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社交月の終わり

第109話

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 というか、神学以外はぼくとイェレミーアスは大体同じような内容の授業を受けているけど、ジークフリードは今までサボって来た分、ぼくらより遅れているのだ。それでもここ半年くらいで随分追い上げていて、追い付くのは時間の問題だと思う。だからぼくは、復習のつもりでジークフリードと授業を受けている。ジークフリードにとっても、ぼくとの開きが埋まって行くのが分かるから、モチベーションを維持する結果になっているらしい。
 ぼくが神学を学んでいないのは、単純に教師が居なかったから独学ということと、神学を重んじているのは騎士だけだからだ。前にも話したけど、この国の騎士は皆、聖騎士団所属の宗教騎士なのだ。だから騎士は当然、神学必須なのである。だから当然、辺境伯家の嫡男であるイェレミーアスは幼い頃から神学を学んで来たのだろう。ラウシェンバッハの居城には教会があったと以前にイェレミーアスが言っていたし、厳格なデ・ランダル神教徒として教育されて来たに違いない。
 ぼくは騎士になる予定などない、と分かり切っていたのであまり重視していなかったんだ。逆に皇族として神学は必須であったジークフリードと、騎士の家系であるイェレミーアスは同じくらいの進み具合なのだ。だから、イェレミーアスは神学をぼくらと一緒に勉強する予定なのである。
「後でアスと合流して、母上の見舞いに行こう。今日は薬学士が来ると確認済みだ。宮廷薬学士はユッシ・リトホルムという老人だ。長年宮廷に勤めているし……」
 ジークフリードは口元へ手を当て、ぼくの耳へ顔を寄せた。
「……ミレッカーと不仲だ」
「それは好都合ですね」
「うむ。だろう?」
「それに、社交月が終わって辺境伯たちはそろそろ領地へ帰る準備に忙しいでしょう? ミレッカーとシェルケ、ハンスイェルクたちが直接会うことが難しい冬の間に薬学士から情報を引き出しておきたいですね」
「うむ。父上から、オレが同席することを条件に薬学士の情報をスヴェンに見せてもいいと許可もいただいている。冬の間が勝負だな」
「はい」
 ジークフリードが大変有能だ。ほんとこの子、さすが鶺鴒皇の子だな。聡い。
 ルクレーシャスさんはぼくの付き添いなので、いつも通りぼくらの机の向かいにソファを出してどっかりと座っている。今日のおやつはあんまきである。薄力粉とコーンスターチと重曹、卵、砂糖を混ぜたタネを薄く伸ばして焼くのだ。ちなみに生地的にはどら焼きと同じだよ。ほんとはね、みりんがあるとなおいいんだけどこの世界にはないんだよ、みりん。しょぼん。中身はあんことバターだよ。この組み合わせは美味しいに決まってるよね。
 生クリームがあったらもっといいんだけど、牛乳を温めて遠心分離機で分離させるんじゃないかなって想像はすれども、どうも分からない。撹拌か? 撹拌すればイケるのか? 何もかもの加減が分からないじゃない? しかもぼく、魔法使えないしさ。仕組みが分かってないのに、ざっくりした説明でルクレーシャスさんに頼むのも気が引ける。
 もっもっも。無言であんまきを飲み込むルクレーシャスの金色の耳がぱたぱたしている。最近ルクレーシャスさんの食べている姿しか見ていない気がする。この人、すごい人なんだよ。ほんとだよ?
