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ここですよ、とモーリスさんに案内された部屋の前には、特に誰もいない。
キャロルの部屋の前も誰かいたりいなかったりだった。
何かしらの使い分けみたいなものがあるのだろうか。
ノックをしてみたけど返事はない。
ジルは城にいる筈、と言っていたけど、部屋に必ずいるという訳ではない。
もしかしたらキャロルの部屋にいるかもしれないし、食事にいってたりするかもしれない。
休みだからともしかしたらどっか遊びに行ってるのかもしれない。
「不在ですかねえ」
「うーん」
もう一回ノックをして、少し大きな声で、遥陽、と呼んでみる。
中からがたっと音がして、次いで走る足音、どたっと音もした。
「居るみたいですね……」
「てか今転ぶ音した気がする」
絶対転んだぞ、とそわそわしてしまうおれに、開くまで待ちましょうね、とモーリスさんが止める。
怪我とか、してないといいけど。
「ゆ、優希」
「おはよ」
「来るとか……お、思わなくて」
「大丈夫?」
「だ、いじょぶかって言われたら……だいじょばないけど」
「怪我した?結構大きな音した」
「……僕は怪我しないよ」
苦笑した遥陽に、あそっか、と間抜けな声が出た。
別に笑わすつもりはなかったんだけど、それで解れたのかな、遥陽は部屋に入れてくれた。
おれが言うまでもなく、モーリスさんは遠慮して、何かあれば呼んで下さい、と廊下で待つようだ。
招待された部屋はおれが今使わせて貰ってる部屋よりも広くて、広過ぎて落ち着かねえ!というのが正直な気持ち。
おれの部屋だって普通に広過ぎるのに、これはもう庶民からしたら逆にストレス掛かりそう。
天蓋付きのベッド初めてみた、キャロルの部屋でもなかったぞ。
改めて神子様の扱いの凄さを感じた。
「座って」
「うん……」
「お茶淹れるね」
「見てていい?」
「見てて楽しいものでもないよ」
「手伝う」
他のひとならともかく、遥陽相手だと世話して貰うのってむずむずしちゃう。一緒に何かやりたかった。
いつも通りの遥陽に見える。
見えるけど、いつも通りじゃないのは遥陽の震える指先を見てすぐに気付いた。
胸が痛くなる。
おれ、無神経だったかな。
よくよく考えれば、失恋した翌日に相手がこうへらへらやって来たらむかつくんじゃないか、なんだこいつって思うんじゃないか。
本当におれ、考えが足りないな。
少しでも早く遥陽と話がしたかっただけなんだけど、こういうところが身勝手な無神経だよな。
「……おれ今日は帰った方がいいかな」
「えっなんで」
「いや、急だったかなって」
「なんで、僕毎日だって優希に会いたい」
こないだまで毎日会ってたじゃん、と消えるような声。
それはそうなんだけど。今はそういう話じゃないじゃん。
かしゃんとカップの音が響いて、改めて遥陽の顔を覗くと青くなっていた。
あの血色の良かった、赤ちゃんのような頬を思い出して息を呑み込んだ。
どうしよう、やっぱりおれが原因じゃん。
「……もう僕とは会いたくない?」
「えっ」
「幻滅した?思ってたのと違った?もうジルがいるから僕は要らない?」
「そんな訳ない!遥陽は遥陽だよ!」
「……付き合ってとか言わないから、もう、そんなの言わないから、会わないのはいやだ……」
「違う、ちがうよ、ただおれ、無神経だったかなって、出直した方がいいかなってだけで、会いたくないとかそんなこと、おれだって遥陽に会いたかったし」
声まで震えてしまった遥陽の手を掴む。
おれのことを考えてこんなになっちゃうなんて。そんなに怯えさせてしまうなんて。
「ごめん、いやだったら離して」
「……僕は、嫌じゃない」
「そっか」
震えが治まるまでそのまま手を繋いでいた。
暫くして、もう大丈夫、と小さく呟いた遥陽に笑って手を離して、それからふたりでお茶の準備をする。
ソファに着く頃には少し落ち着いていた。
砂糖を入れて、銀の洒落たスプーンで混ぜて、甘くなったお茶をちびりと舐める。まだ熱い。
手持ち無沙汰に、お茶請けに出されていたクリームの乗ったカップケーキに手を伸ばした。
それを見た遥陽も手に取って、頬張った先からクリームを零す。
あわあわする遥陽の指と落ちたクリームを拭って、落ち着いて食え、と言うと、ごめん、とへにゃっと笑う。
それにつられておれも笑った。
遥陽はやっぱり笑顔がいちばんかわいい。
「……いつもこうやって世話焼いてくれるのがすきだった」
「……」
「いつも僕のこと心配して、怒って、僕のことばっかりで、そのせいで自分のことは疎かで、親や先生に怒られても僕のせいにはしなくて」
「……そんな優しい奴だっけ」
「そうだよ、優希はいっつも僕を優先してくれて、だからちゃんとしなきゃって思ったし、でも失敗しても赦してくれたし、だから……だから、僕、気付いたら、優希がいなきゃだめになってた」
「遥陽」
「この真っ黒な瞳が笑ったときに黒目がちになった時が赤ちゃんみたいで、小さい口が舌っ足らずで僕の名前を呼んだ時が、この少し小さな手が僕の手を引いてくれた時が」
全部すきだった、とおれの手におでこを付けて、苦しそうに言う。
