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 思えば、この国に来ていちばん命の危機を感じているのかもしれない。
 こわい、殺されるかも、と思ったことは何度もあったけど、ここまで直にやばいと思ったことはなかったし、最近ではもうジルたちに守られることが当然だったから。

「……お、王族……」
「本当にそう考えた?」

 刺すような冷たい声に躰が縮む。こわい。見た目はおれたちとそう変わらない彼がすごく。
 多分、本能がこいつやばいと言ってる。

「半分当たりではあるんだけど。それだけに気分悪い」

 舌打ちをして苦々しげにおれを見下ろす。綺麗な顔が歪んで、それが余計にこわい。
 だって……だって……おかしいんだ、おれが考えてることは。
 でも王族が半分当たりということは、やっぱりそうなんだと、思う。

「……魔女、」

 ぽつりと呟いたおれに、わかってるじゃない、とにこりと笑った。
 わかっていたのに、正解だと言われると改めて鳥肌が立つ。
 じり、と後ずさるおれの腕を引いて、逃げたらだめだよ、と言う。

「別にとって食おうって訳じゃない、キミにとっては悪くない話だよ」
「どういう……」
「この国にキミは要らないから」

 いきなり冷水をかけられた気分だった。
 悪くない話、とは……

「そんなに青くならないでよ、そうだね、ちゃんと話をしようか」
「……っは、い」

 息苦しい。
 直球で要らないなんて言われて平気でいられるひとはいるのだろうか。
 だって皆……おれがいてくれて助かるって、神様だって、
 ……愛しいって……

「そもそもキミは呼ばれてないんだからね」
「……っ」
「ルールを破られると困る」
「おれが……破った訳じゃ……」
「そうだね、だからここでキミには朗報だよ」

 この場に似合わない『朗報』に固まる。碌なことではなさそうで。
 俯いて身構えたおれに、また、ちゃんとこっちを見て、と顎を掴まれ、強制的に視線を合わせられる。
 さっきからずっと、こいつの……このひとの意図が読めない。

「キミを元の世界に戻してあげる」
「……は」
「嬉しいでしょう?家族の元に帰れるよ、ここでのことは夢だとでも思っておけばいい、少し長い夢だったと」
「夢……」
「そう、夢。少し長いだけの夢。起きたらいつも通り、前と変わらない生活をすればいい」

 前と変わらない……

 心臓がばくばくする。戻れる、前の世界に。
 自分の部屋、学校、家族、ともだち、娯楽、平和な世界。
 もう戻れないと思ってた世界に。

「良かったねえ、キミだけ特別だよ」
「おれだけ……特別……」
「そうだよ、こっちではキミはいらないけど、あっちではきっと家族が探してるよ、そこに戻してあげる」
「……遥陽、遥陽は」
「神子様はだめ」
「え」
「選ばれて呼ばれた子には何も出来ないよ、それがこの世界のルールだから。この世界にキミがいなくなること以外はなにも出来ない」
「……遥陽は」
「だめだって言ってるだろ」

 機嫌の良かった声が急に冷たいものに変わる。ぎゅっと躰が強ばった。
 やっぱりこわい。このひとの情緒がわからない。

「帰れるのはキミだけ。この世界に要らないキミだけだよ」

 苛々したように吐き捨てる言葉に胸がじくじくする。
 わかってるけど、何度も何度もこの世界に要らないと言われると、哀しくなる、寂しくなる。
 確かにおれは、召喚に失敗されて、間違えて遥陽にくっついてきただけで、こんな不吉な見た目で、特に得意なこともなくて、この国に何かをもたらすことは出来なくて。
 でも漸く少し、役に立てるようになってきたんだ。
 この国を護るって、ロザリー様みたいに、この国を……
 遥陽と……神子様と違って、おれの力は代わりがいる。ただ魔力が高いだけ。
 ロザリー様のような力を持ったひとがまた現れるかもしれない。
 ロザリー様が亡くなって三年。
 多少は被害があったようだけど、前より平和になったと言ってもらえたけど、たいして……そんなに壊滅的な被害はなかったのだろう。
 つまり数年くらいはおれがいなくたってよくて、その内ロザリー様やおれみたいな力を持ったひとが現れて……
 だから、おれはそんなに気にしなくてよくて……
 だっておれは要らないから。

「あ……」
「かわいそうだね」
「……っ」

 頬を拭われて、涙が溢れていたことに気付く。
 かわいそう。
 かわいそうなのか、おれは。
 要らないのに、間違えてこんな世界に呼ばれて。
 でも、ひとりでしか戻れない。
 遥陽がだいじだったあの世界に、おれはひとりで。

 別に家族と仲が悪かった訳じゃない。
 反抗期とかもあったけど、でも、離れられて嬉しいと思ったことはない。
 心配されてると思う。戻ったら多分、抱き締められる。生きていて良かったと。
 でも、遥陽の家族はもっと仲が良かった。そこに、おれだけが戻るの?
 遥陽を連れて帰られなくてごめんって?
 ひとりで。

 遥陽や、この世界で知り合った皆を捨てて?
 大半が会ったことはない、この国のひとたちを見捨てて?
 遥陽と、ジルに、もう会えずに?
 おれが、自分で、それを選ぶの?

「ふふ」
「……」
「泣いちゃった」
「だってっ……」
「いいよ、僕は優しいからお別れの時間をあげる」

 楽しそうに笑って、一週間、と指を立てた。

「一週間あげる。神子様にお別れを言っておいで」
「いっしゅ、かん……」
「そう、十分でしょう?急に違う世界に召還するような奴等よりずっと優しいと思うんだけど。皆にさよならを言っておいで」

 それでキミは元の通りに戻してあげる、そう耳元で囁かれて、気がついたらおれは、雪の降る暗い世界にぽつりとひとり、立っていた。
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