
「そうだよ、こっちではキミはいらないけど、あっちではきっと家族が探してるよ、そこに戻してあげる」
「……遥陽、遥陽は」
「神子様はだめ」
「え」
「選ばれて呼ばれた子には何も出来ないよ、それがこの世界のルールだから。この世界にキミがいなくなること以外はなにも出来ない」
「……遥陽は」
「だめだって言ってるだろ」
機嫌の良かった声が急に冷たいものに変わる。ぎゅっと躰が強ばった。
やっぱりこわい。このひとの情緒がわからない。
「帰れるのはキミだけ。この世界に要らないキミだけだよ」
苛々したように吐き捨てる言葉に胸がじくじくする。
わかってるけど、何度も何度もこの世界に要らないと言われると、哀しくなる、寂しくなる。
確かにおれは、召喚に失敗されて、間違えて遥陽にくっついてきただけで、こんな不吉な見た目で、特に得意なこともなくて、この国に何かをもたらすことは出来なくて。
でも漸く少し、役に立てるようになってきたんだ。
この国を護るって、ロザリー様みたいに、この国を……
遥陽と……神子様と違って、おれの力は代わりがいる。ただ魔力が高いだけ。
ロザリー様のような力を持ったひとがまた現れるかもしれない。
ロザリー様が亡くなって三年。
多少は被害があったようだけど、前より平和になったと言ってもらえたけど、たいして……そんなに壊滅的な被害はなかったのだろう。
つまり数年くらいはおれがいなくたってよくて、その内ロザリー様やおれみたいな力を持ったひとが現れて……
だから、おれはそんなに気にしなくてよくて……
だっておれは要らないから。
「あ……」
「かわいそうだね」
「……っ」
頬を拭われて、涙が溢れていたことに気付く。
かわいそう。
かわいそうなのか、おれは。
要らないのに、間違えてこんな世界に呼ばれて。
でも、ひとりでしか戻れない。
遥陽がだいじだったあの世界に、おれはひとりで。
別に家族と仲が悪かった訳じゃない。
反抗期とかもあったけど、でも、離れられて嬉しいと思ったことはない。
心配されてると思う。戻ったら多分、抱き締められる。生きていて良かったと。
でも、遥陽の家族はもっと仲が良かった。そこに、おれだけが戻るの?
遥陽を連れて帰られなくてごめんって?
ひとりで。
遥陽や、この世界で知り合った皆を捨てて?
大半が会ったことはない、この国のひとたちを見捨てて?
遥陽と、ジルに、もう会えずに?
おれが、自分で、それを選ぶの?
「ふふ」
「……」
「泣いちゃった」
「だってっ……」
「いいよ、僕は優しいからお別れの時間をあげる」
楽しそうに笑って、一週間、と指を立てた。
「一週間あげる。神子様にお別れを言っておいで」
「いっしゅ、かん……」
「そう、十分でしょう?急に違う世界に召還するような奴等よりずっと優しいと思うんだけど。皆にさよならを言っておいで」
それでキミは元の通りに戻してあげる、そう耳元で囁かれて、気がついたらおれは、雪の降る暗い世界にぽつりとひとり、立っていた。
こわい、殺されるかも、と思ったことは何度もあったけど、ここまで直にやばいと思ったことはなかったし、最近ではもうジルたちに守られることが当然だったから。
「……お、王族……」
「本当にそう考えた?」
刺すような冷たい声に躰が縮む。こわい。見た目はおれたちとそう変わらない彼がすごく。
多分、本能がこいつやばいと言ってる。
「半分当たりではあるんだけど。それだけに気分悪い」
舌打ちをして苦々しげにおれを見下ろす。綺麗な顔が歪んで、それが余計にこわい。
だって……だって……おかしいんだ、おれが考えてることは。
でも王族が半分当たりということは、やっぱりそうなんだと、思う。
「……魔女、」
ぽつりと呟いたおれに、わかってるじゃない、とにこりと笑った。
わかっていたのに、正解だと言われると改めて鳥肌が立つ。