……多分に、遥陽の美化が過ぎてると思う。
キャロルの部屋の前も誰かいたりいなかったりだった。
何かしらの使い分けみたいなものがあるのだろうか。
ノックをしてみたけど返事はない。
ジルは城にいる筈、と言っていたけど、部屋に必ずいるという訳ではない。
もしかしたらキャロルの部屋にいるかもしれないし、食事にいってたりするかもしれない。
休みだからともしかしたらどっか遊びに行ってるのかもしれない。
「不在ですかねえ」
「うーん」
もう一回ノックをして、少し大きな声で、遥陽、と呼んでみる。
中からがたっと音がして、次いで走る足音、どたっと音もした。
「居るみたいですね……」
「てか今転ぶ音した気がする」
絶対転んだぞ、とそわそわしてしまうおれに、開くまで待ちましょうね、とモーリスさんが止める。
怪我とか、してないといいけど。
「ゆ、優希」
「おはよ」
「来るとか……お、思わなくて」
「大丈夫?」
「だ、いじょぶかって言われたら……だいじょばないけど」
「怪我した?結構大きな音した」
「……僕は怪我しないよ」
苦笑した遥陽に、あそっか、と間抜けな声が出た。
別に笑わすつもりはなかったんだけど、それで解れたのかな、遥陽は部屋に入れてくれた。
おれが言うまでもなく、モーリスさんは遠慮して、何かあれば呼んで下さい、と廊下で待つようだ。
招待された部屋はおれが今使わせて貰ってる部屋よりも広くて、広過ぎて落ち着かねえ!というのが正直な気持ち。
おれの部屋だって普通に広過ぎるのに、これはもう庶民からしたら逆にストレス掛かりそう。
天蓋付きのベッド初めてみた、キャロルの部屋でもなかったぞ。
改めて神子様の扱いの凄さを感じた。
「座って」
「うん……」
「お茶淹れるね」
「見てていい?」
「見てて楽しいものでもないよ」
「手伝う」
他のひとならともかく、遥陽相手だと世話して貰うのってむずむずしちゃう。一緒に何かやりたかった。
いつも通りの遥陽に見える。
見えるけど、いつも通りじゃないのは遥陽の震える指先を見てすぐに気付いた。
胸が痛くなる。
おれ、無神経だったかな。
よくよく考えれば、失恋した翌日に相手がこうへらへらやって来たらむかつくんじゃないか、なんだこいつって思うんじゃないか。
本当におれ、考えが足りないな。
少しでも早く遥陽と話がしたかっただけなんだけど、こういうところが身勝手な無神経だよな。
「……おれ今日は帰った方がいいかな」
「えっなんで」
「いや、急だったかなって」
「なんで、僕毎日だって優希に会いたい」
こないだまで毎日会ってたじゃん、と消えるような声。
それはそうなんだけど。今はそういう話じゃないじゃん。
かしゃんとカップの音が響いて、改めて遥陽の顔を覗くと青くなっていた。
あの血色の良かった、赤ちゃんのような頬を思い出して息を呑み込んだ。
どうしよう、やっぱりおれが原因じゃん。
「……もう僕とは会いたくない?」
「えっ」
「幻滅した?思ってたのと違った?もうジルがいるから僕は要らない?」
「そんな訳ない!遥陽は遥陽だよ!」
「……付き合ってとか言わないから、もう、そんなの言わないから、会わないのはいやだ……」
「違う、ちがうよ、ただおれ、無神経だったかなって、出直した方がいいかなってだけで、会いたくないとかそんなこと、おれだって遥陽に会いたかったし」
声まで震えてしまった遥陽の手を掴む。
おれのことを考えてこんなになっちゃうなんて。そんなに怯えさせてしまうなんて。
「ごめん、いやだったら離して」
「……僕は、嫌じゃない」
「そっか」
震えが治まるまでそのまま手を繋いでいた。
暫くして、もう大丈夫、と小さく呟いた遥陽に笑って手を離して、それからふたりでお茶の準備をする。
ソファに着く頃には少し落ち着いていた。
砂糖を入れて、銀の洒落たスプーンで混ぜて、甘くなったお茶をちびりと舐める。まだ熱い。
手持ち無沙汰に、お茶請けに出されていたクリームの乗ったカップケーキに手を伸ばした。
それを見た遥陽も手に取って、頬張った先からクリームを零す。
あわあわする遥陽の指と落ちたクリームを拭って、落ち着いて食え、と言うと、ごめん、とへにゃっと笑う。
それにつられておれも笑った。
遥陽はやっぱり笑顔がいちばんかわいい。
「……いつもこうやって世話焼いてくれるのがすきだった」
「……」
「いつも僕のこと心配して、怒って、僕のことばっかりで、そのせいで自分のことは疎かで、親や先生に怒られても僕のせいにはしなくて」
「……そんな優しい奴だっけ」
「そうだよ、優希はいっつも僕を優先してくれて、だからちゃんとしなきゃって思ったし、でも失敗しても赦してくれたし、だから……だから、僕、気付いたら、優希がいなきゃだめになってた」
「遥陽」
「この真っ黒な瞳が笑ったときに黒目がちになった時が赤ちゃんみたいで、小さい口が舌っ足らずで僕の名前を呼んだ時が、この少し小さな手が僕の手を引いてくれた時が」
全部すきだった、とおれの手におでこを付けて、苦しそうに言う。
……多分に、遥陽の美化が過ぎてると思う。
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