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座り込んだマリアの頭の近くに行くと、使用人と母さまも走り寄ってきた。
良かった、丁度貴方を迎えに行こうと思ってたの、と言う母さまも蒼褪めている。
「この子だけ戻ってきたの、怪我をしているみたいで……」
「レオンさまは」
「そちらにも向かわせています」
地面まで血は垂れていない。大怪我ではないようだ。
けれど、この子だけ、という母さまの言葉に、アルベールも、誰も一緒に帰ってきていないことがわかってしまった。
「マリア」
首をおれの方へ向けてくれるけれど、その動きがぎこちない。
明らかに不審な動きに、何かがあったのだと確信した。
話せるかと確認をすると、少し、と返事が返ってきた。
「怪我は?どこを怪我してる?」
『首と足ね』
「レオンさまが来るまで待てる?」
『待てない』
「!」
『先に迎えに行きましょう、話は道中で』
きっぱりと言い切った彼女に、良くない事態だとわかる。
城までそう遠い距離ではないが、何処にいるかもわからないレオンを探し出してここまで連れてくるのにどれくらいかかるのか。
確かにマリアで飛んでいってしまった方が早い。
でも首を動かすことすらこんなに辛そうなマリアに無理をさせることは出来ない。
そうわかっているのに、アルベールが待ってるわ、とその一言で固まってしまった。
「……アル兄さまたちは無事?」
『死んだ者はいないけれど』
「……は、早くいかなきゃ、」
『そうなの、お願い、早く準備をして』
詳しい会話は出来なかった。
それは飛びながらでも出来るからと。
振り返って母さまにそれだけを伝えると、蒼褪めたまま頷いた。
「生きてはいるということね?レオンさまだけじゃきっと足りないでしょう、必要そうなものを準備します、レオンさまを見つけたらまたここに戻ってきなさい、あちらで準備するよりは早く出来る筈よ」
怪我人が多いであろうことを汲み取った母さまは直ぐに使用人に指示を出していく。
まだ呑み込めないおれの背中を叩いて、早くなさい、と発破を掛けた。
「でもマリア、怪我を」
「マリアは大丈夫だと言ってるのでしょう、言うことを聞いてあげて」
「あの状態で飛ぶなんて」
「今いちばん焦ってるのはあの子よ、目の前で見てきたのでしょう、あの子の主人を失くしたら駄目。わかるわね、あの子の責任にさせたら駄目。ほら、行きなさい」
誰か手伝ってあげて、と母さまの声に、数人の使用人が寄ってきておれをマリアの背に乗せる。
怪我をしたという首元はもう血が固まっている。触れようとして、止めた。
行こうか、と背を撫でたところで、待って、と下の方から声がした。
「アンリ」
「ぼくも行っていいですか」
転びそうになりながら走るアンリに躊躇ってしまった。マリアに近付くことすらこわがっていたのに、背に乗せていいものかと。
けれど彼は、ぼくなら場所わかりますから、と大きな声で叫ぶものだから、その手を取らない訳にもいかなかった。今は少しでも時間を節約したい。
同じように手伝ってもらい、マリアの背に乗せる。
直ぐに翼を開いたマリアに、掴まってとアンリを促すと、ぎゅうとおれにしがみついた。
ぽつりと高い、と呟く。高いところは苦手らしい。下を見ないで、とおれの方を向かせておく。
今日はレオンは街の方へ行ってる筈だと肩で息をしながらアンリは言う。
先日の事故があった街だ。重傷者も多数出た大規模な事故だった、あれからも何度か様子を確認しに行ってるらしい。
「良かった、アンリが知っていたから行き違いにならなくて済んだ」
「ジャンさまも一緒に行ってる筈なんです、病院も被害にあったので、それも確認しに」
「そう……」
「ジャンさまも連れて行きましょう、マリアの様子もおかしい、みたいで……」
まさかまた魔力詰まりか、と訊くと、それはわからないですけど、と首を横に振られた。
そりゃあそうだ、アンリにはわからない。おれだって怪我じゃなければ他には魔力詰まりしか出てこないくらい知識がないのだもの。
隣町へはマリアのスピードだとあっという間に着く。
深い話も出来ない程、あっという間に。
「どこに……」
「病院の近くに行きましょう、少なくともジャンさまはそこにいるから、そしたらレオンさまの場所もきっと」
「そうだね」
アンリに指示されるまま病院の方へと向かうと、人集りが見える。
ジャンとお付きのひとと、多分それを遠巻きに見てる街のひとだ。
近くに広場のようなスペースはない。
このまま降りると着地の風圧で誰かを怪我させてしまいそうだな、と思っていると、頭上に飛ぶ竜に気付いたひとたちがわあわあと逃げ出したのがわかった。
大分距離がある、きっと背にいるおれたちは見えてないのだろう。
困ったな、王太子の付き人になら能力持ちがいてもおかしくない。攻撃をされてしまったらどうしよう。
普段ならそれくらいマリアに通じることはないのだけれど、今の弱っているマリアには少しの攻撃もされたくない。
レオンにも余計な力を使わせてしまうことになるし……
「あそこにいるの、レオンさまじゃないですか」
「高いとこ苦手なら下を見ないでって……」
おれを抱き締めながらアンリは指を差す。
どうやら視力には自信があるらしい。
良かった、丁度貴方を迎えに行こうと思ってたの、と言う母さまも蒼褪めている。
「この子だけ戻ってきたの、怪我をしているみたいで……」
「レオンさまは」
「そちらにも向かわせています」
地面まで血は垂れていない。大怪我ではないようだ。
けれど、この子だけ、という母さまの言葉に、アルベールも、誰も一緒に帰ってきていないことがわかってしまった。
「マリア」
首をおれの方へ向けてくれるけれど、その動きがぎこちない。
明らかに不審な動きに、何かがあったのだと確信した。
話せるかと確認をすると、少し、と返事が返ってきた。
「怪我は?どこを怪我してる?」
『首と足ね』
「レオンさまが来るまで待てる?」
『待てない』
「!」
『先に迎えに行きましょう、話は道中で』
きっぱりと言い切った彼女に、良くない事態だとわかる。
城までそう遠い距離ではないが、何処にいるかもわからないレオンを探し出してここまで連れてくるのにどれくらいかかるのか。
確かにマリアで飛んでいってしまった方が早い。
でも首を動かすことすらこんなに辛そうなマリアに無理をさせることは出来ない。
そうわかっているのに、アルベールが待ってるわ、とその一言で固まってしまった。
「……アル兄さまたちは無事?」
『死んだ者はいないけれど』
「……は、早くいかなきゃ、」
『そうなの、お願い、早く準備をして』
詳しい会話は出来なかった。
それは飛びながらでも出来るからと。
振り返って母さまにそれだけを伝えると、蒼褪めたまま頷いた。
「生きてはいるということね?レオンさまだけじゃきっと足りないでしょう、必要そうなものを準備します、レオンさまを見つけたらまたここに戻ってきなさい、あちらで準備するよりは早く出来る筈よ」
怪我人が多いであろうことを汲み取った母さまは直ぐに使用人に指示を出していく。
まだ呑み込めないおれの背中を叩いて、早くなさい、と発破を掛けた。
「でもマリア、怪我を」
「マリアは大丈夫だと言ってるのでしょう、言うことを聞いてあげて」
「あの状態で飛ぶなんて」
「今いちばん焦ってるのはあの子よ、目の前で見てきたのでしょう、あの子の主人を失くしたら駄目。わかるわね、あの子の責任にさせたら駄目。ほら、行きなさい」
誰か手伝ってあげて、と母さまの声に、数人の使用人が寄ってきておれをマリアの背に乗せる。
怪我をしたという首元はもう血が固まっている。触れようとして、止めた。
行こうか、と背を撫でたところで、待って、と下の方から声がした。
「アンリ」
「ぼくも行っていいですか」
転びそうになりながら走るアンリに躊躇ってしまった。マリアに近付くことすらこわがっていたのに、背に乗せていいものかと。
けれど彼は、ぼくなら場所わかりますから、と大きな声で叫ぶものだから、その手を取らない訳にもいかなかった。今は少しでも時間を節約したい。
同じように手伝ってもらい、マリアの背に乗せる。
直ぐに翼を開いたマリアに、掴まってとアンリを促すと、ぎゅうとおれにしがみついた。
ぽつりと高い、と呟く。高いところは苦手らしい。下を見ないで、とおれの方を向かせておく。
今日はレオンは街の方へ行ってる筈だと肩で息をしながらアンリは言う。
先日の事故があった街だ。重傷者も多数出た大規模な事故だった、あれからも何度か様子を確認しに行ってるらしい。
「良かった、アンリが知っていたから行き違いにならなくて済んだ」
「ジャンさまも一緒に行ってる筈なんです、病院も被害にあったので、それも確認しに」
「そう……」
「ジャンさまも連れて行きましょう、マリアの様子もおかしい、みたいで……」
まさかまた魔力詰まりか、と訊くと、それはわからないですけど、と首を横に振られた。
そりゃあそうだ、アンリにはわからない。おれだって怪我じゃなければ他には魔力詰まりしか出てこないくらい知識がないのだもの。
隣町へはマリアのスピードだとあっという間に着く。
深い話も出来ない程、あっという間に。
「どこに……」
「病院の近くに行きましょう、少なくともジャンさまはそこにいるから、そしたらレオンさまの場所もきっと」
「そうだね」
アンリに指示されるまま病院の方へと向かうと、人集りが見える。
ジャンとお付きのひとと、多分それを遠巻きに見てる街のひとだ。
近くに広場のようなスペースはない。
このまま降りると着地の風圧で誰かを怪我させてしまいそうだな、と思っていると、頭上に飛ぶ竜に気付いたひとたちがわあわあと逃げ出したのがわかった。
大分距離がある、きっと背にいるおれたちは見えてないのだろう。
困ったな、王太子の付き人になら能力持ちがいてもおかしくない。攻撃をされてしまったらどうしよう。
普段ならそれくらいマリアに通じることはないのだけれど、今の弱っているマリアには少しの攻撃もされたくない。
レオンにも余計な力を使わせてしまうことになるし……
「あそこにいるの、レオンさまじゃないですか」
「高いとこ苦手なら下を見ないでって……」
おれを抱き締めながらアンリは指を差す。
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