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イヴならそれを、上手く隠せたのかもしれない。
でも伊吹には無理だった。
だってそれはずっと欲しいと思っていたものだったから。
優しくされることが嬉しかった。
叩かれたりとか小突かれたりとか、嫌味や酷い言葉を浴びせられることはなかったし、あたたかい言葉や体温ばかりをくれた。
傍にいてくれた。
イヴ、と呼ぶ声が優しくて、自分を見てもらえることが嬉しくて、差し出される手が気持ちよくて、失くしたくなんかなかった。
レオンを受け入れてしまえば、アルベールとの関係が崩れる。
血の繋がらない兄が兄でなくなってしまう。
両親に失望されるかもしれない、エディーにがっかりされるかもしれない。全部を失ってしまうかもしれない。
あたたかい家族にはずっと、憧れていた。今更それが手に入らないことも、伊吹がそれを今後持つことが出来ないということもわかっていた。
でもイヴになって、それを手に入れることが出来たのに。イヴじゃないから、壊してしまいそうになる。
それがこわくて、言い訳ばかりだった。
自分が失いたくないという我儘ばかり。アルベールとレオンの気持ちなんて見ない振り。その癖都合の悪い時はそれを盾にする。
イヴのことすきなんでしょうって、そう考える癖に、ふたりのことは考えてなかった。イヴのことを、考えてなかった。
すきならイヴのこと、少しは考えてくれるでしょって、ふたりの好意に頼っていた。
自分のことしか考えてなかった。伊吹として考えてばかりだった。
ふたりがどういう気持ちになるかだなんて。甘えていた。
無意識に、優しいから、おとなだから、お兄ちゃんだからと、甘えていた。
許されると思っていた。
イヴだから。
愛されてるから。
そうやってどこまで甘えるつもりだったのだろう。
もうふたりは結婚してもおかしくない年齢で、置いてかれても仕方なくて。でも兄だから、おれのことを好いてくれてるから。だから近くにいてもいいって。
ふたりの為にじゃない、全部自分が、欲しいだけ。
本当は欲しかった。強がっていただけ、こわかっただけ。
伊吹の両親のようになりたくなかった。でもそんなのわからないし。
裏切りたくなかった。でもおれはあのふたりの子だし。その血が流れているし。
最初はしあわせかもしれないけど、そのしあわせを壊すのは自分の身勝手なことかもしれないし。
自分が信用出来ないんだ。
想いは変わると知っているから。
自分の気持ちが変わることも、自分が愛されなくなるかもしれないことも。
今が十分しあわせで、そこに浸かっていたかった。
変わるのは自分だけじゃないから、ちゃんとふたりを掴まえておかなきゃいけないのに。
だから、
だから、
「イヴさま」
「……ッ」
「大丈夫だよ、考え過ぎ。混乱しちゃったかな……ちょっとぼくの力が強かったかもね?ゆっくり考えよ、ね?」
「ん……」
頬に触れた手があたたかい。
そうだ、今、アンリの能力のせいで、頭が混乱、して……
「でもきっと考えてることはちゃんと……本音だと思いますよ」
良い子でいたいのも、我儘なのも、狡いのも全部自分だ。
本音だ。
その本音を隠そうとするからこんなことになる。
でも考え過ぎだから、一旦全て置きましょうか、とアンリが言う。
質問するので答えて下さいね、とこどもに言うかのように優しく。
「ふたりがぼくや、他のひとに取られたらいやですよね?」
「……うん、」
「ふたりがいなくなったらいやですよね?」
「いやだ……」
「ふたりに触られていやだった?」
「いやじゃない……」
「もっと触っていいですか?」
「うん……」
「嬉しい?」
「嬉しい……」
「それでいいんですよ」
「それで……?」
イヴさまがそう思ったらいいの。ふたりはそれを、受け入れてくれますよ、だってイヴさまのことがすきだもの、昔からずっと。
アンリがそう言い切るのは知ってるからなのだろうか。
その言葉を信じていいのだろうか。
昔からすきでいてくれても、これから先はわかんないよ。
「大丈夫です、ぼくのことを信じてもいいですよ。ここ最近、ずうっとジャンさまとイヴさまを見てきたんですからね」
「……」
「ぼくとジャンさまの為にイヴさまがしあわせになってくれなきゃ困るんです。でもそれ以上にぼくはイヴさまのことがすきだから普通にしあわせになってほしいんですよ、嘘は吐きません」
「……ほんとに、」
「ええ、嘘じゃないですよ、アルベールさまのように予知は出来ないけど……そうですね、約束しましょうか」
やくそく、と小さく漏れた声に、そうです、とアンリが小指を出した。
怠くて、あつくて、少し動いたら変な声が出てしまいそうで、身動き出来ないおれの手を掴み、そのまま指切りをされる。
こどもの約束だ。
「絶対に大丈夫ですけど、不安なら保険も欲しいですもんね。……大丈夫ですよ、ふたりはちゃあんとイヴさまを受け入れてくれます。嘘になってしまっても、代わりにぼくがイヴさまをずっと愛してあげます」
この世界でひとりにはさせないので安心していいですよ、とおれの瞼に唇を落とす。
魔法使いがお姫さまに魔法をかけるかのようだ、と愛莉の持っていた絵本を思い出した。
