上 下
70 / 120
災禍渦巻く宴

第70話

しおりを挟む
「じゃあもう、離してあげません。でも嫌になったら、いつでも言ってくださいね」
「私はね、スヴァンテ様。今日まで一度も、あなたにお仕えして後悔したことなどありませんし、きっとこれからもそんな日は来ないでしょう」
「……話は終わったか」
 不機嫌を隠しもせず、尊大な態度でフリュクレフ公爵が吐き捨てた。まぁ関係ない話を目の前でされては、機嫌も悪くなろうというものだ。いや、ひょっとしたら元より知っていてシーヴを嫁に出す際、フレートを付けたのかもしれない。
 ぼくから除籍を願い出た今、後継者の居ない公爵家は次の手を考えなくてはならない。フリュクレフ公爵家に金はないから、アンブロス子爵より慰謝料を取れるだけ取る方法を。それはフリュクレフ公爵が考えるべきことで、もうぼくには関係のないことだ。
 笑みを貼り付け、愛想よく答える。
「ええ。お手間を取らせて申し訳ございませんでした」
「今後一切、フリュクレフ公爵家と貴様は無関係だ。当家へあらゆる権利を主張することはまかりならん。よいな!」
「ええ、承知しております。ですので、そちらも同様に」
 元より金も権力もないフリュクレフ公爵家からぼくが、一体何を得ることができるというのだろう。できるだけ、ゆっくりとクリストフェルの顔を眺める。
「……愛し子では……ない、か……」
 ぽつりと呟いて、クリストフェルは目を細めた。そこには肉親を見る感情は含まれていない。
「……?」
 何を今さら。ぼくが誰にも愛されない、離宮の亡霊だったことなどクリストフェルが一番理解しているだろうに。上目遣いに見やると、クリストフェルは顔を逸らした。
 ああ、では本当にこれで終わりだ。もう二度と会うことはないだろう、ぼくの血縁。ゆるりと胸へ手を当て、左足を後ろへ引いて頭を下げる。
「それでは、これにて失礼いたします」
 部屋を出る前に、視線を室内へ巡らせた。フレートを見つめていたのだろう、シーヴと一瞬、目が合う。逸らした視線は、罪悪感か憎しみか、それ以外の何かかぼくには分からない。
 もし、あなたがここでフレートに縋ったのなら。ぼくはあなたに、協力する準備があった。例え他人より他人のような親であろうと、幸せになって欲しかったから。
「さよなら」
 扉が閉まる瞬間、ぼくは小さく別れを告げた。
「意外とあっけないものですね」
 ぼくの呟きに答えず、フレートはぼくの手を握り締めた。あろうことか、ぼくへ生涯を捧げるなどと言った有能な執事は何を想うのだろうか。誰にもそれを知る術はない。
 とはいえ全てがこれで終わった。再びホールへ戻り、皇王へ二枚の書類を渡す。
「今この瞬間より、フリュクレフの名もアンブロスの名も捨て、スヴァンテ・スタンレイと名乗らせていただきます、陛下」
「……そうか」
「これより両家とは一切関わりのない人間となりますので、よろしくお願いいたします」
 つまり今までぼくが離宮で暮らしていた恩は、あのバカ両親から取り立てろと言っているのだ。にっこり微笑み首を傾けると、皇王は忌々しそうに顔を顰めた。
「全てがお前に都合よく収まったな。まこと小賢しいヤツめ」
「小賢しくなくては、ジーク様をお支えできませぬゆえ」
「ふん……。あやつを頼む」
 驚いた顔をしたぼくへ、皇王は唇を尖らせて見せた。六歳児へ向け子供のような態度を平気で見せるこの皇を、ぼくは嫌いではない。
「ジーク様は、愛されておりますね」
 だからこそ際立つのだ。君の親のろくでもなさが。冷酷と評される男にすら、親としての情がある。だが君の親はどうだ。揃って親を捨てるというぼくの前ですら、己の損得しか頭になく、それを隠しもしない。
 だからぼくくらいは、正しく君を不憫に思ってもいいだろう。本来ここに居たはずの君なら、何を思っただろうか。ほんの少しの可能性も潰《つい》えた今、このぼくには、もう誰にも、どこにも義理はない。
 ことさらにゆうるりと、皇王へ頭を垂れて玉座を離れる。ルクレーシャスさんの元へ戻り、ジュストコールの裾を掴む。
「がんばったね」
 ルクレーシャスさんに頭を撫でられ、ぼくはその背中、と行きたいところだが届かないので足へ張り付いた。
「もう誰に遠慮をする必要もなくなりました。ここからは、好きにやります」
「そうか。そうするといいよ。あいつらは大人なんだから、君が心配してやる必要はないさ」
「はい。では次へ行くとしましょう、ルカ様」
 さて、ぼくの用事は済んだ。次はこの宴の、もう一つの目的を果たさなければならない。
 そう。ハンスイェルクとその周辺の人間関係、協力者の有無や殺意があったかどうか、を。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