じり、と後ずさるおれの腕を引いて、逃げたらだめだよ、と言う。
「別にとって食おうって訳じゃない、キミにとっては悪くない話だよ」
「どういう……」
「この国にキミは要らないから」
いきなり冷水をかけられた気分だった。
悪くない話、とは……
「そんなに青くならないでよ、そうだね、ちゃんと話をしようか」
「……っは、い」
息苦しい。
直球で要らないなんて言われて平気でいられるひとはいるのだろうか。
だって皆……おれがいてくれて助かるって、神様だって、
……愛しいって……
「そもそもキミは呼ばれてないんだからね」
「……っ」
「ルールを破られると困る」
「おれが……破った訳じゃ……」
「そうだね、だからここでキミには朗報だよ」
この場に似合わない『朗報』に固まる。碌なことではなさそうで。
俯いて身構えたおれに、また、ちゃんとこっちを見て、と顎を掴まれ、強制的に視線を合わせられる。
さっきからずっと、こいつの……このひとの意図が読めない。
「キミを元の世界に戻してあげる」
「……は」
「嬉しいでしょう?家族の元に帰れるよ、ここでのことは夢だとでも思っておけばいい、少し長い夢だったと」
「夢……」
「そう、夢。少し長いだけの夢。起きたらいつも通り、前と変わらない生活をすればいい」
前と変わらない……
心臓がばくばくする。戻れる、前の世界に。
自分の部屋、学校、家族、ともだち、娯楽、平和な世界。
もう戻れないと思ってた世界に。
「良かったねえ、キミだけ特別だよ」
「おれだけ……特別……」
「そうだよ、こっちではキミはいらないけど、あっちではきっと家族が探してるよ、そこに戻してあげる」
「……遥陽、遥陽は」
「神子様はだめ」
「え」
「選ばれて呼ばれた子には何も出来ないよ、それがこの世界のルールだから。この世界にキミがいなくなること以外はなにも出来ない」
「……遥陽は」
「だめだって言ってるだろ」
機嫌の良かった声が急に冷たいものに変わる。ぎゅっと躰が強ばった。
やっぱりこわい。このひとの情緒がわからない。
「帰れるのはキミだけ。この世界に要らないキミだけだよ」
苛々したように吐き捨てる言葉に胸がじくじくする。
わかってるけど、何度も何度もこの世界に要らないと言われると、哀しくなる、寂しくなる。
確かにおれは、召喚に失敗されて、間違えて遥陽にくっついてきただけで、こんな不吉な見た目で、特に得意なこともなくて、この国に何かをもたらすことは出来なくて。
でも漸く少し、役に立てるようになってきたんだ。
この国を護るって、ロザリー様みたいに、この国を……
遥陽と……神子様と違って、おれの力は代わりがいる。ただ魔力が高いだけ。
ロザリー様のような力を持ったひとがまた現れるかもしれない。
ロザリー様が亡くなって三年。
多少は被害があったようだけど、前より平和になったと言ってもらえたけど、たいして……そんなに壊滅的な被害はなかったのだろう。
つまり数年くらいはおれがいなくたってよくて、その内ロザリー様やおれみたいな力を持ったひとが現れて……
だから、おれはそんなに気にしなくてよくて……
だっておれは要らないから。
「あ……」
「かわいそうだね」
「……っ」
頬を拭われて、涙が溢れていたことに気付く。
かわいそう。
かわいそうなのか、おれは。
要らないのに、間違えてこんな世界に呼ばれて。
でも、ひとりでしか戻れない。
遥陽がだいじだったあの世界に、おれはひとりで。
別に家族と仲が悪かった訳じゃない。
反抗期とかもあったけど、でも、離れられて嬉しいと思ったことはない。
心配されてると思う。戻ったら多分、抱き締められる。生きていて良かったと。
でも、遥陽の家族はもっと仲が良かった。そこに、おれだけが戻るの?
遥陽を連れて帰られなくてごめんって?
ひとりで。
遥陽や、この世界で知り合った皆を捨てて?