「さ、エルンストを呼びに行かせよう。フレッド」
「はい。かしこまりました」
 エルンスト卿は広い視点から天文学を説いてくれるとてもいい先生だ。こないだもね、時代によってポラリスと呼ばれる星が実は変化しているという話で大変盛り上がったんだ。大満足の授業の後、ジークフリードと一緒に訓練場までイェレミーアスを迎えに行く。
「足が止まっているぞ、イェレミーアス!」
「ハイッ!」
「目だけで追うな、肌で捉えろ!」
「く……ッ!」
 弾かれて飛んだ木剣が訓練場の壁に当たった。落ちた木剣を拾いに行き、ウード公のところへ戻って来て構えたイェレミーアスの気迫にジークフリードが息を飲んだ。
「イェレ兄さま。ウード公。次は神学の時間ですよ」
 ぼくはできるだけ朗らかに二人へ声をかけた。途端に二人はいつもの顔に戻って微笑んだ。
「おお、スヴァンテ公子」
「ヴァン、お迎えに来てくれたんだ?」
「こんにちは、ウード公。イェレ兄さま、参りましょう?」
 イェレミーアスへタオルを差し出し、準備してきた飲み物を渡す。受け取った手のひらのマメが全部潰れて、治り切らないうちにまた傷が付いているのが見えた。精霊の加護が備わっているはずなのに、だ。
 こんなになったら剣を握ることすら難しいだろうに。それでもそうせずにはいられないのだろう。
「イェレ兄さま。ぼくらが皇后陛下のお見舞いに行っている間も、ウード公に稽古をつけていただきますか?」
「いいや。私も行くよ。行かせてくれ、ヴァン。他人事でいては、いけないことだからね」
 ウード公の授業を受けた後、少し休んで皇后陛下のお見舞いへ向かう。皇宮医のアイスラーは顔見知りではあるが、診察を受けたことはない。皇宮医にかからねばならぬほど、重篤な病になったことがないのだ。そういう意味ではなるほど、妖精や精霊の加護のお陰なのかも知れない。
 ジークフリードの後に続き、特に警備の厳重な奥の宮へ通される。皇后の居城、月明宮《げつめいぐう》は室内にあって別空間へ繋がっている。皇宮は皇国の魔術、技術の粋を集めて建築されているからこそ、である。まぁ、皇の居城なのだから当然といえば当然だ。ちなみに皇王の過ごす天祥宮《てんしょうぐう》、ジークフリードの過ごす星嬰宮《せいえいぐう》も同様である。ぼくはまだ、どちらにも立ち入ったことはない。
 いつもジークフリードと一緒に勉強している部屋は、ただの勉強部屋である。ぼくもジークフリードを自室へ招き入れたことはないから、余程親しくない限り寝室へ招き入れることはしないのが皇国のマナーのようだ。
 そのことから照らし合わせてもおそらく、皇族のルールとして皇后は妊娠中、月明宮から外へ出ることはしないのが慣例なのだろう。
 奥の宮の一角にある扉を開くとそこには広大な庭が広がっていた。そこからさらに歩き、途中ぼくは案の定ヘバってイェレミーアスに抱っこされ、どうにか月明宮に辿り着いた。そこからさらに三階まで上がると言われたぼくの顔を見て、ジークフリードが堪えきれず吹き出したのを一生忘れない。ぷん、だ。
「母上、ベステル・ヘクセ殿とスヴェンとアスが見舞いに来てくれました」
 軽くノックをして、ジークフリードが顔を覗かせると、嬉しそうな声が聞こえて来た。
「まぁ、どうぞ。入って」
 招く声を待ち、部屋へ入ると皇后はソファへ凭れかかるような体勢になっていた。さすがに皇后の前で抱っこされたままは不敬である。イェレミーアスがそっとぼくを下してくれた。皇后に笑顔で手招かれて、ソファへ歩み寄る。
 イェレミーアスは小さな花束を。ルクレーシャスさんは安産祈願のお守りが込められた護符を。ぼくは腹巻を編んだものを、それぞれ見舞いの品として持参した。
「まぁぁ、スヴァンテちゃん。これはいいわ、お腹が温かいわぁ」
 プレゼントに喜んで見せた皇后のベッドの脇には、皇宮医のアイスラーと青白い肌、長い手足の老人がまるで影のようにひっそりと立っている。この人がリトホルムだろう。
「これから寒くなりますし、妊娠初期はお腹を冷やすのはよくありませんから。気に入っていただいたのなら、もう一つ作って参りますよ」
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