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アンリがいなくなったと報告する人物は、どうみてもアンリだった。
また変な冗談を、と思うおれに、アンリは泣きそうなかおで、こんなことイヴさまにしか話せないんです、と言う。
アンリが実は双子だとか、そっくりのきょうだいがいるだとか、そんなことを聞いた覚えはなかった。
すぐ目の前であわあわと話すアンリはどう見てもアンリで、似てる、とかそういうレベルではない。
つい数日前に会ったばかりだ。瞳の色も、髪の長さも、黒子も雀斑もない綺麗な白い肌もなにも変わってない。
ひとつだけあげるとしたら、あの飄々としたような、あの空気感がないと思ったくらい。
「ぼくが本当のアンリです」
「……はあ」
「あの、その、誰に言っても頭がおかしくなったと言われそうで……その、覚えてるんです、でも、つい先日までのアンリは、ぼくじゃないんです。イヴさまならわかってくれると思って」
「……あ、」
「じゃ、ジャンさまをその、取ってしまったこととか、その……叩いてしまったこととか。処刑されてしまっても仕方のないことをしたとわかってます、自分じゃないと言ったって信じてもらえないかもしれないんですけど、でも……イヴさまには言わなきゃって、今更だって思われるかもしれないんですけど、でも、でも」
涙を浮かべた瞳で必死に伝えようとして、でも上手く話せない彼は、おれの知ってるアンリではなかった。
足の力が入らなくて、がくん、と膝から折れて地面につく。
いなくなってしまった。伊吹の知ってるアンリが。
目の前にいるのは、前世のアンリだ。本来のアンリ。
おれの知ってるアンリは消えた。
……どこに?
アンリはおれの肩に恐る恐る、といった感じで手を置くと、どこかでゆっくり話は出来ませんか、と尋ねた。
奥の方に休憩室がある。
それを伝えると、失礼しますとおれを立ち上がらせ、支えるようにして休憩室を目指した。
なんでいなくなった?
アンリの役目が終えたから?じゃあおれは?おれの役目はなに?
おれの役目も終わったら消えてしまうのだろうか。
アルベールやレオン、両親とエディーを置いて?
愛莉の元へ帰れるのだろうか、まさかまた他のところに行ったりとかしないだろうか。
それが正しいことなんだろうか。
「大丈夫ですか、座れます?」
「ああ、うん……だい、じょうぶ」
「あの……ごめんなさい、でもふざけてる訳じゃなくて……その、ぼくもわからなくて。イヴさまにしか相談も……伝えることも、出来なくて」
休憩室の硬い椅子におれを座らせると、待てないようにアンリはすぐ口を開いた。
ここに来た時の自分と同じで不安なのだ。その時とは違い、相談出来る相手がわかってるなら会いに飛んで行くのは当たり前だろう。
「……いつアンリはいなくなったのですか」
「昨日……起きた時には、もう」
「寝る前に何かあった?」
一昨日が婚約発表だった。
今目の前にアンリが居るということは、死んだ訳ではない。中身が入れ替わる切っ掛けがあったのではないか、と思った。
けれどアンリは首を横に振る。
その婚約発表以外には何もなかった、そもそも話自体は前々からあったことだから、急な発表でもなかった。
「……今のアンリは、どこまで話を知ってるの」
その問いに、少し迷って、それでもイヴさまともうひとりのアンリが前世と呼ばれるここに来たことは知ってます、と答えた。
前の世界のアンリが元のアンリの躰に入ったことで、元のアンリの魂はどこに行ってたのか、まさか別の世界に飛んでいたりや前の世界のアンリの躰に入っていたのか。
その問いには首を横に振った。
ひとつの躰にふたりは入れない、前の世界のアンリがいる間、元のアンリは真っ暗なところにいたという。
誰かの躰に入っていた訳ではない、でも一瞬だった。だからこの躰に戻って、情報量にびっくりしたらしい。
幾つか質問のやり取りをして判明したことは、おれとアンリの会話の記憶から何度も死んでやり直しをしたことはわかっているが、今のアンリはその複数回のやり直しは知らないということ。
つまり学園に入る前の記憶と、入学後は最後のやり直しの記憶しかないということ。
ジャンに優しくされることも、愛されることも知っているけれど、ジャンがイヴを殺す程の執着を持っていたことを知らない。
それはある意味でしあわせなことだと思う。
けれど不安になるのもわかる。
今起きてることが事実だと理解も出来るから。
元のアンリが真っ暗なところにいたと聞いて、一瞬頭が真っ白になった。
だって、つまりそれは、イヴも同じなのかもしれない。
今まさに、こうやって過ごしてる間も、おれがこの躰に入ってしまったから、押し出されたイヴはひとりで真っ暗なところに……
おれがこの世界にきて大して日は経ってない、アンリと比べたら。
学園に入学して、そこから何回もやり直しをしているということは最低でも数年、下手したら数十年繰り返していたかもしれない。
それが一瞬だったというのが救いだった。
暗いところに同じだけ閉じ込められていたら、きっと誰でもおかしくなってしまうから。