大半が会ったことはない、この国のひとたちを見捨てて?
遥陽と、ジルに、もう会えずに?
おれが、自分で、それを選ぶの?
「ふふ」
「……」
「泣いちゃった」
「だってっ……」
「いいよ、僕は優しいからお別れの時間をあげる」
楽しそうに笑って、一週間、と指を立てた。
「一週間あげる。神子様にお別れを言っておいで」
「いっしゅ、かん……」
「そう、十分でしょう?急に違う世界に召還するような奴等よりずっと優しいと思うんだけど。皆にさよならを言っておいで」
それでキミは元の通りに戻してあげる、そう耳元で囁かれて、気がついたらおれは、雪の降る暗い世界にぽつりとひとり、立っていた。
65
お気に入りに追加
3,552
あなたにおすすめの小説
初恋の公爵様は僕を愛していない
上総啓
BL
伯爵令息であるセドリックはある日、帝国の英雄と呼ばれるヘルツ公爵が自身の初恋の相手であることに気が付いた。
しかし公爵は皇女との恋仲が噂されており、セドリックは初恋相手が発覚して早々失恋したと思い込んでしまう。
幼い頃に辺境の地で公爵と共に過ごした思い出を胸に、叶わぬ恋をひっそりと終わらせようとするが…そんなセドリックの元にヘルツ公爵から求婚状が届く。
もしや辺境でのことを覚えているのかと高揚するセドリックだったが、公爵は酷く冷たい態度でセドリックを覚えている様子は微塵も無い。
単なる政略結婚であることを自覚したセドリックは、恋心を伝えることなく封じることを決意した。
一方ヘルツ公爵は、初恋のセドリックをようやく手に入れたことに並々ならぬ喜びを抱いていて――?
愛の重い口下手攻め×病弱美人受け
※二人がただただすれ違っているだけの話
前中後編+攻め視点の四話完結です
【完結】聖人君子で有名な王子に脅されている件
綿貫 ぶろみ
BL
オメガが保護という名目で貴族のオモチャにされる事がいやだった主人公は、オメガである事を隠して生きていた。田舎で悠々自適な生活を送る主人公の元に王子が現れ、いきなり「番になれ」と要求してきて・・・
オメガバース作品となっております。R18にはならないゆるふわ作品です。7時18時更新です。
皆様の反応を見つつ続きを書けたらと思ってます。
公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
文官Aは王子に美味しく食べられました
東院さち
BL
リンドは姉ミリアの代わりに第三王子シリウスに会いに行った。シリウスは優しくて、格好良くて、リンドは恋してしまった。けれど彼は姉の婚約者で。自覚した途端にやってきた成長期で泣く泣く別れたリンドは文官として王城にあがる。
転載になりまさ
ブレスレットが運んできたもの
mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。
そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。
血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。
これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。
俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。
そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?
悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません
ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。
俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。
舞台は、魔法学園。
悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。
なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…?
※旧タイトル『愛と死ね』
非力な守護騎士は幻想料理で聖獣様をお支えします
muku
BL
聖なる山に住む聖獣のもとへ守護騎士として送られた、伯爵令息イリス。
非力で成人しているのに子供にしか見えないイリスは、前世の記憶と山の幻想的な食材を使い、食事を拒む聖獣セフィドリーフに料理を作ることに。
両親に疎まれて居場所がないながらも、健気に生きるイリスにセフィドリーフは心動かされ始めていた。
そして人間嫌いのセフィドリーフには隠された過去があることに、イリスは気づいていく。
非力な青年×人間嫌いの人外の、料理と癒しの物語。
※全年齢向け作品です。
魔王討伐後に勇者の子を身篭ったので、逃げたけど結局勇者に捕まった。
柴傘
BL
勇者パーティーに属していた魔術師が勇者との子を身篭ったので逃走を図り失敗に終わるお話。
頭よわよわハッピーエンド、執着溺愛勇者×気弱臆病魔術師。
誰もが妊娠できる世界、勇者パーティーは皆仲良し。
さくっと読める短編です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる