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円滑洒脱、で行きたいよね……?

第54話

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 無言で俯くジークフリードをあやすように手を揺らして、顔を傾ける。ジークフリードは何度も頷き、しばらくして唇の端を無理矢理引き上げて見せた。とんとん、とジークフリードの拳を軽く叩いて、元気よく立ち上がる。
「というわけで、ぼくはぼくの正義を貫くために徹底的に皇王陛下と交戦しますよ!」
 胸の前で手を打つと、ジークフリードはぼくの顔を眺め、目を丸くしてから大声で笑った。それからテラスへ続く窓を開き、護衛騎士へ命じる。
「ラルクたち親子を連れて、政宮を見学させてやりたい。準備せよ」
「は」
 短く答えて護衛騎士たちが庭の方を向き並ぶ。顔なじみの護衛騎士たちは当然、ジークフリードがラルクと仲良くしていることを知っている。そもそもここ半年ほどの間が大人しかったからと言っても、この幼い主が暴君であった頃を知っている者たちである。だからこの命令にも疑問を持たなかったようだ。
「ラルク! ラルクは居るか!」
「なんでしょう、殿下」
 いつも通り日陰棚《パーゴラ》の上からひょこんと顔を出したラルクが、駆け寄って来る。ラルクとももう、前日に打ち合わせ済みだ。
「これから政宮へ見学に来ないか。見たいと言っていただろう」
 ちらり、とぼくへ視線を送ったラルクが、もじもじと後ろへ手をやり体を揺らす。
「いいのか、スヴェン」
「いいよ。ジーク様が連れて行ってくださると言うのだから、ありがたく見学させてもらおうか」
「あの、殿下。じゃあ父ちゃんと母ちゃんにも見せてあげてもいいですか?」
 ラルクはこういう、子供らしいところがあるのは以前からだ。護衛騎士も少し笑ってラルクへ視線を送っている。ジークフリードは鷹揚に頷いた。
「いいとも。スヴェンも一緒なのだから、一緒で構わんだろう」
「ありがとう存じます、ジーク様」
 ぼくが礼を言う。ひとしきり小芝居が終わるとコモンルームを振り返り、ジークフリードがニヤリと唇を歪めた。コモンルームの入口の扉を開いて、待機していたフローエ卿へ声をかけるのが聞こえて来る。
「カルス、ラルク一家を政宮見学に連れて行く。離宮が空になってしまうから、警備のためお前はここで待機だ」
「……かしこまりました」
 フローエ卿は、我儘殿下が戻って来たことに多少、面喰らった様子である。しかしナイスだジークフリード。これで皇王に告げ口できる人間がいなくなった。例えぼくらの企みに気づいたとしても、そこから慌てて皇王へ知らせたとしてその間に皇宮を立ち去れるだけの時間は稼げる。
 いつも通りにぼくの焼いたスコーンを頬袋へ詰め込んでいたルクレーシャスさんが、やおらに立ち上がった。その手には魔法の杖が握り締められている。
「あの子は本当に変わったねぇ」
「本当ですね。眩しいくらいです」
 顔を合わせ、テラスへ向かう。魔法の杖を持つルクレーシャスさんは堂々としている。ああ、この人は本当に偉大なる魔法使いなのだと少し感動した。
「ベステル・ヘクセ殿、よろしく頼む」
「まぁ、わたくしもここらでかわいい弟子に良い所を見せておきたいからね」
「そうですよ。このままじゃルカ様、ただのいつもお菓子を口いっぱいに含んでる人ですからね!」
 ぼくがそう口にすると、コモンルームの方からふわりと藍色のベールが降りて来た。背中から抱きしめられる。いつもなら抱き上げられるところだが、今日はちゃんと我慢してくれたようだ。
『……ヴァン』
 耳元で囁かれて身震いしてしまった。だっていいお声なんだもん。
「ルチ様。ルカ様と仲良くしてくださいね」
『……分かった』
 しかしルチ様は、そのままぼくへ頬ずりして囁く。
『ようやく、会える』
「……? 会えるって、誰にですか?」