また変な冗談を、と思うおれに、アンリは泣きそうなかおで、こんなことイヴさまにしか話せないんです、と言う。
アンリが実は双子だとか、そっくりのきょうだいがいるだとか、そんなことを聞いた覚えはなかった。
すぐ目の前であわあわと話すアンリはどう見てもアンリで、似てる、とかそういうレベルではない。
つい数日前に会ったばかりだ。瞳の色も、髪の長さも、黒子も雀斑もない綺麗な白い肌もなにも変わってない。
ひとつだけあげるとしたら、あの飄々としたような、あの空気感がないと思ったくらい。
「ぼくが本当のアンリです」
「……はあ」
「あの、その、誰に言っても頭がおかしくなったと言われそうで……その、覚えてるんです、でも、つい先日までのアンリは、ぼくじゃないんです。イヴさまならわかってくれると思って」
「……あ、」
「じゃ、ジャンさまをその、取ってしまったこととか、その……叩いてしまったこととか。処刑されてしまっても仕方のないことをしたとわかってます、自分じゃないと言ったって信じてもらえないかもしれないんですけど、でも……イヴさまには言わなきゃって、今更だって思われるかもしれないんですけど、でも、でも」
涙を浮かべた瞳で必死に伝えようとして、でも上手く話せない彼は、おれの知ってるアンリではなかった。
足の力が入らなくて、がくん、と膝から折れて地面につく。
いなくなってしまった。伊吹の知ってるアンリが。
目の前にいるのは、前世のアンリだ。本来のアンリ。
おれの知ってるアンリは消えた。
……どこに?
アンリはおれの肩に恐る恐る、といった感じで手を置くと、どこかでゆっくり話は出来ませんか、と尋ねた。
奥の方に休憩室がある。
それを伝えると、失礼しますとおれを立ち上がらせ、支えるようにして休憩室を目指した。
なんでいなくなった?
アンリの役目が終えたから?じゃあおれは?おれの役目はなに?
おれの役目も終わったら消えてしまうのだろうか。
アルベールやレオン、両親とエディーを置いて?
愛莉の元へ帰れるのだろうか、まさかまた他のところに行ったりとかしないだろうか。
それが正しいことなんだろうか。
「大丈夫ですか、座れます?」
「ああ、うん……だい、じょうぶ」
「あの……ごめんなさい、でもふざけてる訳じゃなくて……その、ぼくもわからなくて。イヴさまにしか相談も……伝えることも、出来なくて」
休憩室の硬い椅子におれを座らせると、待てないようにアンリはすぐ口を開いた。
ここに来た時の自分と同じで不安なのだ。その時とは違い、相談出来る相手がわかってるなら会いに飛んで行くのは当たり前だろう。
「……いつアンリはいなくなったのですか」
「昨日……起きた時には、もう」
「寝る前に何かあった?」
一昨日が婚約発表だった。
今目の前にアンリが居るということは、死んだ訳ではない。中身が入れ替わる切っ掛けがあったのではないか、と思った。
けれどアンリは首を横に振る。
その婚約発表以外には何もなかった、そもそも話自体は前々からあったことだから、急な発表でもなかった。
「……今のアンリは、どこまで話を知ってるの」
その問いに、少し迷って、それでもイヴさまともうひとりのアンリが前世と呼ばれるここに来たことは知ってます、と答えた。
前の世界のアンリが元のアンリの躰に入ったことで、元のアンリの魂はどこに行ってたのか、まさか別の世界に飛んでいたりや前の世界のアンリの躰に入っていたのか。
その問いには首を横に振った。
ひとつの躰にふたりは入れない、前の世界のアンリがいる間、元のアンリは真っ暗なところにいたという。
誰かの躰に入っていた訳ではない、でも一瞬だった。だからこの躰に戻って、情報量にびっくりしたらしい。
幾つか質問のやり取りをして判明したことは、おれとアンリの会話の記憶から何度も死んでやり直しをしたことはわかっているが、今のアンリはその複数回のやり直しは知らないということ。
つまり学園に入る前の記憶と、入学後は最後のやり直しの記憶しかないということ。
ジャンに優しくされることも、愛されることも知っているけれど、ジャンがイヴを殺す程の執着を持っていたことを知らない。
それはある意味でしあわせなことだと思う。
けれど不安になるのもわかる。
今起きてることが事実だと理解も出来るから。
元のアンリが真っ暗なところにいたと聞いて、一瞬頭が真っ白になった。
だって、つまりそれは、イヴも同じなのかもしれない。
今まさに、こうやって過ごしてる間も、おれがこの躰に入ってしまったから、押し出されたイヴはひとりで真っ暗なところに……
おれがこの世界にきて大して日は経ってない、アンリと比べたら。
学園に入学して、そこから何回もやり直しをしているということは最低でも数年、下手したら数十年繰り返していたかもしれない。
それが一瞬だったというのが救いだった。
暗いところに同じだけ閉じ込められていたら、きっと誰でもおかしくなってしまうから。
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