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「え、いや、あの、ここが……その、あれ?ゲームの世界、じゃ……前世って、ええ……?」
「これは知らなかったかあ……」

 混乱するおれに、溜息を吐いたアンリはどこから話すかなあ、と手を握った。
 ……逃げないようにしてるのだろうか。

「そうだなあ、ええと、元は日本にいたんですよね?」
「……はい」

 素直に頷いたおれに、一緒~、と笑う。それはまあ、そうだろうなって思ってたけれど、それでもほっとしてしまう。
 おれの頭がおかしくなったのではないということ、やっぱりアンリは詳しく……少なくともおれよりは何か知ってるということ。

「そのゲームはですね、前世を元にゲームにしたものですよ」
「待って、その前世ってのがまず……その、前世って、例えば江戸時代だとか、明治、とか、外国、とかならわかるんだけど。その、日本……と、ここじゃあ、その、全然……魔法、とか」
「世界線が違っても魂が同じなら前世だよ、だって実際、イヴさまはイヴさまの時の記憶がある……というか思い出したのでしょう?」

 伊吹とイヴが別の人間であって、同じ魂だというのなら、それはそれで腑に落ちた。
 だからイヴの躰を乗っ取ったというよりは、記憶や感情も自分のものだったのだ、と。
 伊吹の前世がイヴだったから、イヴとして経験してきたことを思い出せて、ゲームをしていたからゲーム内での出来事も知っていたということ。

 この世界であったことを日本で誰かがゲーム化をして、そのゲームをしたおれがまた前世に戻ったことで、ゲームの世界に来たと思い込んでいた、ということか。
 納得は出来たけれど、魔法や竜が当たり前の世界で、これがゲームではなくあなたの前世だったのですよと言われるとそこだけはどうにも素直に頷けないのだが。

「でもどうして前世に……」
「イヴさまが戻ってきた理由はわからないよ、でもぼくが戻ってきたのは納得がいってなかったからかなって思ってる。変えることが出来るなら変えたいんだって」
「……?」
「もう変えてしまったから、イヴさまは覚えてないかもしれない」

 イヴさまのことがすきと言ったのは覚えてますよね、と握った手をぎゅう、と強く掴んだ。
 一瞬、どういう意味かと躰を強ばらせたおれに、イヴさまはぼくの推しなんです、なんて馬鹿げたことを言い出した。

「推し……」
「そうです、かわいいなってずっと思ってて。あ、引かないで下さい、そういう意味じゃないです」
「はあ……」
「ぼくのこと、特別扱いしないのが嬉しかったんですよ」

 能力がこれでしょう、ちやほやもされるけど、嫌がられることも多くて、と俯く。
 ……それは単純にアンリのことがきらいではなかったから。すきでもなかったから。だからアンリの能力に掛かることがなかったし、避ける理由もなかったから。
 それと同時に、イヴも能力のせいで勘違いをされ、避けられることが多かった。
 自分がされていやだったことを相手にしなかっただけ。
 それだけ。
 それだけで、アンリはイヴと仲良くしたいと想いを募らせていたらしい。

「引っ込み思案で、主張が出来なくて。すぐに変なことに巻き込まれて、でもお人好しでまた騙されて」
「……?」
「前世ではね、イヴさまはジャンさまに殺されて死ぬんです。その後ジャンさまも死ぬ」
「え……」
「覚えてないでしょう?」

 ぼくはそれが嫌だった、とアンリが零す。
 突然の急展開に頭がついていかない。先程からずっと驚くような話が続いていた中で、更に衝撃的なもの。
 イヴはジャンに殺された。
 ……そんなに嫌われていたのかと思うと、流石に心が折れそうだ。

 そんなに嫌だったのなら婚約なんかしなきゃ良かった、早くに破棄しておけば良かったのに。
 そうぽつりと漏らしたおれに、逆ですよ、とアンリが言う。

「……ジャンさまにとっても、イヴさまは特別だったんです、多分、だから我慢が出来なかった」
「……?」
「不器用だけれど、そういうところがぼくはすきなんだけど。でも流石に相性が悪かった」

 ジャンがイヴを殺し、それはアルベールとレオン、竜の怒りを買い、ジャンは自ら命を絶ち、その後は国も落ちていくという、物語としては最低の話だ。
 そして次の舞台は日本だとアンリは続ける。

「その前世を思い出したのは就職した時。ぼくねえ、ゲームがすきで。ゲーム会社に就職したんです。とはいってもぼくの担当はイラストで、シナリオというか……原作の人とは会えなかったんですよね、会う前に死んじゃったから。誰があんな話、書いたかわかんないんです」

 目の前の華奢な少年が自分より歳上だったことに驚いた。
 無邪気に見えるその少年が、昨晩のようにたまに落ち着いた姿を見せていたのはそのせいか、それとも本当におれより色々知ってしまっていたからか。

「というかイヴさまもよくあのゲームやりましたね、関わった自分が言うのもなんですけど、あれえぐかったでしょ」
「正直面白くは……あ、でも絵は綺麗だったし、パズルゲーム部分は面白くてすきです」
「……パズル?」

 なんでパズル?と首を傾げるアンリに、おれも傾げてしまう。
 パズル部分がいちばん、というか、もうそこが目当てでやっていたようなものだ。
 アンリが首を傾げる程目立たない要素じゃなかった筈だけれど、もしかして違うゲームの話をしているのだろうか。
 でも登場人物は同じで、結局続編もなかった筈だ。
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