 答えずルチ様はにっこりと微笑んで立ち上がった。ジークフリードの護衛騎士たちがイタイ子を見る目でぼくを見ている。いいんです。もう慣れっ子なので。ジークフリードだけが、きょろきょろとぼくが視線を送っている方を見ていた。
「精霊が、来ているのか」
「ええ。今のところ順調ですよ」
 悪意を見分けるために、ジークフリードにはルクレーシャスさんの魔法で精霊を呼び出していると説明してある。さすがはベステル・ヘクセ様、ということにしておいた方がぼくにとって都合がいいからだ。大人数でぞろぞろと連れ立って離宮の庭を抜け、皇宮の庭へ入る。そこにはローデリヒが待っていた。
「よ、スヴェン。ジーク」
「リヒ様、こちらでお待ちいただいていたのですね」
「リヒも居れば、父上が邪魔しに来た時の見張りにもなるし足止めにもなるかと思ってな」
「……すごい、ジーク様は策士ですね」
「お前に言われるとこそばゆいな、スヴェン」
 離宮と皇宮の境界を守る騎士が、ちらちらとこちらへ視線を送っている。すごい目立つよね、美人さん揃いだもん。その上、見えないけど明星の精霊まで加わっているんだよ。わぁ、豪華。とか言っている場合ではない。
 ルクレーシャスさんの魔法で、ジークフリードの護衛騎士たちにはぼくらの存在が徐々に認識できないようになっているらしい。ぼくらの会話も聞こえないようにしてあるそうだ。振り返ると、護衛騎士たちは何だかぼんやりとした表情で足取りもふわふわしていて危なっかしい。勝手なイメージだけど、夢遊病の人ってこんな感じかもしれない。
「ルカ様、ルチ様。ラウシェンバッハ辺境伯のご遺体をしっかり確認して来てくださいね。肌に鬱血や斑点などないか、眼球の状態、歯や歯茎の状態、手足の爪から頭髪の状態まで詳しくですよ」
 貴族が亡くなった場合、よほどご遺体の損傷が激しい場合以外は遠方からの弔問客のために遺体へ保存魔法を施す。特に辺境伯はその名の通り辺境に城を構えているわけだから、弔問客は遠方から来る。だから当然、ラウシェンバッハ伯爵の遺体も保存魔法が施されているはずである。つまり、亡くなった時の状況が分かる。これは重要なことだ。
「そんなもん、何で必要なんだ? スヴェン」
「暗殺の可能性があるから、本当にザネルラ熱で亡くなったのかを確認するためですよ。リヒ様」
「アイスラーにザネルラ熱の患者に見られる特徴を聞いていたのはそのためか、スヴェン」
「ええ。杞憂ならそれでいいですし、杞憂ではないのならば手を打たねばなりません。ラウシェンバッハ辺境伯を害した人間がいるのなら、イェレミーアス様をそのままにしておくわけがありませんから」
「……お前が味方でよかったよ、スヴェン」
「あはは。今は味方、ですよリヒ様」
 口元を手で覆って笑うと、ローデリヒは大げさに驚いて見せる。ローデリヒの向こうでジークフリードは笑うのを堪えた表情でぼくとローデリヒを交互に眺めている。
「ええっ?! そんな、オレたちもう友達だろ? そうだって言ってくれよ、スヴェン」
「ははは、からかう相手ができてよかったな、スヴェン」
「本当にリヒ様は素直で、からかいがいがありますね」
 正直、二人には今回の件でこちらの手の内を明かし過ぎている。敵対するより仲間に引き入れてしまった方が楽だ。そう。ぼくはあくまで表向きは皇王の意に沿った風を装うが、皇王はそうは取らないだろう。皇王に目を付けられてしまった仲間、である。今後警戒されるに決まっているし、心証は悪くなるだろう。
 反面、ジークフリードにとっては父に背いてまでイェレミーアスへ手を差し伸べたことになるわけで、ローデリヒも彼には大きな恩ができたことになる。だからジークフリードは「父の忠臣」ではない完全なる「自分の味方」を二人も、この年で得たことになるのだ。この意味は大きいだろう。
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