上 下
100 / 161

100

しおりを挟む
「いざとなったらこの中和薬みたいなの使って、この睡眠薬で強制的に眠らせてほしい」
「ユキ……」
「んえ」

 肩をがっちりと掴まれて、そんなこと他のひとに言ったらだめだよ、とちょっとこわい顔で言ってくる。
 だからジルに言ってるんじゃないか。

「遥陽やモーリスさんにお願いしたらジルがいやがるかなって」
「いやだよ」
「早」
「ユキの苦しそうな顔も、寝てる姿も見られたくない」

 食い気味のジルがおれの頬を挟んで、熱い視線で言う。
 ……そんなの、見られたことはあるし、だけどおれだって見られて嬉しいものではないけど。でも。
 そんな子供じみた独占欲が、嫉妬が、少し心地好い。

「じゃあジルが見てて」
「……飲むの?」
「明日の朝から飲んで一日潰すより、寝る前に飲んで一晩寝て治った方がいいかなって……や、どうせ一日潰したってたいしたことないんだけどさ」
「……意外と合理的」
「失礼な」

 おれだって何も考えず適当に生きてる訳じゃないぞ、行き当たりばったりだけど。

「……においは良いんだよな、甘いジュースみたいな」

 蓋を開けて、まずはかおりのチェックをした。
 香油もいいにおいだったし、かおりには拘ってるのかな。見た目と味にも拘ってほしい。
 キャロルがにがいのいや、と言った時に、甘くしてるわよ、と返してたけど、ただ甘さを足すだけでいい訳ではないんだよなあ……

 えーい、シャノン様の言ってた通り、死にゃしないだろう。
 鼻を摘んで小瓶を傾ける。
 口の中に甘過ぎる程のシロップのような味と、複雑な苦みを感じた。ふつーに不味い。これはキャロルは泣く。おれだって泣きそう。

「くそ不味い」
「……お腹は?大丈夫?」
「痛くはない……うえ、まっず、なんか口直しほしい……」
「ちょっと待って」

 慌てたジルが部屋を飛び出して行く。
 部屋に焼き菓子か何かなかったっけ、と思ってたくらいだったのに、わざわざ厨房まで向かったんだろうか。
 そういうとこだぞ、甘やかし過ぎなところ。

「ん……」

 躰が熱い気がする。
 胸の奥が熱くて、ぐるぐるして、それがどんどん拡がっているような。
 このぐるぐるするようなものがおれの魔力なんだろうか。
 これをコントロールって、どうやってやるんだろう。
 血液が躰の中を巡るように、指先までそれを感じる。

 熱い。

「ユキ」
「……ジル」

 戻ってきたジルが焦ったようにおれを呼ぶ。
 そりゃそうだ、たかが数分でこんななるなんておれだって思わなかった。
 シャノン様は強いとちゃんと教えてくれたけど、舐めてたな、ここまでとは思わなかった。
 でも確かに魔力の動きがわかるのは事実だ。ジルが慌ててもうひとつの小瓶を取り出したけど手で制した。
 まだ大丈夫、まだ。
 どうせならちゃんと体感しておかなきゃ。

「ん、う」
「苦しい?」
「んっ……だいじょぶっ……っは」
「まだ頑張れる?」
「ぅんッ……」

 ジルの優しい声に頷く。
 頭がぼおっとなってきた。
 やばい、もうちょっとしっかりしなきゃ。

「え、と、……手」
「手?」
「う、腕」

 首、心臓、腹、足。
 遥陽が指を指していったところを思い出す。自分のことも護れと言っていた。
 だからそこを意識してみたんだけど。
 幾つか繰り返して、何となく、こんなものかと手応えも感じる。
 手のひらから出すイメージも、掴めてきた。
 躰の中から、このぐるぐるした熱いものを出していく。
 セルジュさんもおれの魔力は多いと言っていた。
 確かに、外に出しても出しても躰の奥からどんどん湧いてくる気がする。あくまでも気がする、だけなんだけど。

「っ、う」
「ユキ、そろそろ終わろう」
「うん……」

 ジルに止められて、口許に運ばれた小瓶の中身をこくりと飲み込む。
 これもまた不味い。

「あ……ジル、血」
「俺のじゃないよ」
「……?」
「躰は大丈夫?」
「……多分」

 不思議と躰の熱がすうっと引いていく。
 暫くジルに凭れていて、そっとハンカチで鼻を押さえられ、漸くジルの指についた血はジルのものではなくおれのものだと気付く。鼻血出ちゃってたみたい。
 魔力を使い過ぎて躰が興奮するってこういうことか。
 魔力と躰の作りでは、魔力の方が勝っちゃうんだな。

「眠れそう?」
「た、多分」
「じゃあ睡眠薬は要らないね?」
「それより、口の中、にがい……」
「じゃあ口開けて」

 大人しく口を開くと、つるりとしたものが入ってくる。
 これが口直しに持ってきてくれたものか。

「……ゼリーだ」
「ユキがすきそうだと思って、アンヌに頼んでたんだ」
「おいしい」
「まだ食べる?」
「食べる」

 まだ口の中は少し苦い、早く、とまた口を開くおれに、嬉しそうに笑ってジルは手を動かす。
 銀のスプーンが夕焼けのような色のゼリーを掬い、口許に運ばれる。
 相変わらず、餌付けが楽しいようだ。
 甘くてさっぱりしたゼリーが口の中の苦みを消していく。
 沁みるような甘みを堪能しながら、凭れたままの背中でジルの体温を感じる。
 病人でもないのに、言い出しっぺはおれなのに、こんなに優しくされるのに慣れてしまっていいんだろうか。甘いのはゼリーだけじゃない。
 あああ、心の中では警鐘が鳴ってるのに、なのにこのあたたかい場所から離れることが出来なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

異世界召喚に巻き込まれたおばあちゃん

夏本ゆのす(香柚)
ファンタジー
高校生たちの異世界召喚にまきこまれましたが、関係ないので森に引きこもります。 のんびり余生をすごすつもりでしたが、何故か魔法が使えるようなので少しだけ頑張って生きてみようと思います。

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

ブレスレットが運んできたもの

mahiro
BL
第一王子が15歳を迎える日、お祝いとは別に未来の妃を探すことを目的としたパーティーが開催することが発表された。 そのパーティーには身分関係なく未婚である女性や歳の近い女性全員に招待状が配られたのだという。 血の繋がりはないが訳あって一緒に住むことになった妹ーーーミシェルも例外ではなく招待されていた。 これまた俺ーーーアレットとは血の繋がりのない兄ーーーベルナールは妹大好きなだけあって大いに喜んでいたのだと思う。 俺はといえば会場のウェイターが足りないため人材募集が貼り出されていたので応募してみたらたまたま通った。 そして迎えた当日、グラスを片付けるため会場から出た所、廊下のすみに光輝く何かを発見し………?

処理中です...