でも伊吹には無理だった。
だってそれはずっと欲しいと思っていたものだったから。
優しくされることが嬉しかった。
叩かれたりとか小突かれたりとか、嫌味や酷い言葉を浴びせられることはなかったし、あたたかい言葉や体温ばかりをくれた。
傍にいてくれた。
イヴ、と呼ぶ声が優しくて、自分を見てもらえることが嬉しくて、差し出される手が気持ちよくて、失くしたくなんかなかった。
レオンを受け入れてしまえば、アルベールとの関係が崩れる。
血の繋がらない兄が兄でなくなってしまう。
両親に失望されるかもしれない、エディーにがっかりされるかもしれない。全部を失ってしまうかもしれない。
あたたかい家族にはずっと、憧れていた。今更それが手に入らないことも、伊吹がそれを今後持つことが出来ないということもわかっていた。
でもイヴになって、それを手に入れることが出来たのに。イヴじゃないから、壊してしまいそうになる。
それがこわくて、言い訳ばかりだった。
自分が失いたくないという我儘ばかり。アルベールとレオンの気持ちなんて見ない振り。その癖都合の悪い時はそれを盾にする。
イヴのことすきなんでしょうって、そう考える癖に、ふたりのことは考えてなかった。イヴのことを、考えてなかった。
すきならイヴのこと、少しは考えてくれるでしょって、ふたりの好意に頼っていた。
自分のことしか考えてなかった。伊吹として考えてばかりだった。
ふたりがどういう気持ちになるかだなんて。甘えていた。
無意識に、優しいから、おとなだから、お兄ちゃんだからと、甘えていた。
許されると思っていた。
イヴだから。
愛されてるから。
そうやってどこまで甘えるつもりだったのだろう。
もうふたりは結婚してもおかしくない年齢で、置いてかれても仕方なくて。でも兄だから、おれのことを好いてくれてるから。だから近くにいてもいいって。
ふたりの為にじゃない、全部自分が、欲しいだけ。
本当は欲しかった。強がっていただけ、こわかっただけ。
伊吹の両親のようになりたくなかった。でもそんなのわからないし。
裏切りたくなかった。でもおれはあのふたりの子だし。その血が流れているし。
最初はしあわせかもしれないけど、そのしあわせを壊すのは自分の身勝手なことかもしれないし。
自分が信用出来ないんだ。
想いは変わると知っているから。
自分の気持ちが変わることも、自分が愛されなくなるかもしれないことも。
今が十分しあわせで、そこに浸かっていたかった。
変わるのは自分だけじゃないから、ちゃんとふたりを掴まえておかなきゃいけないのに。
だから、
だから、
「イヴさま」
「……ッ」
「大丈夫だよ、考え過ぎ。混乱しちゃったかな……ちょっとぼくの力が強かったかもね?ゆっくり考えよ、ね?」
「ん……」
頬に触れた手があたたかい。
そうだ、今、アンリの能力のせいで、頭が混乱、して……
「でもきっと考えてることはちゃんと……本音だと思いますよ」
良い子でいたいのも、我儘なのも、狡いのも全部自分だ。
本音だ。
その本音を隠そうとするからこんなことになる。
でも考え過ぎだから、一旦全て置きましょうか、とアンリが言う。
質問するので答えて下さいね、とこどもに言うかのように優しく。
「ふたりがぼくや、他のひとに取られたらいやですよね?」
「……うん、」
「ふたりがいなくなったらいやですよね?」
「いやだ……」
「ふたりに触られていやだった?」
「いやじゃない……」
「もっと触っていいですか?」
「うん……」
「嬉しい?」
「嬉しい……」
「それでいいんですよ」
「それで……?」
イヴさまがそう思ったらいいの。ふたりはそれを、受け入れてくれますよ、だってイヴさまのことがすきだもの、昔からずっと。
アンリがそう言い切るのは知ってるからなのだろうか。
その言葉を信じていいのだろうか。
昔からすきでいてくれても、これから先はわかんないよ。
「大丈夫です、ぼくのことを信じてもいいですよ。ここ最近、ずうっとジャンさまとイヴさまを見てきたんですからね」
「……」
「ぼくとジャンさまの為にイヴさまがしあわせになってくれなきゃ困るんです。でもそれ以上にぼくはイヴさまのことがすきだから普通にしあわせになってほしいんですよ、嘘は吐きません」
「……ほんとに、」
「ええ、嘘じゃないですよ、アルベールさまのように予知は出来ないけど……そうですね、約束しましょうか」
やくそく、と小さく漏れた声に、そうです、とアンリが小指を出した。
怠くて、あつくて、少し動いたら変な声が出てしまいそうで、身動き出来ないおれの手を掴み、そのまま指切りをされる。
こどもの約束だ。
「絶対に大丈夫ですけど、不安なら保険も欲しいですもんね。……大丈夫ですよ、ふたりはちゃあんとイヴさまを受け入れてくれます。嘘になってしまっても、代わりにぼくがイヴさまをずっと愛してあげます」
この世界でひとりにはさせないので安心していいですよ、とおれの瞼に唇を落とす。
魔法使いがお姫さまに魔法をかけるかのようだ、と愛莉の持っていた絵本を思い出した。
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