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 暫くして、もうそろそろ戻らなきゃ、とふたりは戻って行き、急にぽつんと残された気がして、アンヌさんのところに早足で向かった。
 こういうところが多分こども扱いされるところだと思うんだけど。でもこういう世界だから、つい自分がいていい場所を探してしまう。
 誰かに笑顔で出迎えられると、ほっとする。前の世界よりそれはずっと強かった。

「お腹空いちゃった」
「先に食事にされますか?」
「うーん、今日ジルこっちで食べるかなあ」
「お待ちされますか?」

 こういう時連絡手段がないのは不便だよな、と思う。
 魔法だなんだと不思議な力がある割には、そういうの、発達してない気がする。
 伝書鳩でも育てたらいいのか?

「確認して参りましょうか」
「そこまでしないでいいです!ちょっと待ちます!」
「でも……」

 大丈夫なので!とアンヌさんを止めて、取り敢えず先にお風呂に入ることにした。
 油断してるとすぐ一緒に入ろうとするからな、ジル。先に済ませちゃうことにする。

 服を脱いで、まじまじと自分の躰を見てしまう。
 ……綺麗に治されたものだ。訓練でついたナイフの傷痕も、今朝転んで出来た痣も、実はこどもの頃犬に噛まれて変に攣れて塞がっていた痕すら治っている。
 よくよく考えたら、お尻の違和感すらなくなってる気がする。
 ……これが遥陽の力か。
 おれは男だし、少しくらい傷なんて気にならないけど、痛みが引くのはいいなあ。

「あ」

 思い出して鏡の前に立つ。
 首元を確認して、少しがっかりしてしまった。
 今朝気付いた、ほんのりつけられた痕、それも綺麗に消えてしまってる。
 ……こんなところまで。
 別に遥陽に見られた訳ではない、そんなつもりもないだろう。
 だから恥ずかしがる必要はないし、残念に思うのも違う。
 でも、ちょっと嬉しかったんだ、これが噂の、って。
 一箇所だけだった、それ以外にジルが残した痕はなかった。だからそれが余計に、嬉しかったのに。

「まあ仕方ないっか……」

 ひとり漏らした声が、思ってたより寂しそうで、それが余計に残念な気持ちにさせた。
 ……こんなの、また痕をつけて欲しいなんて言えないし。
 触れた鏡が体温で曇った。ひとつ溜息を落として、背中を向ける。
 それでも名残惜しくて、痕があった場所を撫でてしまった。


 ◇◇◇

「疲れた?」
「えっ!?」
「今日もお疲れさま」
「あっ、えっあ、う、うん!」

 お風呂からあがったら既にジルが来ていて、少し慌てた。
 結構ゆっくり湯船に浸かってしまっていたから、待たせたかもしれない。
 それでも待ってないよと返されるのはお約束だ。

 急いで食事の準備をしてくれたアンヌさんにお礼を伝えて、食堂にふたりきりになった瞬間に、心配そうなジルの声。
 痕が消えて落ち込んでるなんて言える訳もなく、疲れたよ~と話をあわせておく。

「あ、そうだ、護りの力とかどうしたらいいかわかんなくてさ、何かロザリー様のこととか覚えてたりしない?」

 パンを千切りながら訊くおれに、ジルは少し考えて、俺よりはセルジュの方が詳しいと思うけど、と返される。
 まあそうか、ジルからしたら、殆ど関わってない訳だもんね。
 やっぱり地道に自分で出来ることをやっていった方がいいかあ。
 でもこの家を護って下さいと言われるとイメージも出来るけど、国ごと、と言われるとイメージがなあ。

「ロザリー様みたいに色んなところに行くのはだめなのかな」
「ユキの力だと、そこまでする必要ないだろう?」
「うーん、なんかさ、おれ、この国のことわからないからさ、だから上手くイメージ出来ないのかなって。定期的に回らなくても、一回くらい、どういう国なのかなって見てみた方がいいのかなって」
「まあ……それもありなのかなあ」

 また少し考えて、今度時間を取ってみよう、とジルが言う。
 びっくりして、ジルも一緒に行くの、と訊くと、当然のように当たり前だろう?と返される。
 当たり前……当たり前なんだ、そうか、おれと回るのは当たり前なんだな。ふーん、そっか、当たり前ね、うん。

「ふふ」
「な、なに」
「機嫌が良くなった」
「えっ、そんなことは」

 単純過ぎる自分にびっくりした。そんなにわかりやすいかな……
 だってまた一緒に出掛けられるの嬉しい。こんなのデートにもなんない、ただの仕事なんだろうけど。
 約束が嬉しい。

「……まあ別に、ほら、だっておれ、こないだまではもうここから出れないくらいの勢いだったし……色んなとこ見てみたいし……魔獣も触ってみたいし……あのふわふわのやつ」
「そうだね、纏めては時間を取るのは難しいかもしれないけど……まあ日を見て」
「うん!」
「嬉しい?」
「楽しみ!」
「この間はどこも見せることが出来なかったからね、今度は色々紹介するよ」
「うん!」
「デートみたいだね」
「ひゃ……」

 おれが言わないでおいたことを、そんな笑顔で。
 目が泳いだ。
 頷いていいのかな、そう思いながら、でも、違うとは冗談でも言いたくなくて、聞こえるかどうかの小声で、そうだね、と呟くと、ジルが頭を抑えた。
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