自由気ままな生活に憧れまったりライフを満喫します

りまり
ファンタジー
がんじがらめの貴族の生活はおさらばして心機一転まったりライフを満喫します。 もちろん生活のためには働きますよ。

私が出て行った後、旦那様から後悔の手紙がもたらされました

新野乃花(大舟)
恋愛
ルナとルーク伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるリリアによって壊される。伯爵はルナの事よりもリリアの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ルナは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ルナの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。

喰らう度強くなるボクと姉属性の女神様と異世界と。〜食べた者のスキルを奪うボクが異世界で自由気ままに冒険する!!〜

田所浩一郎
ファンタジー
中学でいじめられていた少年冥矢は女神のミスによりできた空間の歪みに巻き込まれ命を落としてしまう。 謝罪代わりに与えられたスキル、《喰らう者》は食べた存在のスキルを使い更にレベルアップすることのできるチートスキルだった! 異世界に転生させてもらうはずだったがなんと女神様もついてくる事態に!?  地球にはない自然や生き物に魔物。それにまだ見ぬ珍味達。 冥矢は心を踊らせ好奇心を満たす冒険へと出るのだった。これからずっと側に居ることを約束した女神様と共に……

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

転生することになりました。~神様が色々教えてくれます~

柴ちゃん
ファンタジー
突然、神様に転生する?と、聞かれた私が異世界でほのぼのすごす予定だった物語。 想像と、違ったんだけど?神様! 寿命で亡くなった長島深雪は、神様のサーヤにより、異世界に行く事になった。 神様がくれた、フェンリルのスズナとともに、異世界で妖精と契約をしたり、王子に保護されたりしています。そんななか、誘拐されるなどの危険があったりもしますが、大変なことも多いなか学校にも行き始めました❗ もふもふキュートな仲間も増え、毎日楽しく過ごしてます。 とにかくのんびりほのぼのを目指して頑張ります❗ いくぞ、「【【オー❗】】」 誤字脱字がある場合は教えてもらえるとありがたいです。 「~紹介」は、更新中ですので、たまに確認してみてください。 コメントをくれた方にはお返事します。 こんな内容をいれて欲しいなどのコメントでもOKです。 2日に1回更新しています。(予定によって変更あり) 小説家になろうの方にもこの作品を投稿しています。進みはこちらの方がはやめです。 少しでも良いと思ってくださった方、エールよろしくお願いします。_(._.)_

貴方の隣で私は異世界を謳歌する

紅子
ファンタジー
あれ?わたし、こんなに小さかった?ここどこ?わたしは誰? あああああ、どうやらわたしはトラックに跳ねられて異世界に来てしまったみたい。なんて、テンプレ。なんで森の中なのよ。せめて、街の近くに送ってよ!こんな幼女じゃ、すぐ死んじゃうよ。言わんこっちゃない。 わたし、どうなるの? 不定期更新 00:00に更新します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

処理中です...